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 騎士の間へ向かうその途中で、アルフレートと会った。


「アリマ、ティアナ。良かった。今からそちらに向かおうとして――――」


 言い差し、彼はサチェグに気付いて瞠目する。


「サチェグ。何故お前がここに……」

「アルフレート。その話は後で。山茶花が現れたんだ」


 マティアスが眠らされていることを伝えると、彼は青ざめた。すぐに命に別状も無く、今日中に目覚めるだろうと伝えればすぐに落ち着いてくれたが、それでも心配そうだ。


「取り敢えず、うちはサチェグと鯨さんと一緒にヒノモトに行く」


 アルフレートは一瞬言葉を失った。眉間に皺を寄せて、声を低くする。


「ヒノモトに? 危険だ。イサ殿だって反対したのでは――――」

「訳あって、ヒノモトに入れるのは今のうちだけなんだ。鯨さんも、その《訳》は見逃せないと思う」


 早めに対処しておかないと、ファザーンに疫病が蔓延してしまう。
 有間はそこで周囲の様子を窺い、詳しい話はマティアスの私室でときびすを返した。アルフレートは承伏しかねる顔をしていたが、詳しい話をすれば納得してくれる筈だ。というか、納得してくれなければこちらが困る。

 足早にマティアスの私室に戻り、事の次第とサチェグについて手短に話す。
 サチェグの正体に大層驚いていたアルフレートは、しかし、未だ有間達がヒノモトに行くことには納得してくれなかった。やはり、一貫して危険だと止めてくる。


「毒樹のことはこちらで付近の民を避難させる。だが、だからといってヒノモトには、」

「ディルク王子も閉じ込められることになる。アルフレート、それを分かってて言ってる?」


 厳しく指摘すれば彼は口を閉ざした。分かっていて、有間達の安全を優先しようとしたのだろう。無理はしなくて良いのに。


「ヒノモトに戻れなくなっても、うちらで保護しておけば最悪竜が利用されることは無いだろ。それに山茶花を殺せば闇眼教は現在の政権に不満を持つ烏合の衆。軍に簡単に潰される。何処かに隠れて自然消滅を待てば良い」

「それに、遅かれ早かれ現在の政権も崩れるだろうよ。太極変動で徐々に術士は頭がイカレてる。強い術士も今でこそ保ってはいるが、時間の問題だ」

「サチェグ。太極変動のこと知ってたんだ」


 軽く驚いた。

 サチェグは肩をすくめ口の片端で笑う。


「まあ、俺クラウスさん専属の情報屋ですから。嘘なんだけど」

「クラウスの? 知らなかった……」

「一般人に知られちゃマズいって」


 苦笑。
 サチェグはそこで有間を呼び、「ところで」と。


「俺行くことになってるけど拒否権無いの」

「ついさっきうちが剥奪して焼却しておいた」

「国民フリーダムに生きる権利あるだろ!?」


 とは言いつつも、本気で嫌がってる風ではない。
 サチェグも、一応は有間のことを心配してくれているからなのだろう。友人の厚意を利用する形になってしまったが、有間と鯨だけでは心許ないのだ。恐らくサチェグがいないのならヒノモトに入るのは有間だけになる。鯨には国境に生えるであろう毒樹に対応してもらいたいから。

 サチェグは辛そうに顔を歪めるアルフレートに肩をすくめて見せた。

 アルフレートは両手に拳を握る。


「これでは、何の為にお前をここに連れてきたのか……」

「その気持ちは有り難いよ。でもね、アルフレートやマティアスが許可を出さなくても、うちはここを出て行く。山茶花自身の望みで動いていないのなら、このまま生かしておけない。誰か、見も知らぬ人間の勝手で人形にされてるんだったら、せめて同族で、あいつに死に様を見たうちが止めるべきだ」


 ティアナはそっと有間の肩に手を置いた。口ではなく、手だけで止めようとする辺り、彼女はもう諦めているようだ。
 あとはアルフレートとマティアスだけ、だが。

 平行線になりそうな空気に助け船を出したのは、サチェグだった。


「その続きは、マティアス陛下が目覚めてからしようぜ。それまでにアルフレート殿下も考えがまとまるだろ。俺はそれまで、イサとその辺見回りしてくるわ。サザンカは勿論、闇眼教の人間がいないとも限らねえし」


 鯨に一瞥をくれ、サチェグは足早に部屋を出る。
 鯨もそれに従い、ティアナとアルフレートに拱手して辞した。

 空気を和らげてくれたサチェグがいなくなると、部屋の空気は一気に重苦しくなる。

 有間は溜息を一つして、アルフレートを呼んだ。


「隣の部屋で文句くらいは聞くよ。うちで勝手に決めてるしね」


 マティアスが目覚めたら呼んで欲しいとティアナに頼み、有間は静かに部屋を出た。
 隣の部屋の前に立ってドアノブに手をかけた頃に、アルフレートも出てきた。

 扉を開けて中に入ると、後ろから腕を掴まれ後ろから抱き締められる。強く、苦しいくらいに締め付けられた。
 ややあって、か細い謝罪。

 最初は驚いた有間も、落ち着くとその腕を軽く叩き、


「大丈夫だって。ディルク王子は絶対に保護しておくし」

「それだけじゃないんだ。……オレは、今までお前を守れたことが無い」


 山茶花が現れた時、アルフレートはその場にいなかった。
 彼が言っているのはそれ以前のこともあるだろうが、先だっての騒動に関しては、アルフレートはむしろいない方が良かった。でなければ彼もヒノモトに連れて行かれる羽目になっていたかもしれないのだ。
 言い方を間違えると無用な勘違いをされてしまいそうで、それを言うことも出来ず、有間は黙ってアルフレートの謝罪を受け入れた。そうしながら、


「いや、守られてることもあっただろ……というかうち、そもそも守られるのは好きじゃないから。そういうのは、人を殺したことも無い平和な世界で育った人間だけの権利だ。うちみたいな人生を送った奴には、凡(およ)そ似つかわしくないね」


 アルフレートの力が弛んだのを見計らい、腕を解く。
 彼は、泣きそうな程に辛い顔をしていた。
 年上なのになあ……苦笑しながらソファに座らせ、ぽんぽんと宥めるように頭を撫でてやった。


「サチェグや鯨さんもいるし、大事にはならないって。さっきも言った通り、うちの目的は山茶花を殺すだけ。あとは太極変動が収まるまでディルク王子とヒノモトのどっかで潜んでおくつもりだもの。運が良かったら、毒樹の影響の無い場所から戻ってこれるかもしれないしね。あとでティアナにも言うけど、時間がかかってでもちゃんと戻ってくるつもりだよ、うちは」


 アルフレートと目を合わせ、笑って言う。
 するとまた、抱き寄せられる。今度は先程よりも力は加減されていた。包むような抱き締め方だ。
 前のめりになってバランスを崩してしまいそうで、申し訳ないと思いつつも彼の膝の上に跨がった。


「……初めてお前に会った時、お前を笑わせてやりたかった。何もかもを耐えて、何もかもに警戒して、怯えていたアリマを、哀れに思った。だから、カトライアでお前を見て安心したんだ。オレではないのが寂しい気もしたが、アリマを笑わせるような人間がカトライアには沢山いる。昔のお前を見ることは無いだろう。そう思うと、寂しさよりも嬉しさが勝った」


 え、何この恥ずかしいことを語る系。こういうの苦手なんだけど。
 有間は身を堅くした。

 が、アルフレートの声が低く沈んでいて、拒絶出来る雰囲気でもなかった。


「オレがアリマを守りたいのは、お前のあの姿を見たくないからだ。二度と、あんな姿に戻って欲しくなかったから、オレがお前の側でずっと守っていたいと願った。だのに、結局はお前の力にもなれていない」

「……それは、まあ有り難いけれども。君が頑張らなくても、多分昔には戻らないよ。随分と気楽に生きさせてもらってるし」


 というか、万が一戻りたくなっても戻れないと思う。
 そう言って、有間はアルフレートの額に己の額をくっつけた。


「自分でも意外なんだけどさ、カトライアにいた所為か、昔に戻りたくないって思ってる自分がいるんだよね。今になって考えると、昔よりも今の方が良いやって……やっぱティアナとか、クラウスさんとか、小劇場の皆とか、手放したくないって、さ。自分の身が危なくなったら昔みたいに見捨てて出て行けば良い、そう思うと胸が痛むって言うか……物凄く苦々しいと言うか。アルフレートとかも、それと同じ……いや違うと言えばアルフレートに関してはちょっと類が違うんだけども……だーから、さ……やっぱ……あー……あああー……」


 ヒノモトから君達のところに戻ってくるのは、ぶっちゃけうちの願望でもある。
 アルフレートは有間を見上げ、沈黙した。

 有間は彼の視線から逃げるように顔を背けつつ、


「ってか、あんまり守るとか助けるとか、そう言うのを体の良い理由にしないと駄目って訳じゃないし、そういう感じで一緒にいてもらいたくないと言うか……別に、ずっとかはともかくとして、一緒にいたいなら素直にそう言えば普通はそれで良いと思うし――――」


 そう言った瞬間、有間はアルフレートの額に頭をぶつけた。がちっと骨が音を立てた。
 お互い頭を押さえて悶える。


「っぐ……! アリマ……い、いきなり何を……っ!?」

「う……っるさい! 忘れろ……取り敢えず今の全部忘れてしまえ!! 必ず帰ってくるとだけ覚えておけば良いから……!! ああもうらしくない! 今のうちらしくない!! 流れで何か変なこと言った! 何これ何この雰囲気!? どういう流れ!?」


 大音声で誤魔化し頭を押さえたまま離れようとすると、アルフレートが「待ってくれ」と引き寄せる。

 密着して首筋に顔を埋められる。
 ひい、と悲鳴を上げると小さく笑われた。


「すまない、暫くこのままでいてくれ」

「え? ……あ、いや、それだけなら別に良いけど……良いのか?」


 けどこいつむっつりだったよな、確か。
 受け入れつつも一瞬だけ空気にそぐわぬことを考えてしまった。



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