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「――――と、いう訳だ」
「ああ、構わん」
「はいちょっとストップ。マティアスもうちょい考えようか」
アルフレートの話が終わるなりあっさり許可を出したマティアスに慌てて待ったをかける。
マティアスと、その側に寄り添うティアナの目元が赤いのには、二人共触れなかった。
彼はソファの背凭れに寄りかかり、目を伏せた。
「俺からも頼もうと思っていた。ディルクのこと、それからヒノモトの詳しい情勢が知りたくてな。それと、ティアナにも同行してもらう」
「ちょっと待たんかい。それアカン奴。一番アカン奴やぞ!?」
咄嗟に立ち上がり声を荒げる。
しかしそれを宥めたのはマティアスではなくティアナだった。
「ごめんなさい、アリマ。私がマティアスに相談したの。ディルク殿下の竜が目覚めた時、誰も制御しきれなかったら二十年前のようになってしまうかもしれないでしょう?」
「それ以前に、アルフレートとティアナの二人を守れる自信が無い。竜が出ればその時点でうちらの予想も越えた何かが起こりかねない。それに、すぐか永遠か、ファザーンに戻れるかも分からないんだよ」
「だがそれはお前達とて同じことだ。お前達三人が無事戻って来なければ困る。アルフレートとティアナがいれば、お前達とてこちらに戻る方法探しに躍起になるだろう」
言いながら、彼は穏やかに笑む。
さっきの今で……こちらを気遣うなっつの。
来るタイミングをもう少し遅らせるべきだったかと、罪悪感から後悔が浮かび、有間は顔を歪めた。されどもはっきりと言ってやる。
「そういうことなら却下。うちは絶対に二人の同行を拒否する」
「んじゃあ特別サービス、俺が許そう!」
「ふんっ!!」
「ごふぅっ!?」
不意に降ってきた軽やかな声。
反射的に背後に肘鉄を打ち込んでしまったのは仕方がない。しかも思った以上の手応えがあってちょっとすっきりした。
舌を打って振り返れば、ソファの後ろで腹を抱えて悶絶する金髪の外国産邪眼一族。
アルフレートが苦笑混じりに呼ぶが、黙殺して懐から出した馬上筒の銃口を向けた。
顔を上げて馬上筒を見たサチェグはざっと青ざめ口端をひきつらせた。
「ちょ、おいおいおい! ちゃんとした理由あるから! 取り敢えずその凶器仕舞えって!」
「そのまま話せ人間失格」
「俺は人間じゃなくて邪眼一族だもん」
「はい極刑」
「すんませんっした!!」
「死ね」
「落ち着け」
サチェグの頭に足を載せて下に押し潰し、有間の手から馬上筒を取り上げたのは鯨だ。彼は無表情にマティアス達に拱手した。
マティアスは片手を挙げて応じるが、バルタザールの件は鯨もサチェグも不問のようだ。
鯨は踏み潰すサチェグに冷たい目を見下ろし、
「理由があるなさっさと話せサンプル」
「……お前さ、何で俺に関してだけは昔と同じ態度なのよ」
鯨の足を退かし、乱れた衣服を正す。ナメられているのではないだろうが、それも鯨が魔女と邪眼の混血ということなのだろう。
背凭れに腰掛けて鯨を睨みつつ、先程口にした理由を言う。
「別に、二人くらい俺なら守れる。不老不死の身体なんで、自分を守る必要が無いからな。イサ……は毒樹の対処に専念することになるだろうからヒノモトでは同行しないが、式くらいは持たせられるだろう。ベルントの騒動前後でカトライアを飛び回ってた奴。あれを媒体に結界術を仕込んでおけば、俺が遠隔で展開出来る。で、アルフレート殿下とティアナちゃんがついてくる理由だけど」
アルフレートは万が一五大将軍か、その部下に襲われた時の為の保険。サチェグの見解では、アルフレートの剣術なら五大将軍とまではいかないまでもその下のクラスには勝っているだろうとのこと。
ティアナはディルク王子を救出した際の竜の抑止力。サチェグも有間も鯨も、竜は一度解放されれば御しきれぬ。
だが、大事なのはこれらではなく、二人を連れていくということにあるのだと、サチェグは何故か鯨を見た。
「他国の人間を連れて行くことに意味がある、ということか?」
「そうそう。あんまり深くは言えないんだけど、簡潔に言えばアリマの身体の為だな。アリマは混血の中でも稀少な外国人との混血だ。今のヒノモトじゃアリマにも影響が出る可能性がある」
「ふうん……? そんなのあるの?」
「あくまで俺の仮説だがな。けど、混血って暴走すると結構面倒臭いんだよ。なまじ純血以上の力を持っちまうから。普段はその七割程度しか使えないくせに暴走したら十割全部が暴発するんだぜ? アリマ、お前知らないだろ」
こくん。頷く。それは初耳である。
アルフレートが有間、そして鯨を見、柳眉を顰めた。
「暴走すると、どれくらいの規模になる?」
「俺の異腹の妹が――――ああ、鯨と同じ魔女との混血な。そいつが暴走した時は、多分竜と同等だったかな。俺が被害が出る前に殺したから、被害は最小限に抑えられたが」
「殺した……? 異母妹を?」
「それは今関係無いっスよ。アルフレート殿下。っつーことで、念の為にヒノモトに入ったら定期的に検査するからな、アリマ」
「……何だろう、今生まれて初めてお前が仙人か神の類的なもんなんじゃないかと思った」
「俺仙人とか神とか大嫌いだから止めてくれ。でも今更だけど俺様が凄いってことに気付いてくれたのは有り難い」
妹云々には触れず、真顔で言う。
サチェグは片手を振って笑い、マティアスを見た。
「じゃあ、そういうことで。ティアナちゃんも、アルフレート殿下もお借りしますよ」
「ああ。お前も、必ず帰って来てくれ。お前が嫌ではないなら、一度ゆっくりと話がしたい」
「……そりゃどうも」
サチェグは一瞬目を瞠り、ふっと微笑んだ。次の瞬間には肩をすくめ真顔になる。
「イサ、少し話がある。来い」
「……あい分かった」
視線を向けられた鯨は先程までの冷たい態度は何処へやら、畏(かしこ)まった様子で従った。
二人の突然の変化で流されそうになったが、有間は扉に手をかける直前に声をかけた。
「タンマ! うちはまだ反対してるんだけど! あと馬上筒返せ!!」
「却下」
「断る」
「お前ら何なの!? いきなりシンクロすんなよ!」
サチェグは肩をすくめ、片目を瞑っただけだった。
ばたん。
扉が閉まる。
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