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 暁はそれが産まれ出た時、互いに目を合わせた瞬間――――焦がれるような激情に支配された。

 愛おしくもあり、同時に強い崇敬の念も抱き、互いに両手を伸ばし抱き合った。
 妹であり弟でもあり、夫でもあり妻でもある――――唯一無二の絶対的な伴侶、肉親。
 お互いと交わり合って、お互いになりたいとすら願った。
 強固に過ぎる絆に結ばれた、最愛の一柱、夕暮れ。

 二人は仲睦まじく世界を愛で、両親の詮無きすれ違いに涙した。

 そして、母の姿をこいねがって太極を狂わせた父の為を思い、母が現世に夕暮れと共に産み落とした一族の管理を任され、二人は嫌がることなど当然無かった。
 むしろ歓喜に胸を震わせた。自分達に家族が増えたばかりか自分達が父母の繋がりの一部になれたのだ。夫婦でもあり兄弟姉妹でもある自分達にはこれ以上無い誉れであった。

 二人は一族を心から愛した。
 光の満ちた父の世界を母に変わって《見守る》大事な役目を担ったその一族に、二人は力を与えることとした。
 日のいずる頃に産まれた暁が夫となり、日の入る頃に産まれた夕暮れが妻となり。
 互いに成り余った部分、成り合わぬ部分を繋げて力を産み出した。

 それを、《夕暮れの力》と名付けた。
 妻の名を用いたのは、暁にとって妻と同じくらい愛おしい、そんな単純な理由からだった。
 夕暮れの力を宿した一族は、それまで以上に父母の繋がりを強化した。

 父は喜んだ。
 母も喜んだ。
 二人を褒め称え、心から感謝した。
 両親の喜びに二人も狂喜乱舞する。

 けれど――――それは一つの問題を引き起こした。
 神々同士で産み出された力を宿した一族の女が、光の人間の男とまぐわい、子を成したのだ。
 血の混ざった子は予想だにしない強き力を秘め、制御出来ずに自爆した。
 種族の異なる夫婦は悲嘆に泣き暮れた。

 見ていられなかった暁は、二人にまた子供を作らせ、産まれた子に己の魂の一欠片を溶け込ませた。更にある儀式をするように言いつけ、夫婦を見守った。
 夫婦は暁の言葉にしっかりと従い、言いつけ通り儀式をこなした。
 すると、二人目の子供は無事に己の力を安定させ、制御も出来るようになった。健やかに野を駆ける子供を眺め、夫婦は嬉し泣いた。

 しかし、些末事ではあれど、また問題が生まれる。
 暁の魂の欠片が、人格という形を取り、稀に表に出てくるようになったのだ。
 だが些末事であるが故に、暁がその一欠片を回収すれば即座に解決した。

 平和な現世を眺めながら、暁はふと、思い至る。
 一族の人間にも必ず死は訪れる。同時に産まれた初代の者達ももうじき死ぬ頃だろう。となれば、与えた力は親のもとへ戻ってくる。
 夕暮れの力の為の《還る家》が必要だと、結論に至った暁はそこに夕暮れも住まわせようとも決めた。
 そして――――己の肉体を岩屋に変え、己の魂を岩屋内部の氷の中に封印して自分達の《家》とした。

 それより何百年、何千年と過ごし――――その中で何人もの混血の身に魂を潜り込ませ救ってきた。
 夕暮れも夫の傍で、岩屋に還っては新しい宿主に宿る子供達を母として送り出した。

 全ては両親の為だった。
 両親の愛を繋げる為だった。

 ……けれども。

 これに、光の人間達は嫉妬する。

 一族によって繋がりが強固にされた彼らは、依然程の光の恩恵を得られなくなってしまったのだ。

 とはいえ、元々光の恩恵は多すぎると暁達の兄弟姉妹である神々も父に進言していた。
 確かに闇の女神に首ったけの男神が妻に意識を傾けすぎている嫌いもあったが、それでも光の人間達をぞんざいにしている節は無かった。むしろ、彼らが堕落せぬように光の男神が自ら決断したものだった。

 贅沢にどっぷり浸かっていた時代を知る光の人間達は、次第に闇の女神が唆(そそのか)したのだと思い込み、光闇の繋がりを守る一族を忌み嫌うようになった。

 《贈眼》から《邪眼》へ――――。
 一族の名前が変わってしまったのは、その頃からだ。
 暁も夕暮れも、これに失望した。

 光の男神が闇の女神に執心しているのは事実。でもだからといって光の人間達をぞんざいに扱っていた訳では決してなかった。
 一族を我が子として愛すのと同時に、光の人間達も男神は愛していた。死して根の国に旅立つ命の一つ一つを優しく送り出していた。

 闇の女神とてそう。
 光の男神の手から離れた人間をねぎらい迎え入れ、転生する時には来世の祝福を願って送り出す。

 蔑(ないがし)ろにしてきたのではなかった。
 それがどうして分からないのか……光の人間は徐々に闇の女神への畏敬(いけい)を捨て、彼女を浅ましき汚れた邪神と蔑むようになった。
 根の国も不浄の世界とされ、死んだ魂は、悪行を積んだ者は不浄土へ、善行を積んだ者は浄土へ還るという信仰までが生まれた。

 闇の女神は人々の偏った思想によって傷つき、力を殺がれていく。
 光の男神もそれをどうにかしようとしたが、これも人々の思想の為に届かない。
 もうその頃から現世は歪んでいた。

 闇の女神は、それでも希望を持った。
 希望を持ち――――夢を見た。
 だがそれは彼女の希望を踏みにじる絶望の未来。
 慈しみ育てた世界は滅びてしまう。
 女神は絶叫した。
 叫びは男神にも届き、暁達によって彼女の夢見た未来を知った。
 男神は怒り狂った。

 それもこれも、全ては可愛がってきた光の人間達の所為。そしてそんな人間達を甘やかした自分の所為。

 その責任を取る為、男神は太極を再び乱さんとした。

 けれどもそれはまだ時期尚早。太極が父によって乱されるのは遙か先のことだ。
 夢の詳細を知る暁と夕暮れはそれを語って父を宥めた。
 これもまた、母の夢の内容だった。

 自分達も、父も、光の人間達も、一族も――――異国の情勢まで。
 全てが全て、闇の女神の夢の通りに動いた。夕暮れが、母の為に献身的に暗躍した。
 暁は、ただただ残った一族を見守りながら、世界の動きを眺めるだけだ。夕暮れのように動くことは出来ない。

 だが、暁にも分かった。ヒノモトは、夢の通りに進んでいくだろう。


 ただ、一つの例外を除いて。



 砂月――――サチェグ。



 嘗(かつ)て、異国への見聞を広めに旅立った者達の末裔。
 唯一残った純血の邪眼一族。
 彼の存在は暁も思いも寄らなかった。

 彼は完全なる異分子だった。

 驚くべきはその小賢しさ。
 自分の存在を悟られまいと邪眼の模造品を作り上げ、それを岩屋に還らせた。
 その模造品は完璧だった。自分達の管理する邪眼と何ら遜色無い、見事なものだった。
 感嘆すると共に、砂月に脅威を感じた。

 彼は、女神の夢には一切出てきていない。
 それ故に、彼が一本でも指を入れて掻き回せば、どうなるか分からない。
 有間という破滅のきっかけが、変質してしまうかもしれないのだ。
 両親の為にも、そればかりはあってはならなかった。

 夕暮れよりも早くにカトライアの彼に気が付いて良かった。
 儀式の成されなかった有間の中で彼女の力を支えてやっていた彼だからこそ、すぐに気付けたことだった。
 夕暮れが先に気付いていたら、きっと彼を殺そうと躍起になっただろう。
 純血の、兄弟を。
 それだけはさせまいと、自身もしたくないと、暁は氷の中から行動を起こした。

 魂だけの暁が、彼の夢の中に潜り込むのは容易かった。だって、自分は有間の中にもいるから。

 きっと、彼も遅からず暁が自分に接触して来ると分かっているだろう。

 だから、彼は暁を拒絶しない。
 むしろ自ら話し合いの場を整えてくれるだろう。

 その確信と、得体の知れない異分子に恐怖を持って、暁は魂の大部分を彼の夢の中へと飛ばす――――……。


 それはまだ、有間と砂月が出会って間も無い頃のこと。









「何だ、意外に遅かったな」


 ああ、やはり。
 にやにやと嗤(わら)う彼に、自身が神であることも忘れて戦慄した。



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