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13
有間は城に戻るなり私室へと直行する。
少ない荷物をまとめ、部屋を出る。アルフレートを探そうと屋敷を出、暗い敷地内を長い時間歩き回った。
アルフレートがどちらに向かったのか分からない。足跡を探そうにも巡回の兵士の足跡も残っており、判別が付かなった。
有間は周囲を見渡した。
目を凝らして闇を見つめるも、目当ての姿は見つからない。
オストヴァイス城は広い。下手に歩き回ると迷いそうだ。
屋敷にはまだ戻っていなかったから、入り口で待てば会えるだろうか。
一旦戻ることとしてきびすを返す。
と、その時だ。
「アリマ!」
「ん?」
探していたアルフレートの声がして、足を止める。声の聞こえた方に向き直って待つと慌てふためいた様子のアルフレートがこちらに走ってきていた。
その手には、有間よりも少し大きめの荷物が握られている。
有間は首を傾けた。
彼は有間の前に至ると安堵した風情で微笑み良かったと呟いた。
「アルフレート。その荷物、何?」
「先程、サチェグに会って事の顛末(てんまつ)を聞いた」
「あ……うん。で? その荷物に何の関係が?」
「オレもヒノモトに行こうと思う」
「へえ、そう。……。……は?」
間の抜けた声を出してしまう。
「何でまたそんなことを」
怪訝に問えば、アルフレートは真摯な表情になって声を低くした。
「守らなくても良いのなら、せめてお前の支えになりたい。オレの武が何処まで通用するかは分からないが……足手まといにはならない。決して」
「支えって……それ以前にあんたはここでマティアスを支えてやんないと駄目だろ?」
まだ地盤が固まっていない状態なのだ。アルフレートの支えはマティアスにとって必要不可欠。それは彼自身も分かっている筈だろうに。
渋面で指摘する有間に、しかしアルフレートは笑って首を横に振る。
「お前よりもファザーンは取れない。ここにはすでに優秀な王がいるからな。それに、永遠に戻らない訳じゃない。必ずお前達と共にここに戻る。それまで、オレの力で、お前を支えさせてはくれないか」
何だ、この親友が臣下に下るみたいな会話は。
気恥ずかしさに母音を伸ばし、有間は後頭部を掻いた。
けれども、「それに」アルフレートが続けた言葉に、揺らいでしまう。
「ディルクはオレの弟だ。兄のオレが助けてやりたい。お前達の力を借りなければ達成し得ないとは重々承知の上だ。頼む、アリマ」
「そこで弟云々を出すのかよ……」
頭を下げる第二王子に、有間はうっと言葉を詰まらせた。
アルフレートが同腹の弟をどれ程大事に思っているか、有間にも察して余りある。
けれども二度と戻れなくなる可能性の方が高い訳で。
第二王子のアルフレートをこのまま危険地帯へ連れて行くのは気が引けた。
……頭まで下げられると本当に困る。
マフラーをいじり、有間は唇を曲げた。
「取り敢えず、マティアスに話してみなよ」
駄目だと言ってくれることを願おう。マティアスだって、ファザーンの現状はよく分かっている筈。アルフレートの私情ばかりを尊重したりなどはするまい。
そう言うと、アルフレートは顔を上げた。
「では、マティアスが許可を出せば、同行しても良いのだな」
「あー……まあ、鯨さん達は知らないけどね」
いや、同行して良いとはまだ明言してませんけれども。
有間は苦虫を噛み潰したかのような感覚に襲われ、口をまごまごとさせた。
「まあ……うちが許可するのはともかくとして、うちらに付いてきたら最悪死ぬかもしれないよ? ヒノモト入った後戻れないだろうし……ディルク王子の竜が暴れる可能性もある。そうなると、山茶花が言っていたのだけれど、大気が乱れて何が起こるか分からない。うちらでアルフレートまで守れるかどうかも不安が残る」
「覚悟の上だ。アリマも、もう別の道を選びはしないのだろう?」
それが何を指しているか、分からない有間ではない。
山茶花を生かしはしない。
うちの手で、消す。
反射的に自分の手を見下ろし、目を細める。
「……すでに人を殺している訳だしね。覚悟を決めれば後は簡単さ」
わざと茶化して言い、マティアスは私室に戻っているだろうかと考えた。城内を長く歩き回っているし、アルフレートもサチェグから事の顛末を聞いたと言った。その可能性は高いだろう。
問題は、話が出来る状態であるか否かだ。
ヴィルトガンス湖で見た彼の姿を思い出し、一瞬不安になる。
最悪、ティアナから許可を貰って強引に出立――――なんてことにもなりそうだ。
「ひとまず、マティアスの部屋に行ってみよう。サチェグや鯨さんも、そこにいるかもしれないし」
「分かった。……だが、アリマ。一つ良いか」
「んー?」
歩き出そうとした有間の手を、アルフレートはそっと握った。
振り返った彼女の顔を真っ直ぐに見据え、
「オレやティアナの前では、虚勢を張らないでくれ。オレは虚勢のままのお前の支えにはなれない。それはきっとティアナも同じだ」
有間は押し黙る。じっとアルフレートを見つめ返し――――ふっと笑う。
「早く行こう」
やんわりとアルフレートの手を剥がし、歩き出す。
今はまだ、虚勢を張らなければ、駄目なのだ。
今ここで本心を出せば、きっと自分は逃げるだろうから。
大股で進む有間に、アルフレートはもう、何も言わなかった。
彼が後ろでどんな表情をしているのか、漠然と察しは付く。
だから、心の中でごめんな、と謝罪する。
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