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目を開ければ自分は懐かしい風景の一部になっていた。
分厚い氷の張った広大な湖、その向こうには住み慣れた城が見えた。
どうしてここに、なんて思わない。何故なら、いつもいつも見ている夢だったから。
積もった雪に深い穴を穿(うが)ちながら、湖の畔へと進んでいく。
ただ、何をするでもなく湖面の氷を眺めるだけだ。
たった独り、そうして過ごして夢は終わる。意味の無い、景色以上に寒い夢だった。
何度も見てしまうのは望郷故だろうか。
二度と帰れないと分かっているから、孤独に耐えかねて求めてしまうのかもしれない。
赦(ゆる)されないのに。
封印され、故郷に二度と帰れないだけでは足りない大罪を背負ったのに。
分かっているくせに、冷たい故郷の夢を見続ける。
これは己への、一種の罰だ。
夢を見て、目覚めて。
僕の罪はもっともっと重いのだと思う。
今回も、そのパターンだと、重たい諦念にその場に座り込んだ。
――――だが。
「そんなところで座ったら濡れてしまうのではないか?」
「……!?」
口から内臓が飛び出そうだった。本当に、それ程の衝撃を受けた。
立ち上がって振り返ると、そこには――――兄が想いを寄せる混血の娘がいた。
何故ここに――――浮かんだ疑問は違和感によってすぐに解決した。
違う。
こいつは、あいつじゃない。
あいつじゃないのなら――――。
「暁の君……だったか」
「そうだよ。ああでも、暁と呼び捨てで良いわ。お前にどう見えているかは、私には分からないが……貴様の反応を見るに、好きな相手って訳じゃあなさそうだからな」
肩をすくめ、暁は肯定する。
奇妙に、色んな話し方が混ざっている。
思わず眉根を寄せると、暁は苦笑いをしてまた肩をすくめた。
「話し方については申し訳ない。なにぶん、オレはこれまで色んな混血の中に魂の欠片を入れ込んでいたから、どうにも混ざってしまってね、あたし自身にもどうしようもないのよ。こればかりは。元々のおいらがどんな話し方をしていたのかすら分っかんないしぃ」
気持ち悪いが、本人が言うようにそれは仕方のないことなのだろう。
そもそも自分の魂の欠片を混血の身体に溶け込ませる時点で異様だ。もう彼の身に何が起こっていても不思議ではない。
一種の精神病だと――――無理矢理にでもそう思っておこう。
己の常識の範疇を大きく飛び出した国、それがヒノモトだ。いちいち驚いて仕組みを問うても理解が出来ないのだから時間の無駄だと、学習した。
「……それで、僕の夢の中に入ってきて、どういうつもりだ」
「てめぇと竜の同調の具合が見たくって。それと、君に竜に勝る精神力を身につけて欲しくて」
「……お前も僕に竜に打ち勝てと言うのか」
「ばっかだなあ。無理なら言わないわよ。あんたみたいな子供に」
……。
……やっぱりその話し方はどうにかならないだろうか。苛々する。
渋面を作ると暁は苦笑し、世界を広く見渡した。
「竜は、私にしてみれば鬼みたいなものだ」
鬼は人々に害を為す妖にもなり、人々を守る苛烈なる神にもなる。
ヒノモトにも竜はいるが、ほとんどが神やそれに連なる眷属(けんぞく)だ。
暁は、そう語る。
「そちらの竜にも、鬼と似たような伝説は聞くよ。姫君の守護者だったりー、邪悪な竜が子供に傷を看病された後に、災禍に見舞われた子供の村を守り抜き、以降も側で見守り続けたりー……他にもあるでしょ?」
「そんなものお伽噺だ。誰かの作った空想に過ぎぬ」
「だが、完全な悪でないのなら、先人達は竜という強大な存在に小さいながらも善を見つけてたっつーことじゃねえのか? そうで在れば良いという願望も勿論あるかもしれないけど、それならそれで力はあるのよ。人間の思念は、重なれば重なる程に凄まじいもの」
「竜を善に変えろと言うのか? 僕にそんなことが出来ると思うのか」
暁は頷く。笑顔で、だ。
「幸いここはヒノモトだ。ヒノモトじゃあファザーンやカトライアよりも人の思念の力が強く影響する。それを利用すれば、もしかすっと外国産の竜神が生まれる……カモ? まあ、ボクもちゃんと手伝いますから失敗しても最悪な状況にはなりません」
胡乱に睨まれていても、暁は笑顔を消さなかった。
首を傾け、返答を促してくる。
返答は、簡単には出せなかった。
当たり前だ。
竜の力の烈(はげ)しさを知るからこそ、確証の無い方法には後込みしてしまう。
暁もそれが分かっているのか、強引には迫らない。こちらの中で納得が行くまで待つつもりのようだ。今この時、夢が醒めてしまうかもしれないのに。
目を伏せ、考え込む。
自分自身が竜を竜神に変えれば、確かに制御は出来るかもしれない。出来ないとしても、善たる存在ならばそう悪い事態は起こるまい。……あくまで、その可能性が高いというだけだが。
だが、制御が出来たとしても故郷に帰れる訳ではない。ただ、暴走の危険性が低くなるだけ。
罪科(つみとが)は永久に赦されない。
考えて考えて――――瞼を押し上げる。
白髪の少女の姿をした暁を見据え、眉間に皺を寄せた。
「……まず、何をするんだ」
問いかけられた暁は、《黄色い双眼》を細めて笑みを深めた。
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