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訓練を終えてから城下の街を案内するつもりだったのが、兵士達が気を利かせてアルフレートに早く切り上げさせた。
そこまでしなくても良かったのに、にこやかにお楽しみ下さいだなんて口々に言われると、遠慮の言葉も咽の真ん中で押し留められた。
花は一旦戻った館で侍女に渡し、部屋に飾ってもらうように頼んだ。
有間はアルフレートの隣を歩きながら、除雪された大通りに立ち並ぶ店を眺めた。寒い土地故、全ての家屋が煉瓦造りでどっしりと構えている。
通り過ぎる一軒一軒を覗く程の時間は無い為、有間が興味を持った店を少しだけ覗いてすぐに出る。
そのほとんどの店がアクセサリーや雑貨を取り扱うことから、ティアナへの土産を選んでいると悟ったらしい。アルフレートも知っている限りだが女性が好みそうな店に案内してくれた。……といっても、やはりと言うか、品揃えに関しては微妙なところだったりする。雑貨は少しで、基本的に女性向けの武器や防具などを取り扱う店ばかりだった。彼らしいと言えば彼らしい。
――――と、不意に鼻腔に飛び込んだ芳しい匂いに足を止めた。
露店だ。
埋め尽くさんばかりに大量の、様々な種類のソーセージの束が垂らしてある。
ソーセージを見るのは初めてではないが、ここまで種類があるとは。自然とその足は向いた。
「へー……」
「食べるか?」
「や、金そんなに持ってないし」
「オレが買おう」
え、となった有間が止める間も無く、アルフレートは店主に声をかけ、無難に一番人気の品を注文した。アルフレートと顔見知りらしい彼は朗らかに挨拶して、一本おまけして計二本を露店の後ろで焼き始めた。大きめの石を積み重ねて即席の窯(かま)にし、その上に乗せた金網で焼いているらしい。何年もやっているのだろう。窯は危なげない造りで、とても手慣れている。
その様を興味深げに眺める有間に、店主は「珍しいかい?」と笑いかけた。
「いや……即席の窯ならうちもやってたけど……それソーセージ? 色薄くないっすか」
「鶏肉のソーセージは珍しいだろうね。バジル入りで、ヘルシーな上に味もあっさりしているから、ファザーンの女性には一番人気なんだ。ちなみにこれの味付けは当店オリジナル。自慢の味さ」
さあ焼けたと、紙に包んで手渡してくれる。
持ってみると思ったより太くて重量がある。こんがりとひし形の焼き目が付いたそれは芳ばしい匂いを放ち食欲をそそる。
おお、と感嘆の声を漏らしながら一口かじると、歯が皮に押し返されてしまう。力を込めればぱりっと小気味良い音を立てて熱い肉汁を咥内へ放出した。同時に、バジルの爽やかで甘い香りもぶわりと広がる。
あっさりとした味はしつこくなく、高級感がある。カトライアで普段食べていたソーセージとはまた一風変わった風味に新鮮な気持ちを得た。
おお、とまた感嘆の声が漏れる。
「すっげー美味い」
「だろう? 自慢の味付けだからな」
おどけたように繰り返し、店主は片目を瞑る。
こくりと首肯し、もう一口。
しかしアルフレートの視線に気付き口をもごもごと動かしながら見上げた。
すると、彼は笑いながらおまけされた分を差し出してくる。
「こちらも食べてみると良い。カトライアとは味が違うからな」
「良いの? そういうこと言うと遠慮無く貰うけど」
「ああ」
微笑ましそうに頷かれる。
有間は首を傾げつつ、しかし貰える分は素直に貰った。だって、肉だ。肉は食べたい。
店主も嬉しそうに有間を見つめている。
二人の視線を受け居心地の悪さを感じながら、有間はまたソーセージにかぶりついた。
そこで、露店を訪ねる人間が現れる。
行商人らしい大荷物を両腕に抱えた髭に口周りを埋め尽くされた男は、機嫌良く店主に陽気な挨拶をかけた。
「よう。久し振りじゃねえか。件のブツは譲って貰えたのかい?」
「ああ。だが売り物にはしねえぞ。三ヶ月も交渉してようやっと譲って貰った名酒なんだ。これは死ぬまで離さねえよ」
酒の為に三ヶ月も……。
有間は舌を巻くと同時に呆れた。たかが酒の為にそこまでする思考が理解出来ない。
が、次に続いた店主の言葉に噎(む)せた。
「確か、邪眼一族が作ってた酒だっけか。出回っているってのは話は良く聞くが、まさか本当にあるとはねえ。……なあ、その姿でここに来たってことは自慢がてら一目見せてくれるんだろ?」
「当然さ。俺とお前の仲だからな。だが、やらんぞ」
行商人は荷物の中に手を突っ込み、大事そうに布に包んだ酒を取り出した。布を剥げば、酒瓶に入った血の如く真っ赤な液体が入っていた。
それを一見し、有間はああ、と苦笑する。
「あーぁ……」
「アリマ? どうかしたか」
アルフレートに問われ、有間は寄り添い声を潜めた。
「あれ、偽物」
「偽物っ?」
「あ、こら馬鹿王子」
声を潜めずに言ったアルフレートに有間は額を押さえた。
ちらりと見れば、店主と行商人がこちらに注目していた。あーぁ。知らせるつもりはなかったのに。
「嬢ちゃん、殿下の言葉は……」
「あー、うん。マジ。本当と書いてマジです」
両手を挙げて、アルフレートの後ろに隠れた。
行商人が眉根を寄せて有間の方へとやってくる。
「どういうことだい? 嬢ちゃん」
「いや……邪眼の酒なら普通瓶には入れないし、色も赤じゃないんですよ」
邪眼の酒はワインに近い。使われる果実は、邪眼が済んでいた険しい雪山にのみ自生する種類であり、製造方法も邪眼の術に頼った特殊なものだ。従って、真似して作れる代物ではない。
それに、万が一作れたとしても、普通の酒を飲む人間には、とても飲めたものではなかろう。
「邪眼一族の中でも家庭によって術のかけ方が違うけれど、一番弱いのでも――――スピリタス、だっけ? それよりも強いですし、透明な青の色をしてます。あと、本物だったらすぐ駄目になるし、温度変化で簡単に不味くなるから、長持ちするように主原料の果実の樹木で作った専用の容器に入れるのが常識なんですよね」
ちなみに、スピリタスはウォッカの一種で、九六のアルコール度数を持つ。昔は九八だったという話もある。
邪眼一族はそれ以上の度数を持つ酒をストレートで飲んでいた。なので、普通の酒を美味いとは感じられなかった。有間も同類である。子供も、祝い事の折りには飲まされ、幼い内に耐性が付いていた。
だから違うと最後に断じると、行商人は大仰に肩を落とした。
見かねた店主が「本当なのかい」と目を丸くして有間を見た。まあ、ガセが多いならこの情報もガセだと思われるのも当たり前か。
どう答えようか考えていると、
「このことは他言はしないで欲しいんだが、彼女は邪眼一族の生き残りなんだ。だから嘘偽りは無い」
「うわぉ」
バラしたよこの人。良いのか、国民にバラしちゃって。
声を潜めて店主に告げたアルフレートを見上げつつ、後頭部を掻いた。
「えっ!? カトライアの!?」
「ああ。オレ達の恩人でもあるから、どうかこのことはこちらから民衆に伝えるまで内密にしていてくれ」
店主はマジマジと有間を見、はー、と感心したように頷いた。
「それじゃあ、本当のことなんだろうなあ。残念だったな、お前」
「……いや、勉強になったと思うさ」
行商人は身を起こし、有間とアルフレートに深々と頭を下げた。
「ありがとな、嬢ちゃん。それに殿下も。良い勉強になりましたわ」
「いや、くどいようだがその代わり、」
「分かってますよ。このことは言いませんって」
髭の下で笑い、行商人は大荷物を抱え上げて歩き出す。また後で家族で買いに来ると店主に言い置いて家路を辿った。
「……アルフレート効果って凄い」
あっさり信じたよ、おっさん達。
茫然と呟き、有間は背中を見送った。
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