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 人間の歩く為に舗装された街道は危険だ。妖達にとっての格好の餌場なのだ。
 だからと言って見通しの悪い森や山の中を進むのは以ての外。
 ティアナには精神的に苦しい光景ばかりが続くだろうが――――有間とサチェグは街道沿いに闇馬を走らせた。
 彼女にとって幸いなのは、闇馬をいつも以上に力強く速く走らせていることでティアナに目を開けていられる余裕を奪っていることだ。
 そのお陰で彼女はサチェグや有間、アルフレートが襲いかかる妖を殺す場面も、周囲に倒れる妖達の食事の形跡も見えないでいられる。

 このまま都を目指すのか――――そう思ったが、サチェグの向かう方向を見るに中央ではなさそうだ。北北東へ進路を取っている。
 これではかつて邪眼一族が生まれ暮らしていた山に至ってしまうのではなかろうか。
 邪眼一族に縁のある場所であるなら、山茶花がいるかもしれないのに……。

 だが、それもサチェグの考えによるものだ。
 有間は敢えて疑問を口に出さずに、サチェグに従った。

 錫はティアナの腕の中だ。サチェグは彼を何かに利用しようとしているが、それがティアナの精神安定剤……と言う訳ではないだろう。

 今のところ彼は何も話さないから分からないが、不満は無かった。彼も彼で今でも色々と考えて直しているのだと分かっているからだ。
 アルフレートも時折サチェグが見せる苛立たしげな顔を見ているから、彼の考えを問い質(ただ)しはしない。ただただ従い、彼の口から発せられるのを待つ。

 日も暮れ、夜になる。
 絶えず走らせた闇馬は疲れ、さすがに休ませるべきとサチェグと有間で結界を張り、野宿することとした。
 見張りはサチェグと有間で交代で行う。妖の気配を察知出来るのが二人だけだからだ。アルフレートも申し出てくれたが、サチェグがやんわりと断った。
 アルフレートとて、ヒノモトの惨状を見て精神的ダメージを受けていない筈がない。ティアナよりは精神も鍛えられているが、悲惨な光景に慣れるまでは休める時には休ませるつもりのようだ。
 有間としても、そうしてもらった方が良い。精神的に、あれは辛すぎる。残酷な殺戮を見ているから平気なだけであって、有間とて見るに耐えない光景ばかりだった。

 神も妖に堕ち、救いもヒノモトから喪(うしな)われている。

 桃の木を薪に混ぜた焚き火を見つめながら、有間は思案に耽(ふけ)る。
 先に有間が見張りを任された。サチェグのことだ、自分は少しだけ眠って、早々に有間と交代するに決まってる。そうやって、有間も休ませようとするだろう。
 今はそれでも構わないが、もしこれから野宿が続くようなら稀に交代してやろう。あいつだって、急速は必要な筈だ。有間が巻き込んだようなものだ、無理をさせて良い訳がない。

 少し離れた場所で眠る三人を見やり、有間はほうと吐息を漏らした。また、思案に戻る。
 考えるのは、専ら山茶花のことだ。

 彼女が反魂を受け入れた本当の目的が、一体何なのか。
 それが有間自身に関わることなのか、はたまた違うのか――――。
 考えても心当たりが有り過ぎてむしろ無いように感じられて、ぐちゃぐちゃしてくる。

 山茶花と、加代と。
 三人でよく遊んでいた。
 山茶花が先に殺された。そして加代も後に殺された。
 有間だけが、生き残ってしまった。
 有間だけが――――三人で交わした沢山の約束を、叶う筈がないと三人とも分かっていた約束を今でも覚えている。

 もし山茶花がそのどれかの約束に強い思い入れがあって、それが反魂に答えた理由になったとしたら――――。


「――――いや、どうもしないだろ……」


 殺して在るべき場所に帰すだけだ。
 死者は死者の世界に戻らねばならない。
 そして転生し、また別の人生を進んでいくのだ。有間達などと関わり合うことも無く。
 溜息をついて薪をくべる。そろそろまた新たに桃の薪を加えるべきだろうか。薪の様子を見ながら外の様子にも気を配る。

 遠くに蠢く影は幾つか確認出来る。気配も微かに感じられる。
 彼らにこちらに近付いてくる様子は見受けられない。
 この辺だと、まだ簡易的な結界でも退けられる程度のようだ。
 これから先、どうなるかはまだ分からないが……《十分》に近い具合にまで休めるのは今のうちかもしれない。
 あのどれが神で、どれが人だったモノなのか……。

 ディルクも、ややもすると妖の仲間入りになってしまうかもしれない。
 山茶花もいつかは、きっと。

 ……急がなければ。

 有間は目を伏せ、前髪を掻き上げた。
 すると、背中にふにゃ、とした物が当たる。
 暖かいそれは、錫だ。ティアナと寝ていたのに、抜け出してこちらに来たらしい。

 一応、錫の主は有間だ。
 式が主に寄り添うのは当然のこと。
 だが自分よりもティアナの側がしっくりきてしまうのだった。


「お前も寝とけよ」


 きゅうぅ……、錫は前足を太腿に乗っけてよじ登ろうとする。
 有間は短く吐息を漏らして錫を抱き上げ膝の上に乗せてやった。

 満足そうに目を細め、丸くなる。寝に入ってしまった。


「おいおい……」


 お前が寝てたらいざという時に反応出来ないだろうが。
 苦笑を滲ませ、柔らかな毛を撫でる。

 退かそうとしたが、彼は有間のズボンに噛みついて頑なに降りようとしなかった。

 仕方なく、好きにさせた。


「お前さ……前の主人の、一体何の役に立ってたんだよ」


 体躯を撫でながら問いかける。
 返ってきたのは僅かな鼾(いびき)だった。

 ……寝るのが、早すぎる。



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