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 俯せていた赤は、長巻を薙ぐ直前にその場を離れた。

 有間はその下に倒れていた少年に気が付き、瞠目。同時に全身が粟立った。
 身形(みなり)こそ粗末だが整ったかんばせは、つい先程まで相乗りしていた青年とよくよく似ていた。

 ディルク王子。
 こんなとこに、いたのか。
 まさに間一髪だったのだ。もう少し遅かったら、山茶花が彼に何をしていたか……。

 全身から力を抜きかけて、はっと気を引き締める。
 馬鹿か、安堵するのはまだだろ。
 山茶花がそこにいるのに安堵なんて出来るか。

 有間はディルクを飛び越え山茶花に肉迫。下から切り上げた。

 山茶花はこれを軽々と避けた。胸元――――乳房の間にて瞬きを繰り返す真っ赤な邪眼を守るように手を添えて、背後へと跳躍。
 全身をびっしりと埋め尽くす無数の邪眼。
 だが、その中で胸の間のその邪眼が本来の彼女の邪眼であることを、有間は知っている。

 すなわち。
 有間がそうであったように、邪眼を殺せば山茶花もそのまま消失する。
 泥の混じった雪を踏み締め有間は山茶花を強く見据えた。

 山茶花は驚いたように瞬きを繰り返した。
 かと思えば首を傾け口元に指を添えた。思案するように、眉間に皺が寄る。


「……どうして、有間ちゃんがここにいるの? それに、そっちの女の子も。ヒノモトに来るってあの人は言ってなかったのに」

「あの人……?」

「夕暮れの君だよ。私達と同じ、闇の女神の子供」


 私達と同じ……闇の女神の子供?
 有間は眉間に皺を寄せた。
 山茶花を問い質(ただ)すと返答はあっさりと返される。


「私達は元々闇の女神が光の男神の為にこの世界に産み落とした一族なの。夕暮れの君は、私達の管理人で、この物語を正しい方向へ誘導してくれる神様」


 山茶花の言葉を反芻(はんすう)する。
 ……後で、鯨さんに詳しく聞こう。
 長巻を構え直し、再び山茶花に肉迫。斬りかかるもまた避けられた。


「ねえ何で有間ちゃん達がいるの? ここでは私、竜を手に入れて花霞姉妹を殺しに行く筈なのよ」

「……それがシナリオだって?」

「うん。私は私に関する要所要所しか聞いていないんだけどね」


 山茶花は肩をすくめてみせる。


「でもおかしいなあ……有間ちゃん達が来るんだったら教えてくれると思うのに。夕暮れの君のサプライズかな」

「違うと思う」


 チャキ、と長巻を鳴らす。

 と、ふと前に錫が躍り出た。
 全身の毛を逆立てて山茶花を威嚇する。
 有間が首根っこを掴もうとすると、それを避けて山茶花に襲いかかった。

 容易く叩き落とされてしまう。
 体勢を立て直して唸るすねこすりを見下ろし、山茶花はきょとんと瞬きを繰り返す。


「なあに、この子? 有間ちゃんの式? 随分と弱い子を式にしちゃったね。こんな子、役に立つ?」

「知らないよ。そんなの。錫、お前はティアナのとこにいなって」


 もう一度捕まえようとするけれどまた逃げる。近くの木の幹に腰をすり付け始めた。

 ……マーキングでもしているのか。いや、そんな訳がないか。
 山茶花を警戒しつつも、必死に足をこすり続ける彼に、有間はあることに気が付いた。
 錫が懸命にこすり続けているのは右足の付け根だ。

 そこには、あの石がついている。

 彼は、あの石を取ろうとしているのだ。


「……ティアナ! 錫を!」


 有間は肩越しに振り返り、己の右太腿で石を取るようなジェスチャーをしてみせた。

 ティアナも錫の行動の意図に漠然と気付いていたのだろう。彼女は大きく頷いて、ティアナのことを警戒しながら錫に駆け寄った。

 山茶花だけは、錫の奇異な行動に気付かない。怪訝そうに錫を見つめているばかりだ。


「ねえ、有間ちゃん。その子、何をしているの?」

「分かんない。元々、よく分かんない子だったし」

「……分からないのに、式にしたんだ?」

「あいつを式にしたのはうちの意思じゃない。成り行きだよ、成り行き」


 ティアナが錫を抱え、事態に困惑するディルク王子も連れて有間達から距離を取った。

 それを確認し、有間は山茶花にまた斬りかかる。
 山茶花の邪眼めがけて切っ先を突き出した。避けられた。

 有間は舌を打った。


「昔っからそうだったけど、ちょこまかちょこまか……」

「鬼ごっこしたら、加代ちゃんも有間ちゃんも私のこと捕まえられなくてよく拗ねちゃってたよね」

「それをお前に笑ってフォローされてたうちらの気持ちなんて分からないだろうね」


 有間は苦々しく顔を歪め溜息をついた。


「なあ、山茶花。本当はどうしたいんだ」


 問いかける。

 山茶花は有間の言葉を繰り返しこてんと首を傾けた。
 彼女が口を開くよりも先に、言葉を続けた。


「ローゼレット城でうちに接触してきた時、自分が何て言ってたか覚えてる?」

「ううん。覚えてない。その後色々あったもの」

「山茶花。君は邪眼一族の復讐目的のヒノモト粛正であるみたいに言っていたんだよ。けれど今は。終焉の為って。どうして変わってるんだ。山茶花の本当の目的は、どっちなんだ」

「本当の目的が、どっち……」


 山茶花の表情の変化から、彼女の本心を探れないかと目を凝らす。

 しかし、彼女の変化は、有間の予想とは全く違うものだった。


「あれ……本当の目的って……どっち……あれ、あれぇ?」

「……山茶花?」


 山茶花は頭を押さえて有間の指摘を整理するように口に出す。
 一族の復讐と、終焉と。
 そのどちらであるのか、本人も分かっていないのだと、やや語気が荒れ始めた頃に分かった。

 やはり、サチェグの言う通り、蘇らせた人物に洗脳されているのだ。


「ちょっと待ってね……今思い出すから。でもあれ? ……おっかしいなあ……私、何で……何がしたかったんだっけ……あれれぇ……」


 ……どんどん、瞳が濁っているように見えた。
 山茶花は記憶を手繰る。されど、一向に答えを出せないでいる。

 有間がもう一度問おうとした、その直後。


 甲高い鳴き声と同時に、脇を閃光が駆け抜けたのである。


「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!」


 山茶花の悲鳴が、鼓膜を容赦なく殴りつけた。



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