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 アルフレートを伴いサチェグ達のもとに戻ると、鯨の姿は無く、サチェグが不思議そうな声で何が遭ったのかと問いかけてきた。


「何かティアナちゃん、やたら俺らにアリマもイサさんも帰れますよねって確認してきたけど」


 そこにティアナはいない。
 周囲を見渡せば、サチェグの拵(こしら)えた物だろう、奇怪な文様を描く札を右目に貼り付けた不機嫌そうなディルクが参道の方を指差した。
 サチェグの補足では、一応鯨も彼について行っているとのことだ。なら、滅多なことにはなるまい。

 有間は細く吐息を漏らしサチェグに問いで返した。


「何て答えたの?」

「それはあいつら自身が決めることであって俺に決定権は無いって。そうしたら泣き出して走ってった。俺もイサも展開読めないんだけど、一体何事よ、アリマ」


 泣き出したのか……本当にどうしたんだか、あいつ。
 有間は後頭部を掻いた。


「いや、山茶花殺した後うちここに残ってて山茶花弔うわー的なことを言った」

「キッツい言い方したのかよ。あの子が泣き出すくらいの」

「心当たりは……無いな、全然」

「おいおい」


 何やってんだ、そう言いたげにサチェグは呆れ果てる。

 有間は肩をすくめ、改めて周囲を見渡した。

 すると、ディルクが有間を呼ぶ。
 サチェグの札のお陰か、彼から竜の気配は漏れていない。だが、記憶がディルクへの警戒を促し、反射的に身構えたのをアルフレートが気を遣って間に入った。


「どうした、ディルク」


 アルフレートと視線が絡むと、一瞬だけ瞳が逸れる。寸陰の逃げだった。
 気まずい空気を無理矢理払拭するかのように、ディルクはやや声を大きくして答えた。


「……いえ。ここで弔うのは、あの女だけかと問いたかっただけです」


 敬語である。
 距離を開けた返答にアルフレートの肩が僅かに跳ねた。


「どういうことだ」

「あいつを弔いたいんだとよ。屍傀儡になった奴の供養なんて止めとけって、俺は言ってんだけどな」


 サチェグの言葉に、二人はディルクの弔いたい人間を察した。
 田中東平。五大将軍で在りながら花霞姉妹に背き、ディルクを拐かし守り続け、救済も無く消失した屍傀儡の男。夕暮れの君によって、無理矢理に喚び出された哀れな死魂であった。
 ディルクが彼に何かしら思うところがあったのは、彼の死に際の姿を見れば分かる。

 だが、屍傀儡になった以上、彼の魂はもう何処にも存在しない。抹消されてしまったのだ。
 供養して救われもしないのに弔うのは、ただの自己満足に過ぎぬ。
 加えて竜の器となったディルクは封印されるべき危うい存在だ。カトライアに戻り、もう一度深い眠りに就かねばならぬ。そうでなければ、ザルディーネもカトライアも、ファザーンの要人達も納得しないだろう。それだけの罪を、ディルクは背負った。

 それを許したのなれば、本国に戻ったアルフレートの進退も問われてしまいかねない。
 分かっていて言っているのなら、相当な思い入れである。

 有間は片目を眇め、二人を見比べた。


「それ、まずはうちじゃなくてファザーンの要人に話すべきだと思うけど。結局は君もここに残るってこと、三国にとっての危険因子を放置することになる」

「……」

「サチェグ。ちょっとこの機会に話がしたいから、あっち行こう」

「ん、了解。殿下。まだ札は剥がさないで下さいよ」


 サチェグはすんなりと了承した。ディルクの頭を気安く叩くように撫で、年寄り臭い掛け声と共に立ち上がった彼は、有間が歩き出したのに従った。ついでとばかりにアルフレートの肩も叩いた。

 声が聞こえない程度で距離が離れたところで、サチェグが肩越しに振り返りながら、


「アリマ、もしかしなくても気遣っただろ」

「遣ったというか……兄弟であの空気は重すぎる。側に立つこっちの身にもなって欲しいくらいだよ」

「ああ、そりゃ同感。療養中もこっちが気を遣って逆に疲れた〜」


 気まずいのは分かる。察して余りある。
 けれども、こんな状況で更に気を遣うようなことがあるのは、正直疲れるのだ。
 今回で少しは楽にさせてくれ、なんて、密かな願望があった。勿論、真実ディルクのことはファザーン王子のアルフレートの判断に委ねるべきだと思考した上でのことでもある。
 背筋を伸ばし、軽くストレッチをするサチェグを見上げ、怪我の様子を訊ねてみた。


「ああ、問題は無い。元々術で不老不死だし。まあ、夕暮れちゃんだったから不老不死の術も完全には通用しなかったんだが。普通の人間よりは三倍の早さで治癒した」


 得意げに言うが、普通の人間がお前を見たら化け物扱いだからな、完全に。
 有間は溜息を漏らし、また問いを重ねた。


「そもそも何で不老不死の術なんてかけたのさ。いやそれ以前に、不老不死を完成させた奴がいたとか初耳なんだけど。あれ本当は禁呪扱いだけど誰も出来やしないから認定されなかっただろ」

「ああ、それは後にも先にも俺だけだろうよ。不老不死の術は、個人の身体の細部まで科学的な理解も必要になる。そうやって地道に微調整して行って何とかそれらしくなる。けどそれ以上にも色々な要素が必要になる。その中には、偶然ってのもある」

「かけた理由は? そんで何で今も解いてないのさ」

「俺がこの身体にしたのは異母妹殺す為。解除の術は一応は考えていたんだが、施術以上に難しくてな。失敗のリスクも大きいと分かってすぐに止めた」


 異母妹――――ああ、サチェグが殺したって言う、魔女と邪眼の混血。
 けど、何かそれ矛盾してるんだよなぁ。
 心の中で、そうぼやく。


「それで良い訳? サチェグは」

「もうどうでも良いよ。俺のことなんざ。それよりも、弟子と親友の未来が心配で心配で」


 茶化して言うが、サチェグの目には、ほんの少しだけ憂いがある。
 それには言及せずに、これ見よがしに嘆息してみせる。


「サチェグに心配されるとか……最悪」

「おいこら、そこは感動しろよ親友」

「きゃあ嬉しいサチェグ素敵ー」

「だろ? ……その髪の色変えてやろうかクソガキ」

「大した痛手じゃないよねそれ」

「ですよねー」


 有間は舌を出してみせ、サチェグは片眉を上げてみせる。
 軽口の叩き合いに戻ったところで、有間は足を止めサチェグを見上げた。表情を変えた。


「サチェグ、お前の知っていることをここで全てに教えてくんない?」



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