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サチェグが頃合いを見て、有間達は彼に術で守られながらマティアスの私室へ向かった。
幸い部屋は荒らされてはおらず、ベッドに寝かされたマティアスの看病をしていた鯨は無傷だった。
ティアナが駆け寄って無事を喜ぶと、鯨はマティアスのことをティアナに任せ――――。
「――――どぅあ!?」
サチェグに蹴りかかった。
紙一重で避けた彼は両手を挙げて殺気を放って詰め寄ってくる鯨に猛抗議する。冷たく一蹴されたけれども。
二人のことは無視することにして、有間はマティアスのベッドに歩み寄って彼の顔色を窺った。
「顔色は、悪くないね。ただ眠ってるだけか。なら、夜にでも目が覚めるんじゃないかな」
「良かった……二人共無事で」
安堵に相好を崩すティアナに有間も微笑み、彼女を椅子に座らせた。
自身は彼女の側に立って腕を組む。思案に耽って山茶花の言葉を思い出した。
国境付近に、毒樹――――か。
それが本当なら由々しき事態だ。マティアスには早めに対処してもらわないと。ファザーンの人間は毒樹の脅威を知らないから、半端な対応が国にとっても命取りになる。
マティアスを見下ろしながら熟考していると、ふと鯨が怒鳴った。
「何を考えている!? 自分から山茶花の懐に飛び込めと言うのか!?」
何事かと振り返ると、サチェグが有間に歩み寄ってきていた。
「おいおい、ちょっと待てって! 暑くなるなよ、イサ。俺はただアリマがヒノモトに行きそうだなって言っただけだ。本当にそうなるか分から――――」
「――――やっぱ、そうした方が良いよね。ヒノモトに入れなくなるんなら、山茶花もこっちに来れないってことだし。そうなるとあいつを殺せない」
「アリマ……!」
「アリマ、俺の死亡フラグの立てるの今じゃない!」
「死んで欲しいのはてめぇじゃなくて山茶花だっつの」
「ありがとう。ぞんざいな扱いだけど俺の生を肯定してくれてありがとう」
おどけて言うのはこれ以上空気が悪くならないようにだろう。暗い雰囲気を嫌ってのことだろうが、この気遣いは正直有り難い。
「有間。山茶花のことは俺が始末する。お前は関わるな」
「いや、そういう訳にも行かないだろ」
山茶花は、元はうちの友達だったんだ。
鯨よりも、惨たらしい死に様を見たうちが、あいつが死んだところをしっかりと見たうちが、ちゃんと殺してやらないと駄目なような気がする。
それに――――。
有間は口を引き結び、身を翻した。
「この騒動のこと、アルフレートに知らせてくる」
「ん、じゃあ一応俺もついて行くかな。俺ならあの嬢ちゃんがまた来てもどうにか出来るだろ」
「……あ、私も行くわ。アリマ」
遠慮をする前に、ティアナは鯨に頭を下げて有間の手を握った。
サチェグを見やって、部屋を出る。
「ティアナ、マティアスの部屋にいなくて良いの?」
「ええ。マティアスは無事だけど、今のアリマが心配だもの」
廊下を歩きながら、ティアナは言葉を続ける。
サチェグは二人に気を遣ってか、数歩離れて後ろに続いて、無言を貫いている。
「……本当はアリマ、殺さなくちゃいけないって思って、あの子を殺そうとしてないんじゃない?」
「……何でそう思うの?」
「さっき、彼女を撃った時に、凄く嫌そうな顔をしていたように見えたから。多分マティアスやイサさんも気付いてると思う」
思わず顔を押さえたのは、有間自身そんな顔をしている自覚が無かったからだ。
有間は立ち止まって沈黙し、やがて長々と溜息をついた。
「正直、うち自身分かってない」
そう言って、深呼吸を一つ。
どう言おうかつかの間思案して、乾燥した唇を舐めた。
「山茶花も気付いているか分からない」
「え?」
「あいつ、最初は――――ローゼレット城で会った時には、ヒノモトの粛正は、邪眼一族の復讐が主な目的だったように言ってたんだ。だけど、この間ファザーンの城下で買い物に付き合った時は、『終焉の為』だって言っていた。この短期間の間に、目的がすり替わっているみたいに思えたんだ」
そして、見る限り本人は気付いていないように思えた。
有間は目を伏せ、サチェグを呼んだ。
「洗脳されてるって言ったよね」
「ああ。まだ完全じゃあないな。アリマの言っていたことも洗脳の効き具合による差違だろうな」
つまりは、山茶花も誰かの駒に過ぎない。誰かの意のままに利用され、踊らされているに過ぎないのだ。
見も知らぬ誰かの勝手によって蘇り、あたかも自分がそうしているように思わされ、ヒノモトの粛正の為奔走している。
――――だと、するならば。
有間は拳を握り、前を向いた。大股に歩き出す。
「やっぱりあいつはうちが殺さないといけない。いいや、殺さないといけないんじゃなくて、うちが見てられないんだと思う。……これ以上、そんなあいつを誰かの掌の上で踊らせたくない」
だからヒノモトへ行く。
有間は決然たる足取りで、大きく手を振って廊下を進む。
ティアナが慌てて走って追いかけて止めてくるけれど、意志を曲げるつもりはなかった。
ティアナは何かまだ方法があるのではないかと、希望を探す。
でも理(ことわり)という頑強な壁は誰にも壊せない。
理を外れた山茶花には、救済という選択肢は最初からありはしないのだ。
「助ける方法なんて無い。ティアナ、優しいのは君の長所だけど、山茶花に関しては下らない希望は持たないでくれるかな」
そういうの持つと、うちが辛いんだ。
そこに責めるような響きは無かった。静かに、か細い声で嘆願する。
ティアナはひゅっと息を吸い込んだ。ややあって、小さな謝罪。
弱々しく笑って、有間は前に視線を戻した。
その後ろで、不意にサチェグが声を上げた。
「なあ、アリマ。そのサザンカって嬢ちゃんは、何の想いがあって反魂に応じたんだろうな」
「え?」
「いや、洗脳しないといけなかったんなら、元々の目的は何だったんだろうって思ってさ。仲良かったんなら、何か心当たりは?」
有間は暫し思案し、首を傾げるしか無かった。
心当たりは、ありすぎるけれど、無いとも言える。
だって、結局は、幼い子供のことなのだから。
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