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城の中に入ってすぐ、心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。
それは一瞬のことで苦痛は伴わなかったけれど、有間には些細な反応ですら冷や汗ものである。
有間は霊に取り憑かれた経験が無い。故にどの感覚で判断すれば良いのか分からなかったのだ。
濃厚な呪いの気配の所為かもしれないし、ただ偶然発症した不整脈かもしれない。……むしろ、この二つであった方が有り難い。
アルフレートに悟られないようにしながら騎士の間に入ると、訓練をしていた兵士達は手を取め、整列して彼を迎えた。そうしながら有間に気付いて好奇の視線を向けた。邪眼一族だからだろう。その中の幾つかは有間の身体を上から下まで、何かを探すように眺めるものだった。
居たたまれなくなった有間は苦い顔してアルフレートの背後に隠れた。
アルフレートが少し大仰に咳払いをして兵士達を強く睨む。
途端に兵士達ははっとして視線を外し、アルフレートに視線を戻した。
「では改めて紹介するが、彼女が今回ファザーンを救ってくれた者の一人だ。名前は……アリマと言う。我が軍に邪眼一族であると、世俗の偏見に惑わされる者はいないと思うが……皆、仲良くしてやって欲しい」
「……どうも」
アルフレートの後から顔だけを出し、会釈する。無愛想なのは、まだ彼らの中に好奇の目があるからだった。
大きな声で言葉を返してくる兵士達の威勢の良さに舌を巻きながら、警戒心も露わにアルフレートの横に出る。
常日頃鷹揚なカトライア兵とは大違いだ。屈強な身体をした兵士達が前にずらりと並び、こちらを威圧してくる。アルフレートよりもがたいが良いけれども、恐らくは武では彼に敵う者はいないだろう。でなければこんな男達に尊敬などされる筈がない。
アルフレートの腰に差された剣を見下ろし、改めて彼が強い武人であることを感じる。
が、不意に背中に何かを隠した兵士が歩み寄ってきたものだから、再びアルフレートの後に隠れて彼の服を掴んだ。
兵士は有間の咄嗟の行動にすぐに謝罪した。それでも怖ず怖ずと言った体で、背中に隠した物有間へと差し出してくる。
花束だ。
雪深いこちらでも花が咲くのか……。
鮮やかな色とりどりの花束を見つめながら兵士を見上げた。
「あの、これ……お近づきの印に、受け取って下さい!」
「えっと……どうも」
片手を伸ばして受け取ると、兵士は安堵したように口元を綻ばせる。
「良かった……ヒノモトの方が何を好むのか分からなくて、カトライアに住んでいたのなら花がお好きだろうと、皆で集めました! ファザーンでは花が咲いている場所が少ないので、小さい花束しか作れませんでしたが……受け取って下さい」
鍛錬や警備などで忙しい合間を縫って、そんなことを……。
それも、邪眼一族と知っていながらだ。
予想外の彼らの行動に、有間はもう一度アルフレートの隣に出て、花束を両手で持った。
頭を下げて謝辞を言った。
花束をじっと見下ろしていると、アルフレートが感じ入ったように吐息を漏らし腕を組んだ。
「お前たち……意外と気が利くんだな」
兵士はむっとして抗議する。
「意外とは余計ですよ、殿下!」
「そうですよ、殿下。昨日、何とか殿下の助けになろうと俺達で必死で考えたことなんですから」
「……え。ってことは、昨日取ってきたってこと……っすか?」
「あ、いえ。今朝です。皆でいつもより早く起床して集めたんですよ」
「えっと……ホントにどうもありがとう、ございます……」
そこまでしなくても良いのに……そう思いながら、頭を下げる。
彼女の動作を眺めながら、兵士はアルフレートに笑いかけた。
「邪眼一族だと聞いて最初は驚きましたが、こうして話してみると普通の方なんですね。ヒノモト人だけあって少々童顔で、とても可愛らしいですし」
「これは、殿下も油断していられませんね」
「……」
アルフレートは唇を曲げ、揶揄してくる部下達を恨めしそうに睨んだ。
隣では、有間が未だ花束を大事そうに見下ろしている。
‡‡‡
広間の隅で鍛錬を眺めている有間を見、兵士達は口角を弛めた。
「何か、ああしてずーっと花束大事そうに持ってられると嬉しいよなあ」
「喜んでくれてるんだよな、あれ」
「っていうか、邪眼一族って聞いて身構えてたけど、全然怖くないし、普通のやんちゃそうな女の子って感じだな。怖くも何ともない」
うんうんと頷き合い、兵士達は次は手合わせをするアルフレートに目を向けた。そして再び有間を見、沈黙する。
「……ちょっと童顔だけど、まあ不自然な年齢差には見えないよな?」
「まあ……ギリギリ?」
無言でもう一度二人を見比べ、彼らは唸る。
この会話に、有間もアルフレートも全く気付いていなかった。
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