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ソーセージを食べ終わった有間はまた街中を歩いた。
けれどもふと、うなじを撫でるられような感覚に襲われ立ち止まる。
うなじに手をやろうとすると、ほぼ同時に後ろからアルフレートを呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返れば、城の要人の誰かだろう。兵士を伴ってこちらへ足早に走ってくる。体力が無いから、前に立っても息が乱れて話せるようになるまで時間がかかった。……兵士だけ寄越せば良かっただろうに。それだけ大事なことなのだろうとは、分かるけれども。
「アルフレート殿下! 少しよろしいでしょうか」
「ああ。どうした」
「火急の事態が起こりまして……城にお戻りいただけないでしょうか」
要人は有間を気にしつつ、アルフレートに耳打ちした。
直後、顔色が変わる。ディルクが、と呟きが聞こえた。
アルフレートの弟ディルクはカトライアの地下室に封印されている。長い眠りを強いる封印を解かない限りは意識が戻ることは無い。更に、封印を一時でも解くにはファザーン、カトライア、ザルディーネ三国の許可が必要となる。深刻な問題でも起こらない限り、まず降りることは無いだろう。
ディルクのことにもアルフレートは思うところがあるとは何とはなしに分かってはいたが、本人が口にしないので一族の処遇と同様、敢えて突っ込まないようにしていた。
彼の封印に、何か問題でも生じたのだろうか。あれには鯨も協力しているのだから万が一にも有り得ないと思うのだけれど。
みるみる曇っていくアルフレートの表情に、有間は口を挟んだ。
「うちならこの辺ぶらっとしてから城に帰るよ」
「いや、しかし」
「こっちに遠慮しなくて良いって。大事な話っぽいしさ。来た道は覚えてるし、不安があるならさっきのソーセージ屋さんにも訊ねてみるから」
仮に自分も帰るとなれば、直接城に向かう前に一旦館まで送りそうだ。ディルクに関わる大事な話ならば少しの時間も無駄には出来まい。
アルフレートの背中を押し、要人の方へ近付けて有間は肩を強めに叩いた。
「また落ち着いてから行けば良いしさ。ほら、大人は仕事しろ、仕事」
「ならアリマも一緒に城へ」
「大丈夫だっつの。ティアナよりはしっかりしとるわい」
ファザーンに来たばかりの自分を気遣ってくれてるのは分かるけれども。
有間を心配してなかなか承諾しない彼の背中をばしんと叩く。
要人も急かすようにアルフレートを呼び、城を振り返った。先程よりもやや切迫している。
アルフレートは至極申し訳なさそうに眉尻を下げた。深々と頭を下げ埋め合わせを約束すると、要人達に頷いて見せ、足早に城へと戻った。要人がひいひい言いながらついていく。……来ない方が良かったのでは?
有間は彼らを見送りようやっとうなじを撫でた。
一瞬だったがあの時の感触は気の所為ではない。風を操って、まるで手で撫で上げるような感触をもたらしたのだ。
うなじを撫でたのは、誰だ。
有間は周囲を見渡し、ふと路地裏に目を留めた。眉間に皺が寄る。
赤だ。
暗い闇の中でも、真っ白な雪の中でもくっきりと浮かび上がる、赤。
「……山茶花」
彼女はにっこりと微笑んで、有間を手招きした。
‡‡‡
「やっぱりここにいた」
山茶花は後ろ手に腕を組んでくるりと踊るように身を反転させた。心底嬉しそうに、くすくすと笑う。
路地裏の奥。鼠の屯(たむろ)するような汚い場所に、二人は対峙していた。
山茶花はヒノモトの装束を隠すように上から大きなフードの付いたこちらの分厚いコートをまとう。ヒノモト人であることを隠し、入国したようだ。長い髪を編み上げ団子状にまとめた髪型も、ヒノモトのそれではない。
「何の用」
「有間ちゃんがカトライアにいないって占いに出たから、じゃあこっちに来たんだろうって確かめに来たの。良かった、お城にいなくて。お城だったら私、会いに行けなかったもの。本当は確かめたらすぐに帰るつもりだったんだけどね。ファザーンの街を見て回りたくなっちゃった」
「ここ、面白いわね」なんて手にした首飾りを有間に見せつける。髪や目と同じ赤い石を銀に埋め込み、まるで大鷲が太い足でそれを掴んでいるような力強くも凛々しい意匠の物だ。女性と言うよりは、男性向けのアクセサリーだと思うんだけど……と、場違いにも心の中でツッコんだ。
有間は腕を組み、静かに山茶花を見据える。
アルフレートのいる側で些細な術を仕掛けてきたのだ。アルフレートがあそこで城に帰らずとも、きっと接触してきただろう。
正直、街中で衝突する事態にならなくて心底安堵している。邪眼同士で諍いを起こせば、アルフレートだけでなく、マティアスにも迷惑がかかりかねない。邪眼一族は、どの国でも忌まわしい種族だと認識されているのだから。
隙を見せまいと構えていると、山茶花は一歩寄って有間の組んだ手を掴んだ。
「……何」
「遊ぼうよ、有間ちゃん。若い女の子は買い物して遊ぶものなんでしょう」
有間と未来の旦那さんを見ていたら遊びたくなっちゃったの。
揶揄するような声音に、一瞬顔を赤くする。が、すぐに表情を引き締めて山茶花を睨めつけた。
そんな有間に、山茶花は報酬を言い渡す。
「付き合ってくれたら教えてあげるよ。さっき話にあってた旦那さんの弟のこと」
「!」
「欲しくない?」
有間は、沈黙する他無かった。
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