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本日も快晴。
心地よい温暖な気候の今日は、まさに絶好の仕事日和である。
青空を飛んでいく一羽の鳥を眺めながら、有間は客を待っていた。
景気は、まあ以前よりは多少良いくらいだ。
すっかり元の活気を取り戻しつつあるカトライアの人間達は、取り戻した平穏の有り難みを噛みしめている。
その中で、有間の馴染みの客などは景気付けにとばかりに毎日のように訪れる。
占いはほとんどが他愛ないもの。それでも良い結果が出れば前以上に、大袈裟なくらいに喜んだ。
それだけ、この平和が嬉しいのだろう。何の変哲も無い、ちょっとした良いことが、喜ばしいのだろう。
いつまで続くかは分からないが、彼らの嬉しげな様子を見ていると、有間自身も安堵した。
前と同じ時刻まで店を出し、前と同じ時刻に帰宅する。
前と同じ日常も、きっとそのうち終わりを迎えるだろう。
だって、もうすぐティアナはこのカトライアを出ることになるのだから。
マティアスと恋仲になると言うことは、そういうことだ。
マティアスは王位継承確実のファザーン第一王子。その恋人はファザーン王の王妃となる。
つまり、ティアナはファザーンへ嫁ぐのだ。
有間は分からない。彼女と共にファザーンに行くのか――――クラウスやティアナ、それにアルフレートにも勧められているが、有間はまだ決めかねていた。
行きたくないと言えば嘘になる。
けども、有間は邪眼一族。
今、ヒノモトでは邪眼一族に関わる大事が起こっている。
《闇眼教(やみめきょう)》――――ヒノモトで反乱分子を腹一杯に蓄えている宗教団体。それが祀っているのは、今まで排除してきた邪眼一族なのだった。
ファザーンに邪眼一族の生き残りがいるとなれば、二国間で要らぬ軋轢が生じてしまうこととなる。マティアスのことだ、ヒノモトに有間や鯨の身柄は明け渡しはしないだろう。
ヒノモトを敵に回すことの危険さを、有間は知っている。
嘗ては魔女を抱えていたファザーン。だがもう魔女は竜をその身に封印したラウラ以外にいないのだ。辛うじて、鯨が半分魔女の血を引いているけれども。
ヒノモトがファザーンを潰しにかかれば、まずは呪術を用いてくる筈だ。恐らくは、軍に組み込んだ呪術師全員を使って。
それらは、有間だけでは全てかわしきれない。
有間の存在は、爆弾だ。
安易に感情で動いて良い存在ではない。
それが分かってるからこそ、有間はティアナの幸せを喜びつつ、自身は枠の外に出ている。
カトライアが平和になった今、今度は自分の所為で彼女らの世界が壊れてしまうことが、とても怖かった。平和になった国を喜びつつ、有間だけは自分の存在がいかに危険か分かって、己の将来を危惧している。
多分、ティアナなどには、有間が何かを悩んでいるのに気付かれていることだろう。朝、彼女が物言いたげな顔でこちらを見ていたから。ややもしたら、闇眼教のことで悩んでいると察してしまっているかもしれない。
けれど、どんなに気遣われても、問われても、まだ胸の内を明かすつもりはなかった。
彼女は己の幸せだけ感じていれば良い。もう有間のことになど構わなくて良いのだ。
下手に関わりを露わにすれば、彼女もヒノモトに狙われることとなるのだから。
有間は、彼らから離れた方が良い。
だからと言って鯨のところに世話になるのも、気まずかった。
彼に対してはまだ、有間は強い痼りを残していた。
鯨は父親ではない。父親の友人だった男だ。
けれども両親の姿なんて全く知らないし、癖までそっくりだと言われたっていまいち釈然としない。
鯨が今まで有間の父親だった。そう思い込んでいた。似ていなくとも、親子なのだと小さな頃は胸を張っていた。
それが、真実が明るみに出て、易々と受け入れられる筈もないじゃないか。
嗚呼……本当に、随分と平和ボケしてしまったようだ。精神的に脆くなっているような気がする。
「よう、アリマ。仕事は終わりか」
「……ん、ああ。サチェグか」
片付けの手を止めて思案に没頭していた有間は、後ろに立った知人に気の抜けた返事をした。
サチェグは一瞬だけ眉根を寄せたが、特に何も言わずにいつもの人懐こい笑顔を浮かべた。
「最近儲けはどうだ」
「ぼちぼち、良い感じだね。お祝いムードって言うか……平和が戻って良かったねフィーバーがあるみたいでさ」
「ああ、確かに。前に教えたケーキ屋、まだセール中なんだぜ?」
「え、マジで? 知らなかった。今から行ってくる」
「んじゃあ荷物だけ片付けてけよ。机と椅子はしまっておいてやるからさ。あ、お勧めはガトーショコラな」
「あ、ども。じゃ遠慮無く」
これは良いことを聞いた。
気持ちを切り替えてさっさと荷物を片付けようと手を伸ばすと、不意にサチェグが有間の肩を叩いた。
「愛のお迎えが来」
「はあっ」
「げふうっ!!」
言葉半ばで肘鉄。後ろにいながら的確に水月を狙った。
手加減無い攻撃にサチェグは腹を抱えてその場にうずくまる。
鼻を鳴らして荷物を鞄に全て入れた有間は、立ち上がるなりサチェグの頭頂に踵落としを見舞って首を巡らせた。そして、軽く片手を挙げる。
雑踏を小走りに近付いてくるのがアルフレート。彼はサチェグの様子に苦笑を浮かべていた。
「またか」
「またですよ、本当にもう……」
腹と頭をさすりつつ立ち上がったサチェグは、アルフレートに歩み寄って小声で何かを話す。直後、アルフレートも顔を厳しくさせて頷いた。
有間は怪訝に眉根を寄せた。
「何?」
「いんや、何でも。それよりも早く行かねえとケーキ屋閉まっちまうぞー」
「……もう一発」
「何で!?」
ぼきりと拳を鳴らしてサチェグに歩み寄ると、怖じた彼はアルフレートの背後に隠れて彼を有間の方へと押しやる。
反射的に足を止めた有間に、アルフレートも一歩手前で立ち止まってサチェグを振り返った。
「んじゃあ、また明日! あ、ガトーショコラだけじゃなくシュークリームもお勧めだから!」
片手を挙げて爽やかな笑みを残し、サチェグは椅子だけを持って小劇場へも逃げ込んだ。
ふざけた調子の同僚を見送り、有間は両手を腰に当てて唇を歪めた。
「アリマ、ケーキ屋に行くのか?」
「ん? ……ああ、うん。前にあの馬鹿に教えてもらったケーキ屋がセール中らしくってさ。今日買っていこうかと」
「そうか。では、閉まらないうちに行こう」
そっと手を差し出すアルフレートに、有間は渋面を作る。
荷物を持とうという彼の気遣いだ。気遣いは有り難いけれど、恋人でもないのに荷物を持ってもらうのは気が引ける。……結局、渡してしまうのだけれども。
「あー……ありがとう」
「いや、構わない」
歩き出したアルフレートの隣に並び、有間は頬を掻いた。
正直、彼の傍にいるのは気恥ずかしい。
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