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目の前に佇む闇馬に、有間は渋面を作る。
結局、反論も受け入れられず、強引に決定してしまった二人の同行者。
何でこうなるんかなぁ……。
溜息が何度も漏れた。
闇馬は二頭。それぞれ鯨とティアナ、有間とアルフレートが乗るのだが、そうなるとサチェグが余る。
彼はどうするのかと訊ねてみたが『ああ、大丈夫大丈夫。俺結構何でも出来るから』とムカつく言葉を返され、以後行方が知れない。まあ、城内にいることは確かだろうけど。
有間はじゃれついてくる闇馬に構ってやりながら、あの外国産の同族を待った。
すると、兵士達への指示を終えたらしいアルフレートが戻ってくる。周囲を見渡し、眉根を寄せる。
「サチェグはまだ?」
「っぽい。何処で何やって――――」
――――その時、ふっと二人に影が落ちる。
揃って見上げて、ぎょっとした。
馬だ。
真っ黒な馬が……天から落下してくる。
その背に乗る青年を見るなり、有間はまた溜息をついた。
「……あの馬鹿」
有間達から少し離れた場所に着地したそれは円を描くように走りながら徐々に速度を落とし、闇馬の近くで足を止めた。
騎乗する金髪の青年を見上げ、有間は片目を眇める。
「随分と派手なご登場で」
「いや、派手というか時間がかかりすぎて急いで来ただけ」
馬の首を叩き、サチェグは肩をすくめた。
彼の乗る馬を間近で見ると、闇馬と似た形状でありながら全く別物であるのが分かった。
よくよく見ると、黒曜か何かの黒い石で作られた硬質な体躯で、目には感情が無い。
人形なのだと、すぐに分かった。しかも、かなり複雑な術が施されていることも。
サチェグの実力を見せつけられているようで、無性に腹が立った。
「やっぱお前、死ねば良い」
「何でそうなるんですかねアリマさん」
「お前とは一旦、距離を置こうと思う」
「親友泣いちゃうぞコラ」
「物凄く腹立つ」
「嫉妬? 俺の腕に嫉妬しちゃってる?」
「この石砕いたら幾らになるかな」
「それは止めろ!!」
本気で長巻(ながまき)を突き立てようとしたのをアルフレートが後ろから肩を掴んで止める。
サチェグはすぐに馬を引かせて有間から逃げた。
そして、城門の近くでもう一頭の闇馬にティアナを乗せて待機している鯨と見送りのマティアスに視線をやって片手を挙げた。
それに頷いて、マティアスに拱手する。
有間もこめかみを揉み、アルフレートに目配せする。
「……行くってさ」
「分かった」
先に乗り、アルフレートに後ろを顎で示す。
アルフレートは双剣を近付いてきたサチェグに預け、闇馬に乗る。サチェグから剣を受け取って並んで城門へと向かった。
「準備は良いのか、サチェグ」
「どうも、すんません陛下。ちょっとこの寒さで上手く構築出来ませんで。いつでも出発OKっスよ」
サチェグは肩をすくめ、マティスに返す。
マティアスは鯨を見やり、片手を振った。
彼の動作に応じて鯨は闇馬に乗り――――馬の腹を蹴った。
すでに別れの言葉は交わしたのだろう。颯爽と出立する。
「お前達も気を付けて行け」
「分かってる。ティアナとアルフレートと、ディルク王子は帰せるよう努力はするよ」
「お前達もだ」
「ごめんそれは保証出来ないわ」
即座に切り捨てる。
マティアスが何かを言おうとするのを闇馬の嘶(いなな)きが遮る。
有間は馬の腹を蹴って鯨達の後を追いかけた。
ああもう、どうなるか分からないってのに。
これから先のことに多大な不安要素を感じながら、何度目かの溜息をついた。
今からでも彼らを置いていけるのならそうしたかった。
けれどそれを警戒してのことか、サチェグは少し遅れて追いかけてきた。
‡‡‡
「陛下。これだけは言っておきますよ」
サチェグは走り出した闇馬二頭を見送り、マティアスに話しかけた。
マティアスは一瞥し「何だ」と短く促す。
しかし、返された言葉に顔色を変えるのだ。
「可能性は低いかも知れませんが、アリマ、ヒノモトと心中するもしれません」
「何……」
「ヒノモトの消滅は、アリマが左右する。あの二人とディルク殿下は必ず帰しますが、アリマやイサのことは、期待しない方が良い。死なずとも、ヒノモトから出られなくなるかもしれない」
「どういうことだ」
「さあ、俺もそれを確かめに一緒に行くんで」
「! 待てっ!」
サチェグは馬を走らせた。
闇馬は速い。すぐにでも追わなければ見失ってしまう。
まだ辛うじて米粒程に見える有間達を見据え、サチェグの無機質な馬は疾駆する。
サチェグの頭の中で、様々な推測が重なっては崩れ、また生まれていく。
それは全て不穏なものばかりで、良いことなんて一つも無かった。
闇の女神が終焉の夢を見なければ。
光の男神が妻を諦めてさえいれば。
こんなことにもならなかっただろうに。
――――お前らも、悲しい境遇に立たされることも無かっただろう。
ちらと視線をやった雪原。
そこには、真っ黒な髪をした女が、こちらを向いて佇んでいる。
彼女がこちらを睨んでいるとは、顔が見えずともサチェグには手に取るように分かった。
彼女の存在は、とても虚しい。
彼女の存在もまた、両親の勝手で生み出され放置されたものでしかない。
愛する片割れを守りながら、闇の女神から与えられた役目をまっとうすることこそが、彼女の生き甲斐。彼女のたった一つの道。無二の両親との繋がり。
よしや、その先も孤独であろうと。
彼女は役目を忠実にこなしていくのだ。
―W・了―
●○●
書く時の気分にもサチェグのおちゃらけたテンションは影響してくれます。助かってます凄く。思い切って再登場させて良かった……。
次は視点がヒノモト内の人物に変わります。
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