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 旅で疲れ果てた足を湖に浸け、ぶるりと震える。しかし、思いの外冷たくはなかった。何処かで温泉でも湧いているのかもしれない。
 ティアナやアルフレートにも勧めると、彼女も喜々として足を浸けた。アルフレートは護衛の為にここにいるから、ということで近くの岩に腰掛けた。錫も水が掛かるのを恐れてアルフレートの膝の上に退避している。

 有間は滝を見上げながら、足を揺らす。


「いつまで見てても飽きないわね」

「……早くも見慣れてきたけどね、うち」


 それに、元々この滝に対してティアナ程の感慨を覚えていた訳ではない。滝から目が離せないのは別の理由だ。
 有間はうっとりと見上げるティアナに苦笑し、目を伏せた。

 先程の、ティアナの言葉が蘇る。


『絶対に帰るわ。皆で』


 ティアナは、本気でそのつもりだ。お人好しだからまあそれは仕方がない。

 けれど、それが叶わないだろうと、何となく分かっていた。
 明確な理由は無い。昨夜山茶花のことを考えているうちに、何となく思ったことだ。
 死ぬかもしれない。出られないのかもしれない。他にも可能性はごまんとある。
 それが現実となって突きつけられた時、それでもティアナは食い下がるだろうか。

 ……食い下がりそうだな。

 なら、今のうちに諦めさせといた方が良い。
 その時辛いのは、ティアナだ。


「ティアナ」

「何? アリマ」

「うち、ヒノモトに残るわ」

「……、え?」


 ティアナは有間の言葉を繰り返し、青ざめた。「だ、駄目!」そう怒鳴る。


「いや、もう決めたから。鯨さんやサチェグにはまだ言ってないけど」

「決めたって、どうして……!」


 有間は滝を見上げ、つかの間沈黙した。
 今から言うことは嘘、ではない。何となく帰れないならそうしても良いか、そう考えていたものだ。


「昔は、よく山茶花と加代って言う年の近い女の子と遊んでたんだー」

「え……」

「で、叶えられやしないって分かっていた約束を何度もしてた。この滝に来ようねってのも、その一つ」

「だからここに来たがったのか」


 背後にアルフレートが立つ。錫が脇腹にすり寄ってきた。膝に乗せようとしたが、全力で拒絶された。余程水が怖いらしい。

 錫の頭を撫でてやりながら、


「山茶花は、悠久の滝にはやたら拘(こだわ)ってたからね。最初に決めた通り山茶花は殺す。けどそのままファザーンに帰らない。ここで、一生かけて山茶花を弔う」


 有間がヒノモトを終焉を決める。山茶花はそう言っていた。
 ならば山茶花は有間の所為であのような悲惨な姿にされたようなものだ。
 なら、ここであいつを殺して弔って償うのも良い。いや、むしろそうするべきなのかもしれない。
 有間がいなければ、夢だの終焉だのと、関係ない死人まで巻き込まれることも無かったのだ。


「うち、多分ティアナよりも山茶花の方が大事なんだと思う。ティアナよりも、そっちを優先して考えてるから」


 これは、嘘。
 ティアナも山茶花も、どちらも変わらない。
 まさか自分がこんな風になるとは、過去の昔には信じられないかもしれない……なんて、一体何回思っただろう。


「山茶花は、うちがヒノモトの終焉を決める為だけに呼び出されたのかもしれない。だったら、その責任も取るべきだろ」

「だ、だからってここにいなくても良いんじゃない? ほら、ファザーンで弔うことだって……ね、ねえ、アルフレートも嫌でしょう?」


 ティアナが助けを求めるように話を振る。

 しかし、彼の言葉は彼女の期待を裏切るもので。


「二度とこちらには戻らないつもりか?」

「そうだね。そうなる」

「それがお前が本心で導き出した答えなら……オレは何も言わない。最後まで、傍で見届けさせてもらう」

「アルフレート!」

「ありがと。……アルフレートのお陰だからね。一応、言っとく」


 有間は水から上がり、靴を履いた。
 そのままサチェグ達の方へ歩き出すが――――。


「お前が残るのなら、オレもヒノモトに残る」

「……はい?」


――――予想の斜め下を行った言葉が続いた。
 有間とティアナは表情を強ばらせ、アルフレートを見上げた。


「ちょっと……アルフレートさん? 今あなた、何て仰いました? うちの耳がおかしくなったんでしょうか。『オレもヒノモトに残る』とか不穏な言葉が聞こえたような……」

「確かにそう言った。オレが残って有間を守っていれば、ティアナ達も安心だと思ったんだが……何か問題があるだろうか」


 いやいやいや……問題大有りだろ曲がりなりにも第二王子よ。
 独断で残るとか決めたらアカンだろ。
 そう言うと、「問題は無い」と言い切った。


「マティアスなら分かってくれる筈だ。ディルクをティアナ達に任せてしまうことになるのは、申し訳ないが……」


 ティアナが慌てて立ち上がった。
 ……何か、やたら必死だな。
 有間は首を傾け、ティアナを見上げた。


「だ、駄目! アルフレートもアリマも残っちゃ絶対駄目!! ちゃんと、皆でファザーンで帰るんです!!」

「しかしな、ティアナ。これがアリマの本心ならば仕方がないだろう」

「駄目ったら駄目!! 一緒に戻らないんなら――――」


――――絶交するから!!
 ティアナは大声で宣言して、その場から離れていった。裸足のままでだ。


「ティアナ……」

「……何処のガキですかー……」


 本当にどうしちまったんだか。
 有間はアルフレートと顔を見合わせ、首を傾けた。



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