W
────

10





 夜も更けた頃、マティアスはようやっと目を覚ました。
 幸い身体に不調は無く、彼は少しストレッチをした程度で、その場にいた彼にとっては見知らぬサチェグの説明を有間から受けた。

 純血の邪眼一族がカトライアにいて、しかもクラウスや法王陛下からの信用篤い情報屋だとは思わなかったようで、軽くだが驚いていた。
 そして有間がサチェグや鯨と共にヒノモトへ行くと告げると、渋面を作って反応した。


「アリマ。あいつはお前を誘っているんだ。彼らに任せておけば良いだろう」

「いいや。何と言われようともうちは行くよ。必ず山茶花を滅する。で、ベルントに日記を見せるって話だったけど、どうすんの」


 有間が机に置かれたコルネリアの日記を指差すと、マティアスが彼女を咎めるよりも早くサチェグが掌に拳を落とした。


「そうそう。そうだった。俺占いに出たから、急いでたんだった。あんたらもベルントに会うんだったら急いだ方が良いっスよ」


 ベルント、今夜いなくなるから。
 あっさりと言って退けたサチェグに、皆が一様に目を瞠った。

 ……取り敢えず、殴っておこう。
 有間が構えを取ったのに、誰も止めようとはしなかった。



‡‡‡




 術に秀でたサチェグの占いは、適当で、気分で行ったとしても非常に良く当たるという。
 鯨は至極嫌そうな顔をしてそう言った。

 サチェグの占いから出された未来は、ベルントが何者かに連れ出され、以後行方知れずになるというものだった。その何者かについて、恐らくサチェグは知っている。けれども敢えて明言しようとはしなかった。
 それが気にかからない訳ではなかったが、今はベルントの存在を確認する方が先だ。

 一応不法侵入者だからと別行動を選んだサチェグとサチェグの見張りを買って出た鯨はマティアスの私室で別れた。

 牢屋に急行し、見張りの兵士達に声をかけると、彼はきょとんと首を傾げた。


「あれ? マティアス殿下? ティアナさまも……先程帰られたばかりだと思ったのですが、何かお忘れでも?」


 マティアスの後ろにアルフレートと有間がいると知ると、いよいよ不可解そうに唇を歪める。

 マティアスは有間と視線を交わした。


「何を言っているんだ。俺はベルントがここに入れられてから、一度も足を運んでいない」


 兵士はえっとなった。


「……そ、それは、何かのご冗談……ですよね?」

「なぜこんなときに、冗談を言う必要がある。お前達こそ俺を謀るのは止めてもらおう」


 マティアスの声が低くなる。

 竦み上がった兵士は激しくかぶりを振って否定した。
 けれども、何度もマティアスの姿を見ていると証言する。
 先程にも、マティアスを名乗る人物はベルントと話がしたいと牢を開けさせたという……。

 有間はマティアスの身体を押し退けて牢の中に飛び込んだ。ベルントがいた牢を見、舌打ち。


「マティアス! ベルントがいない!」

「何だと!? おい……なぜベルントの姿がない!」


 兵士を詰問するマティアスの声と、それに対する答えを聞きながら、有間は牢の中を隈無く探る。

 そして――――その微細な気配を感じ取った。
 瞬間脳裏に浮かんだ人物の顔に、また舌を打つ。

 兵士の返答では、食事を摂らずに息絶えたベルントの最期を看取った『マティアス』が、遺体を何処かに運び出してしまったと。
 有間はマティアスを呼んだ。大股に歩み寄り、耳打ちする。


「サチェグだ。あいつがマティアスに化けてベルントを連れ出したんだ。コルネリアに、恩義があるから」


 最初からその為にオストヴァイス城に入ってきていたんだ。様子を見るだけで済ますつもりは無かったんだ。
 マティアスは奥歯を噛みしめ、連れ出した者を探すよう兵士達に怒鳴りつけるように命じた。
 その気迫に負けて、兵士達も慌ただしく牢屋を飛び出していく。

 サチェグの野郎……面倒なことにしやがって!


「マティアス。一体何が起きているの……!?」

「簡単なことだ。何者かがが俺のふりをして、ベルントを連れ出した。そしてそれはコルネリアに恩義のあるサチェグの可能性が高い」

「サチェグさんが? 確かにベルントの様子を見に来たって言っていたけど……」


 そこで、警備の為に残った兵士の一人が、あっと声を上げた。
 アルフレートが声をかけると、慌てたように告げた。

 その『マティアス』は――――髪が長かったと。


「具体的には、腰の辺りくらいまで、あったような……昔、陛下が髪を伸ばされていた頃と、ちょうど同じくらいの長さです」

「……アリマ」


 有間は眉根を寄せた。


「妙だね。鯨さんの師匠だって言うサチェグなら、完全にあんたに化けられる筈。……『そっくりさん』とか?」

「そっくりさん……まさか!」


 含みのある有間の言葉に、ティアナはさっと顔色を変えた。マティアスに駆け寄り、腕を掴んだ。


「私、マティアスにそっくりな人って、一人だけ思い当たるんだけど……」

「……オレもだ。だが、その人物は、」


 アルフレートの言いにくそうな言葉に、マティアスも難しい顔をする。


「信じがたいが、それ以外に俺に似た人間などいるはずがない。追うぞ!」

「アルフレート! うちらは鯨さんとサチェグを探そう。『そっくりさん』なら、鯨さんも手を貸してるかもしれない」

「分かった!」


 有間は、牢屋を出てマティアスとは別方向に走る。

 マティアスのそっくりさん――――バルタザール。
 カリャンが間違えた程にそっくりなのだ。兵士達が見間違えてもおかしくはない。

 これでは、


『……何を、言っているの? ……あの、男は……まだ、生きているわ……ただ、姿が見えない、だけ……』


 まさに、カリャンの言葉通りではないか。
 有間はアルフレートに別の場所を探すように言い、窓から外に飛び降り周囲を見渡した。

 サチェグと鯨の術を、有間は看破出来ない。だが、それでも探さなければならなかった。
 マティアスの失脚は……二人の不幸にも繋がるだろう。
 そしてまた王位争いが起こりかねない。

 止めてくれよ、そんなん……!
 心の中で願い、雪の中を軽々と駆け抜ける。

 が、周りの気配を探る為一旦足を止めた瞬間、


「むぐっ!?」

「ちょいと失敬」


 軽佻な声と共に背後から口を塞がれた。



.

- 51 -


[*前] | [次#]

ページ:51/134

しおり