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15
※注意
高台から、彼女は彼らを見下ろしている。
防寒具に身を包みながらもグラマラスな身体の線はしっかりと残り、くっきりと深い谷間も強調されている。真っ黒な髪は高く結い上げられ、切れ長の目は思慮深い深海の色。
その後ろで、東雲鶯は困惑に泣きそうな顔をしていた。
正直なところ、未だにこの事態について行けていなかった。唐突に現れた彼女に、こんな所まで連れて来られて……そこには有間達がいて、酸与がいて――――。
いや、それ以前にどうして彼女がこの世に存在出来ているのかが分からない。
彼女は、この世にすでにいない筈の存在なのだ。
だのに、何故……。
それに、記憶にある彼女とは性格が違っている。
「さあ、移動しましょう」
「あ……はい」
このまま、ついて行っても良いのかしら。
彼女が本当にあの彼女であるのか……何も分からないまま。
「何をしているの? 鶯」
「は、はい……」
‡‡‡
べしゃ、と雪に赤が埋まる。
白銀を生々しい赤が染め上げ、溶かしていく。
山茶花の血は、赤いのか。
ついさっきまでは、女郎蜘蛛だったのに。
化け物、だったのに。
有間はその場に座り込んだ。
放心状態、とまではいかないが、上手く思考が働かなかった。錫が膝の上に乗って顔を寄せてくるのにも、何も返せなかった。
山茶花は微動だにしない。
有間の銃弾を心臓に受けても死ななかった筈の、山茶花が。
こめかみを一矢に貫かれただけで、動かない。
誰の矢なのか、それを確かめるなどとそんな思考にはなれない。それよりも、有間の目は山茶花に釘付けだった。
立ち上がる気にもなれない。動く気すら起こらなかった。
そんな有間に、錫が案じるような鳴き声を上げる。すり寄っては少しでも反応を見ようとする。それでも反応をしないに、錫はうなだれた。その直後に顔を上げる。
同時に、有間と錫に影が落ちた。
「アリマ」
アルフレートだ。案じて近付いてきたのだが、有間はしかし、それにも反応をしなかった。
アルフレートは手を伸ばして有間の肩を少し強めに揺すった。
するとびくりと身体が震え、ようやっとアルフレートを見上げる。やや虚ろだった紫の目が、驚いたように見開かれた。
「あ……ああ、ごめん。少し放心してた」
「大丈夫か」
「大丈夫」
錫を肩の上に載せてから立ち上がり、ふらりとよろめいたのを支えられる。
苦笑して小さく謝罪する有間に、アルフレートは目を細めた。
「アリマ……」
「いや、まさか山茶花があんな姿で再登場するとは思わなくてさ……はは」
笑い声は乾いたものだ。
アルフレートの手から逃れ、有間は山茶花をもう一度見やる。
山茶花は死んだのだろうか。
ならばもう蘇らないのだろうか。
それなら、気分ももう楽なのに……。
燃やそうとして近付こうと足を踏み出した――――その刹那。
アルフレートが肩を掴んで引き寄せた。
抱き締めるように庇い、片手に剣を持つ。
肩から飛び降りた錫が二人の前で毛を逆立て唸りを上げた。
有間は目を剥いた。
「な、」
動いた。
いや、動いている。
――――山茶花が!
真っ赤に映える山茶花の身体が、ゆっくりと起き上がったのだ!
「どう、して、山茶花……」
「今ので、死んでいなかったのか……っ?」
山茶花は立ち上がり、頭に突き刺さった矢を無造作に引き抜いた。矢羽根に、不可思議な文様が見えたが、確かめる暇は無かった。山茶花の手の中で燃えてしまったからだ。
灰になって散らばったそれを無表情に見下ろし、山茶花はこちらを見る。
目を細めた。
「……展開を、元に戻さなくちゃいけないのよ……有間ちゃんが、ちゃんとヒノモトの終焉を決められるように……私が道を守ってあげなくちゃいけないの……夕暮れの君が、そう言ってたんだから……私は、その為に戻ってきたんだから」
それは、何処か夢を見ているような虚ろな響きだった。
ふらり、ふらり。どしゃり、ふらり。
まろびながら彼女は何処かへ行こうとする。
……殺さなくては。
そう思うが、身体は動かない。アルフレートに抱き締められているからではない。有間自身の身体が思うように動かないのだ。
拒絶している。
嫌悪している。
自分が、山茶花を。小さい頃もう一人を含め遊び回っていた友人を。
山茶花はふと足を止めた。
その場に座り込み、うなだれる。
かと思えば――――背中が割れた。
ぱっくりと、縦に。
息を呑む暇すら与えずにそこから溢れ出したのは小さな赤い蜘蛛の大群だった。中身が蜘蛛に変わったのだろうか。切れ目から溢れた蜘蛛達は山茶花の身体を伝い雪の上を同じ方向に行軍していく。
やがて、蜘蛛が数を減らし一匹も出なくなると、今度は山茶花の身体が崩れた。また真っ赤な蜘蛛になって同じ方向へ。
おぞましい光景だ。
女郎蜘蛛に変わって逃げた方が、少しはましだったかもしれない。
アルフレートは有間を抱えたまま、後ろへ歩き出した。
蜘蛛の動きを目で追いつつ、ディルクやティアナ達のもとへ戻る。
二人を守るように、錫が蜘蛛を警戒しながら追従した。
ある程度近付くと、ティアナが駆け寄ってくる。
「アリマ! 大丈夫?」
「あー……うん」
生返事を返しながらも、視線は逃げ行く赤蜘蛛の群。
ティアナは眦を下げ、有間の手を取った。
それに、びくりと身体を跳ねさせた。
「アリマ……」
「……いや、すまん。何でもないっス。取り敢えず、ここを離れようか。鯨さん」
鯨は一瞬だけ眉根を寄せた。
蜘蛛の群を一瞥し、頷いた。
「……そうだな。山茶花のことについても、もう一度考えた方が良さそうだ。あれは、ただの反魂ではない」
鯨が厳しい口調で言うのに、有間は目を伏せた。目を開いた時、玉響澄んだ黄色だったことに気付いたのは、有間を案じて顔を覗き込んだティアナだけだった。
「……ティアナ?」
「あ、ううん。何でもないわ。ごめんなさい」
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