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「――――とまあ、偶像化が頑なに禁じられている光の男神、闇の女神以外の神々には、様々な動物を組み合わせた姿が多く存在する」


 有間はティアナとアルフレートに講義をしながら、目の前の石像を拳で軽く叩いて見せた。その足下ですねこすりが何故か得意げに鳴く。

 現在、四人と一匹はとある山の裾野にて足止めを食らっていた。
 進むべき山道の先に、厄介な妖がいるからだ。
 最近までは、参拝客の為に山道もしっかりと石畳で舗装された、比較的安全に行ける場所ではあったらしいが、ここもやはり太極変動の異変からは逃れられなかった。それでも妖の数は少なめだ。

 サチェグ一人でどうにか出来るレベルであるようだからさほど時間はかかるまい。
 楽観的に捉え、まだ放置されて日が経っていない神社の側にて三人は彼を待つことにした。そのさなかに、敷地内に佇む石像についてティアナに訊ねられた為、暇潰しに説明を始めたのだった。


「この石像は、光の男神と闇の女神の曾孫に当たる神で、山に祀ることで一帯の豊穣の加護を与える神として、お百姓皆に崇められてる知名度の高い神様ね。名前は長ったらしくて覚えきれないと思うから、通称の七山様(ななやまさま)の名前で覚えとけば良い。七山様って言うのは、この頭の七つの瘤(こぶ)があるからね。これは七人の兄の病をその身に移した時の痕跡みたいなもんね」

「その話なら、聞いたことがある。その兄の一人に戦を司る神がいるのだったな。一つの島を呑み込んだ鬼を倒したとか」


 有間は苦笑した。
 さすが……アルフレートらしい。


「片方は男で刀を持ち、片方は女で弓を持つ双子神。基本的に女の方が後ろで背を向けて立っているのがほとんどだから、男の方が外国じゃ有名になってしまうんだよね。実際鬼を倒したのは女の方。男は鬼の毒にやられ全身の肌が爛(ただ)れて立つことも出来なかったんだ。しかも女の方は……見てくれこそティアナかうちくらいの年の少女であるのに、鬼の股間蹴りつけて素手で首をこう、ぼきっと一発」


 腕で首を締め上げる素振りをすると、ティアナが反応に困る。まあ、神様とは言え自分と同じ年頃の少女が島を呑み込める妖の首を素手で容易く折ったとか、想像に難しいだろう。だが、ヒノモトの神話は大体そんなものだ。


「けど女の方は軍神であると同時に兄弟神のことをよくサポートした、家庭円満の御利益がある神様でもある。あ、ちなみに女の方は七山様の世話になっておらず、むしろ姉として病を引き受けた弟の世話をしていたんだ。だから八つじゃなくて七つの瘤ね。身内にはとても献身的で、男女の対の神にはよくある話だけどこの双子神は夫婦でもある。毒に犯された男の方とまぐわって己の気で毒を癒したって話は有名だ」

「……ヒノモトって、慎ましやかな国民性だったんじゃないの?」

「神話は神話、人間は人間。人間の『イヤン』は穢らわしいけれど、神々の『イヤン』は神聖なんだよ。それによって神や大地が生まれた訳だからね。神のすることを人間のものと同一視なんてしたら駄目なんだよ。っていうか、本来は人間の行為も神から子供を授かる神聖な儀式として見られていたからこその国民性だったんだけど、今じゃいやらしいから汚いはしたないっていう風に変わっちゃってんだよね。約三百年前の王が寵姫との淫行に耽(ふけ)った結果国を駄目にしかけて家臣の謀反に遭ったことが起因してるんだろうけど。……って、話逸れてるじゃん」


 有間は苦笑し、話を元に戻した。


「七山様は……ああ、こんなぼろぼろじゃ分かんないだろうけど、猿と馬と亀と鶏で構成されてる。神々の中で動物の一部を繋げた姿で偶像化されているのは、庶民でも想像しやすい動物で構成することによって崇拝しやすくしようってこと」

「ちょっと待って、アリマ。それだとおかしいんじゃない?」


 ティアナが石像を見上げながら首を傾げる。
 万民が分かるような姿でって、それじゃまるで人間達が勝手に想像したみたいじゃないか。

 それじゃ――――。


「それじゃ、これは本来の姿じゃないんじゃ……」


 有間は頷き、肩をすくめた。


「七山様の本来の姿は誰も知らないんだよ。だって人間が生まれたのは最後に生まれた妖の前だもの。ほとんどの神々は見えるような身近な存在じゃなくなってたんだ。動物を繋ぎ合わせた姿のものは、全てそういう神様な訳だ。で、鯨さんの話だと、今はその信仰心により、安平山の神様みたく敢えてそういう姿を取っている神様も多いって聞くよ。そして、様々な神々の信仰の影で、本来の姿が分からず、存在すらも知られていない神も大勢いるって聞く。……確か、日の入りと日の出にも、司る神がいるとかいないとかって議論もあったような、無かったような……」


 そこで、頭の隅で微かな引っかかりがある。
 日の入り――――夕暮れ。
 夕暮れと言えば、ここ最近何度も聞いている単語であり、結局今まで訊けず終いになっている。
 鯨やサチェグの話にその単語が出ているのだから気になりそうなものだが、そこまで自分が重要と捉えていないのが不思議だった。
 訊かなくても良い、そんな風に思って良い筈がないのに、そう思っている自分がいる。

 突き詰めようとして、しかしアルフレートの声に咄嗟に思考を中断した。


「……なるほど。では、しっかりとした己の形を持っているのは、人間達が生まれた後も人間に寄り添った神ということなのだな」

「ん……あ、ああ、そーゆーこと。一番有名な大軍神の羅骨神(らこつしん)もそれだね。妖が生まれた時代、人間を守り、対抗する術を人間に与えた神の一人だからね。祀っている神社も多い――――っと、神様講義はこれで終わりだね」


 有間は山道の奥へ視線を向ける。
 そちらからは、片手を大きく振って歩いてくる青年が一人。
 サチェグだ。
 返り血も浴びず、疲れた様子も無くゆっくりと歩いてくる彼に、有間は片手を挙げた。


「お疲れ」

「そっちも講義お疲れ〜。もうあっち通れるぜ」

「分かった。じゃあ、行こうか」


 指笛を鳴らし、闇馬を呼び寄せる。錫を持ち上げティアナに手渡した。


「明日には着けるだろ。……まあ、それも妨害が入らなければの話なんだが」


 遠い目をして、サチェグは一瞬だけ表情を消す。

 有間は片目を眇め、しかし何も言わずに闇馬の方へ歩み寄る。
 漆黒の体躯に跨がって、アルフレートも乗馬したのにサチェグを呼ぶ。

 彼は口角をつり上げ、闇馬の鬣(たてがみ)に手をかけた。



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