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 偶然にも、マティアスの部屋にはアルフレートもいた。軍備について話し合っていたらしい。
 二人とも鯨の険しい表情に眉根を寄せ、話を中断した。

 鯨は無言で有間から新聞の切り抜きを取り上げると、そのままマティアスへ渡した。

 その記事はヒノモトの共通言語。クラウスでも読めるのだからマティアスやアルフレートも、それなりの知識はあるだろう。
 マティアスは読み進めるうちに秀麗な顔を強ばらせていった。アルフレートに手渡そうとして一瞬躊躇い、しかし読んでみろと促す。

 アルフレートは怪訝そうに記事を読み、目を剥いた。愕然とし、鯨を見やる。


「これは……!」

「今日の日付の、ヒノモトの新聞の切り抜きです」

「……山茶花がディルクを攫ったと、アリマからの手紙にあったが」

「山茶花本人が言ってたんだよ。信憑性を疑ってたけど、その記事を見る限り本当だったっぽい」


 いつ、と問われ、有間は言うべきか寸陰迷う。
 けれどマティアスに視線で促され、やむなくアルフレートと城下を散策した日、彼が城に戻った後であることを明かした。

 当然、アルフレートが気に病んでしまう。


「……すまない。オレが戻らなければ、」

「良いって良いって。買い物に付き合わされたおかげで情報と――――」

「……アリマ?」

「あ、ごめん。ちょっと待って」


 情報と、何か渡されなかったっけ、うち。
 首を傾げこめかみを軽く揉む。されど、何を渡されたか、その光景は浮かぶのに肝心の物が分からない。
 唸る有間に、マティアスが「これか?」と古びた鍵を見せた。

 有間はあっと声を上げた。それだ!


「そうそれ。それ湖に拾ったってんで渡されたんだ。……でも何で君がそれ」

「カリャンに取り憑かれたショックで記憶が飛んでるみたいだな。お前が服から取り出して俺に渡したんだ」


 そう、だったのか。
 カリャンに取り憑かれたショックで記憶が飛んでる――――と言うのには納得出来なかったが、今はそれを考えている場合ではないとそれ以上思案するのは止めた。


「けど、もう少し早く伝えておくべきだったね。ごめん」

「いや、恐らくこの記事が無ければ俺も半信半疑でいただろう。それに、この記事を信用するなら、少なくともディルクは闇眼教のもとを逃れている。今はそれで良い。花霞姉妹のもとで保護されたなら交渉してやるさ」


 不敵な笑みを向けたのはアルフレートに、だ。

 アルフレートは力無く笑い、小さく頷いた。

 そこで、有間は腕を組む。
 花霞姉妹なら……もしかすると竜を使わないでうちとの身柄交換に利用するか? そんでうちを闇眼教鎮圧の為に利用して――――。


「イサ殿、封印は今どのように?」

「明日の昼には解けるかと」

「ならば、手紙と本の中身を改めた後、ディルクの行方を追ってくれ。危険だろうが、なるべく早急に」


 鯨は頷き、マティアスに頭を下げた。

 鯨と共に出ようとすると、マティアスに腕を捕まれ耳打ちされる。


「アルフレートのことを頼む」


 上の空の彼を見やりつつ、早口に言う。
 有間はアルフレートを見やり、肩をすくめる。


「気遣いは何もしないけどね」


 マティアスは、それで良いと頷いた。



‡‡‡




 それからずっと、有間は部屋に籠もって買ってそのまま放置していた宝石の加工に勤しんでいた。彫刻刀で削り、たまに遠目に見て形を確認する。
 あまり大それた物は作れないから、形を整えて邪眼一族が嘗(かつ)て護符に用いた文様を刻むだけだ。それならすぐに完成する。ヘンプ(麻)で編み込んでアクセサリーに加工するのもさほど難しくないから、一人分なら今日中に出来上がる筈だ。

 ひとまず、アルフレートのを先に。
 彼は、赤鉄鉱――――ヘマタイトだ。兵士の守護石として用いられ、身代わり石とも言われる。
 それをヘンプで加工してブレスレットにした。

 思いの外早く出来たので、ティアナの分に取りかかる。彼女には赤いコーラル。赤い珊瑚の石だ。
 ペンダントやネックレスは……犬笛と絡まるかもしれない。指輪にしておこう。
 一度軽くストレッチをしてから、有間は作業を継続する。
 さすがにマティアスの分までは無理だろう――――そんなことを考えていると、不意に扉が開かれた。

 目だけを動かし、訪問者を確認する。アルフレートだ。
 手を止め、「丁度良い」と作ったばかりのヘマタイトのブレスレットをアルフレートに投げやった。

 一瞬反応が遅れたアルフレートは片手でやや危なげに受け取ると問いたげに有間を見た。


「これは……」

「気休めだけどね。これから先山茶花達が何をしてくるか分かったもんじゃないし、ヒノモトの異変だってこっちに影響を及ぼすかもしれない。お守り程度の力はあるだろうから、邪魔じゃないなら一応つけといて。……ああ、それなるべく利き腕じゃない方にしといて。確かそっちの方が君には良かった筈」


 作業しながら説明する。

 アルフレートは暫し沈黙した。小さく謝辞を漏らし、少し躊躇いがちに有間の隣に座る。


「それは、マティアスの?」

「いや、先にティアナのを作っておこうかと。赤いコーラルは出産とか結婚にも効果があるらしいから。アクアマリンでも良かったかなとも思うんだけど、たまたま品切れでさー……と、やべ、彫り過ぎたかも」

「このまま眺めていても良いか?」

「面白くなくて良いんなら構わないけど」

「ああ。ありがとう」


 アルフレートは、本当にただ眺めているだけだった。時折、渡したブレスレットをじっと凝視していることもあったが、ほとんど有間の彫る文様を興味深そうに眺めていた。
 ……気を紛らわすなら他にももっとましなことがあるだろうに。
 有間が話しかけずとも、彼は構わないようだった。
 気を遣うつもりは無いが……これはこれで何か居たたまれない。

 一度手を止めて文様のバランスを確かめる。
 と、アルフレートが不意に口を開いた。


「オレのは、コーラルではないな」

「ああ、うん。アルフレートのはヘマタイトね。戦いの神と繋がりがある石てんで兵士の守護石として用いられた奴。あとは身代わり石にもなる」

「そうか……」

「ついでに言うと生理痛にも効果有り」


 アルフレートの身体がぴたりと静止する。

 様子を見た有間は、苦笑いを浮かべた。


「……」

「……ただからかっただけじゃん。ってか生理痛ぐらいでそんな顔するなよ。君幾つよ。学校で習ってないのかよ」

「そう言う問題じゃない」


 非難する眼差しに片手を挙げて見せ、有間は作業に戻った。
 文様を、再び刻んでいく。

 アルフレートも有間が集中しだしたのに、口を閉じ、また傍観者に徹した。

 その日の作業が終わるまで。アルフレートはずっとその状態だった。



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