04:引っ掻き回してみる





04:引っ掻き回してみる(趙雲)



「……」

「……」


 幽谷のこめかみが震えている。
 ああ、そろそろ危ないか。
 趙雲はぱっと手を離した。

 引っ張られていた両の頬を本当に忌々しそうに撫で、ぎろりと趙雲を睨んでくる。正直、それも可愛いと感じてしまう自分は相当彼女に惚れ込んでいると思う。


「どうして、毎回毎回頬を抓るんですか」

「二人きりの時は、敬語は無しだと決めていただろう?」


 舌打ちされた。ここまで露骨に感情を出すのも、趙雲だけだ。それが嬉しくてしょうがない。
 趙雲は笑みを浮かべながら、幽谷の頭を撫でた。すぐに振り払われたけれど、前と比べたら随分力は弱まっている。

 趙雲は微笑みながらじとりと睨め上げてくる彼女を見下ろす。


「……質問に答えてくれないかしら」

「毎回頬を抓る理由か? 幽谷が愛おしいからに決まっているだろう」

「何の嫌がらせですか」


 ぐぐっと更に眉間に皺が寄る。

 趙雲は苦笑し、「癖になるぞ」とそこを軽く突いた。また、舌打ち。
 趙雲には何かとキツく当たる幽谷だが、それは彼女の気持ちの裏返しだと知っている。

 幽谷は寛恕(かんじょ)な趙雲から目を逸らし、彼から距離を取った。
 が、趙雲はそれを腕を掴んで阻む。そっと抱き寄せた。

 当然幽谷は抵抗する。
 それでも趙雲は放そうとはしなかった。彼女の腰を抱いて眉間に口を付ける。

 幽谷は一瞬固まりほんのりと頬を染めた。抵抗がまた激しくなる。


「っ、放して下さいませんか」

「嫌だと言ったら?」

「……っ」


 ああ、青筋がまた増えた。
 さすがに、本当に怒りかねないと趙雲は幽谷を放す。

 彼女は趙雲から大股に離れると、そのままきびすを返し歩き去っていった。

 趙雲はそれを追いかけようとし、呼び止められる。


「あ、あのね、趙雲」

「? どうした、関羽」

「……ここが猫族の村の真ん中だって、分かってる?」


 少し離れた場所で呆れた風情の関羽は顔が真っ赤だった。

 周囲を見回せば、猫族の者達が一斉に顔を逸らす。

 関羽に視線を戻し、趙雲は頷く。


「ああ、分かっている。幽谷が必ずいる場所だからな」

「そ、そう……。幽谷が怒るのは、多分趙雲が人目も憚(はばか)らずにいちゃつこうとするからだと思うんだけど……」


 「止めてあげられない?」と関羽が気まずそうに言う。

 されど、趙雲は即座に「無理だな」と悪戯っぽく笑う。


「ああいう姿が可愛くて仕方がないんだ」

「……そ、そそう、なの。えと……それは、ごめんなさい」


 ひくりと関羽の頬がひきつった。

 そんな彼女の様子に苦笑し、趙雲は肩をすくめる。


「俺があいつに相当入れ込んでる自覚はあるよ。迷惑をかけているかもしれないが、許してくれ」

「え、ええ……」


 迷惑をかけているという自覚も、ちゃんとあったのね。
 ある意味、感心する。


「では、俺は幽谷を追いかけてくる」


 一言謝って、趙雲は小走りに幽谷を追いかける。

 趙雲の背中を見つめながら、関羽は呆れ果てた。
 幽谷は彼が大いに苦手だ。それでどう転がって恋仲になったのか、不思議でならない。
 ……趙雲が押し切ったのかもしれないが。


「……あそこまで来るといっそ凄いわね」


 ぼそりと呟いた。

 そんな彼女を、背後から涙を孕んだ大音声が責め立てる。


「姉貴〜!! 何で趙雲止めてくんねぇんだよぉ〜!!」

「きゃっ! ちょ、張飛! それに関定まで!?」

「オレ達はお前だけが頼りだったのに! もう、あの地獄を見ずに済むんだって、一縷に望みを関羽、お前にかけていたのに……! なんて裏切りだ!!」

「ええ!? う、裏切りだなんて、そんな……」


 というか、そんなに嫌だったんなら自分達が言えば良いだろうに。
 そんなことを思うが、多分、言えなかったんだろう。関羽も、本当に話しかけづらかったから。
 苦笑を禁じ得なかった。


「幽谷もあんな面倒な男に捕まっちまって……」

「何か……あいつに会う度、疲れてるよな、幽谷」

「で、でも、趙雲が来ない日は結構つまらなそうだし、ちょっと上の空だし、幽谷もやっぱり趙雲のこと好きなんだと思うわ」

「姉貴まであいつの味方すんの!?」

「あああ……オレ達はあの当てつけのような光景を見続けなければならないのかぁ……っ!!」

「そ、そんなに落ち込むようなことなの……?」


 頭を抱えてうんうん唸る二人に、関羽は困惑するしか無かった。

 この後、騒ぐ二人を見かねた蘇双が現れ、冷たく切り捨てられてしまうのだった。



‡‡‡




「ちょっと待って下さい。それ以上顔を近付けないで下さいませんか」

「何故だ?」


 趙雲によって村近くの森の木の幹に追い詰められ逃亡に失敗した幽谷は、口端をひきつらせながら趙雲の強めに肩を押した。ぐいと離され、趙雲は少しだけ不満そうだ。


「いつもいつも言っているけれど接触が激しすぎるの、あなたは。人目をもっと憚ってちょうだい」

「そうか? だが、好きな者に触れたいと思うのは至極当然のことだと思うのだが……」

「後者は無視するんですね」


 もう呆れて溜息しか出ない。
 だがその隙を突かれて頬に口づけられる。


「……だから、」

「からかうと、幽谷は俺にしか見せない顔を見せるだろう? 俺はそれが見たくて仕方がないんだ」


 上目遣いに、趙雲を睨め上げる。

 趙雲はにこりと笑って、今度は額に口付けた。


「お互い、なかなか会えないし二人きりにもなりにくいんだ。だから、十分に引っかき回して、お前の愛らしい姿を瞼の裏に焼き付けておきたい。それくらいは許して欲しいんだが、駄目だろうか?」


 ……訊かないで欲しい。
 幽谷は趙雲から顔を逸らし、長々と嘆息した。


「せめて、そういうことは絶対に人前ではしないで。本当に、止めて」

「……分かった。幽谷がそう言うなら、仕方がない」


 ……これで、張飛達の精神はもう大丈夫な筈だ。
 渋々ながら頷いた趙雲に、幽谷はひとまず安堵する。



――――が、結局その数日後には、実に呆気なく破られてしまうのだった。



○●○

 夢主のペースをことごとく乱す人が欲しかったのですが、どうしてかこうなった\(^o^)/

 しかし趙雲のキャラが迷子です。まだ掴めていないキャラか多い……。



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