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 ローゼレット城は舞踏会会場。
 豪奢で広々とした会場には、煌びやかな紳士淑女達が集っている。所々にまとまって談笑に花を咲かせている。
 自分達とは違う世界の貴族だ。
 有間は全身がむず痒いような感覚に襲われて顔を歪めた。

 有間の身形はいやが上にも視線を集める。
 ヒノモトの姫の身形をしているのだ。動きやすいよう、目の覚めるような赤い女袴をしている以外は全て、上質な生地の上流階級の姫の装いである。
 真っ白な尊き髪には瞳と同じ色の大輪の造花の髪飾りを差し、ティアナとささやかなお揃いだ。
 更には小劇場一の女優のメークが施されている為、黙っていれば普段の姿は微塵も無い。居心地悪そうに目を伏せて佇んでいても、粛々と黙している深窓の姫君にしか見えなかった。
 馬子にも衣装とは、このことだ。

 そんな彼女の傍に立つティアナにも、容赦なく集まった。元々彼女一人でも異性の目を引く姿であり、良く整った顔形だ。
 目の色を変えた王子と猫から逃げ、最も危なげ無い鯨と有間の方へと逃げてきた彼女だが、今度は周囲から容赦なく向けられる様々な目に居たたまれなさそうに有間にぴったりと付いた。


「マティアス殿下と踊らないのか、ティアナ殿」

「そ、それは……でも、一人で行くのは、ちょっと」


 すっかり気後れしているティアナに、鯨は細く吐息を漏らし、ティアナに手を差し出す。


「……俺がエスコートしながら届ける」

「で、でも、」

「有間。お前はバルコニーにでも出ていろアルフレート殿下に声をかけておく」

「へーい」


 うんざりとした有間は片手を振って歩き出す。
 彼女が無事にバルコニーに出るのを視認し、鯨はティアナを見下ろした。

 ティアナは躊躇いつつ、鯨の腕にそっと手をかける。

 そうして、少し離れた場所でうら若い女性達に囲まれて足止めされているマティアスのもとへと歩き出した。彼もまた、ティアナのもとへ行きたいのだが、女の群を抜けてはまた捕まってしまう、その繰り返しだったのだ。


「ご、ごめんなさい」

「いや……フランツ達に頼まれている故」


 素っ気なく返す鯨は、小走りにバルコニーへと向かう姿を目の端に認め、目を細めた。


「必要は無い、か」

「え?」

「いや、こちらの話だ」



‡‡‡




 バルコニーで、ぐんと背伸びをする。手摺りに手をかけて街並みを見はるかそうとし、背後に気配を感じて肩越しに振り返った。
 招待客だろう。若い男だ。


「今晩は。ヒノモトのお姫様……ですか」

「いえ。姫と言う程の者では。ただ、この場に見合うように召し物を用意していただいたのです」

「そうなのですか。いや、ですがこの場にも見合う以上のお姿です。とてもお美しい」


 ……ぞわり。
 いや、止めてくれホントに。
 寒気が止まらないって。
 全身が粟立つ感覚にひきつりそうになる笑顔を必死に保ち、男から距離を取ろうとする。

 この男、酒の臭いがする。多少なりとも酔いが回っているようだ。

 露骨に逃げようとする不慣れな有間の手を熱い手で握り締め、男は熱っぽい眼差しを有間へ向ける。
 悪寒が、止まらない。
 畜生バルコニーまで追ってくんなよなクソ野郎!
 心の中で罵倒する有間など露知らず、有間を手摺りに押しつけて密着してきた。

 おいおいおいヤバいだろふざけんなよ寄るな触るな気持ち悪い気持ち悪い。
 冷や汗が流れそうだ。
 口角をひきつらせて逃げ道を必死に探していると、


「すまない」


 その言葉と共に横合いから伸びてきた手が、男の手を乱暴に引き剥がした。握られていた手を捕まれ、ぐいと引き寄せられた。
 相手を確かめる前に抱き締められ、身を堅くする。


「あ……、こ、これは殿下……!」

「すまないが、彼女はオレと約束があるんだ」

「そ、そうなのですか? ……それは、大変失礼致しました」


 至極残念そうな、名残を感じる謝罪を残し、男は会場へと戻っていく。
 ほうと安堵に吐息をこぼすと、身体が解放される。

 顔を覗き込まれて身を堅くした。


「あ、アルフレート」

「大丈夫だったか?」

「い、や……手を握られて密着された以外には、何も」


 そう言って離れようとすると、アルフレートは眉根を寄せて有間の腕を引く。
 男に握られた手を持ち上げて甲に口付けた。


「んな……っ!」


 何度も何度も触れる柔らかい感触に有間は顔を真っ赤にして手を振り払う。
 数歩離れて口をぱくぱくとさせ、何度も口付けられた甲を押さえた。


「な、何す……なん、は!?」

「嫌だったか?」

「い、嫌とか、そういう問題じゃなくて! こ、ここ人目付く……!」


 真っ赤にして身体を震わせる有間の腕をまた掴み、ぐいと引き寄せた。間近で見下ろされ、有間は小さく悲鳴を漏らした。
 近い!
 滅茶苦茶近い!
 頬に手を添えられ、撫でられる。


「家では見られなかったが……ここで見ると格別だな。白髪が浮き上がって見える。それに、いつもと違って淑やかな女性になっている。ここまで変わるんだな」

「い、いや、うちよりもティアナの胸の方が! ほら、皆夢中だったって父――――鯨さんが言ってたし!」


 間。

 ……赤面。
 アルフレートは隻眼を剥いて有間の頬から手を離し慌てて弁解を始めた。


「いや、あれは違うんだ! あの時はティアナに、と言うよりは……その、」


 アリマで想像してしまったんだ。

 ……。

 ……。

 ……。


「今ここで君はむっつりスケベだということが決定しました。あと残念ながらうち、ティアナより胸はありません」


 アルフレートは片手で顔を覆って「違うんだ」と弱り切った声で訴える。
 有間は自分の胸を押さえ、へ、と荒んだ笑みを浮かべた。どうせ胸小さいさ。


「いやー、悪いね胸の発育悪くて」

「悪かった。謝るからそんな顔をしないでくれ」

「近付くな破廉恥」

「ぐ……っ!」


 言葉を詰まらせ、うなだれる。
 先程までの雰囲気はすでに無く、有間はほっと息を漏らした。


「っていうか、ティアナだけかと思ってたけど、貴族の女の人って皆露出過多なドレス着てんだね。ヒノモト人びっくりだよ。ドレスじゃなくて良かったと心底思ってる」

「……」

「オイ想像してるのが丸分かりだぞむっつり」


 拳を握り締めて声を低くすると、アルフレートは身体を震わせた。



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