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バルテルス家が暮らす館へ赴くと、使用人達がずらりと並んで主を迎えた。
長蛇の列にうわ、とえずくように吐き捨てアルフレートの背後に隠れる。どんだけの人間がいるんだ、この館。ちょっと目と精神に優しくないぞ。
エリクやルシアはすでにそれぞれの館に戻っていると聞くが、まさかそちらもそうなんじゃ……。
「ではオレは、ここで失礼する。兵士たちが、再会を祝して宴を開いてくれるらしいからな。アリマとイサ殿は、ハイドリッヒの方で部屋を用意するが、今日はティアナと共に過ごすと良い。また後で会おう、三人共」
「ああ、たっぷり歓迎されてこい」
有間の頭を撫で、アルフレートは足早に館を後にする。
マティアスはその後ろ姿を痛ましげに見つめ、重々しい嘆息を漏らした。
「マティアス? どうかしたの?」
「いや……少し、アルフレートのことが気に掛かっただけだ」
「ああ、もしかして処罰のこと?」
有間が言うと、マティアスが瞠目した。
「アルフレートから聞いたのか」
「いや予想。アルフレートの弟があんなことやらかしといて、家がお咎め無しってのは普通無いでしょ。ヒノモトじゃ身内共々お家取り潰しが当たり前だし。……まああんたがそこまで酷な処遇をするとは思ってないけどさ」
マティアスは当然だとばかりに頷いた。
曰く、有間の予想通りハイドリッヒ家は反逆者として処罰された。
その内容は実に優しいもので、財産の大部分を没収、アルフレート、ディルクの母親アンゲリカとその一族はファザーン奥地での隠居生活を余儀なくされた。この慈悲ある処遇も、アンゲリカにとっては矜持を酷く傷つけるものであっただろう。
アルフレートも、心の中では思うところもある筈だ。
けれども……殺されないだけましである。
邪眼一族の生き残りである有間はそう思う。死ねば命は二度と返らない。生きてさえいれば、何度だって会えるのだ。
――――なんて、そんなことはアルフレートの前では絶対に言わないけれども。
「アリマ。今は女官達も暇を出され、先にも言ったようにイサ殿はヒノモトの様子を見る為にほぼファザーンにいない。ハイドリッヒの館にはお前達二人だけだ。他の家から使用人を回すつもりだが、アリマにもアルフレートのことを頼みたい」
「ああ……なるほど」
だからハイドリッヒ家に世話になるのか。
有間は「気を付けてはおくよ」と曖昧な返答を返した。
アルフレートの感情は、有間には分からない。やり方を間違えれば腫れ物扱いだ。それは避けた方が良い。
安易には了承しないのにマティアスは何も言っては来なかった。小さく頷いて、身を翻す。
ティアナの隣に並びその後に続くと、マティアスは慣れた足取りで使用人達に声をかけながら――――目に見えて女官が喜んでいるのが分かる――――突き当たりを曲がった。それからも迷うことも無く同じような景色の廊下を歩いた。
それから暫くして、一つの部屋の前で止まる。
両開きの扉を開いて中に入ると、左手には天井まで至る巨大な本棚。まるで王立図書館の本棚をそのままはめ込んだようなそれに、有間は真っ先に駆け寄った。丈夫そうな階段状の脚立まである。
ここがティアナの部屋になるなら、何冊か借りても良いだろうか。
そう期待を込めてマティアスを振り返れば、苦笑混じりに頷いた。
「アルフレートにも言っておこう。ハイドリッヒ家の館にも、書庫があった筈だ。あそこならこちらよりも蔵書量は多い」
「マジでか。さすが、王族は違うねえ」
早速一冊手に取ってぱらぱらと見ていると、後ろでマティアスがこの部屋で暮らすに当たっての必要事項を伝え始めた。正妃になるんだから、そりゃ姫君みたいな生活になるわな。
家事が結構好きな彼女は、少々残念だろう。
しかし、それはマティアスも分かっている。
「身の回りのことを他人任せにしたくなければ、好きにしろ」
「え? 好きにって……」
「掃除でも洗濯でも料理でも、お前がやりたいと思えばやっていい。手の回らないところだけ力を貸してもらえ」
途端、ティアナははしゃぐ。
心の中で良かったねと声をかけ、有間は次の本へと手を伸ばした。
ぱっと見、物語が多いのはティアナの部屋にするからと揃えさせたからなのかもしれない。
その中に以前カトライアの王立図書館で贔屓にしていた作家の古い小説を見つけた。というか、多分新刊まで全部並べられていると見える。ファザーンの作家なのかもしれない。
ラッキーだ。ファザーンに来て、ちょっとは得したかもしれない。現金ながらそう思った。
後ろで若干甘ったる空気が漂い始めているような気もしたが、露骨に気を遣って部屋を出るのも癪なので本に集中してこのまま居座ってやろうと思った。
一番古い作品を手に取って読み初めて暫く経つすると、ティアナが有間を呼んだ。
何事かと振り返れば、
「マティアスが外に行くって! アリマも行かない?」
有間はマティアスを見やり、片目を眇めた。
恐らくは色々あった有間にも気を遣っているんだろう。
けれどもこれで付き合ったとして二人の空気に当てられるのは目に見えている。
ティアナの側からは離れない方が良いんだろうとは思うけど……二人の世界に入られても困るしな。
それに雪景色になんか出たららしくなくはしゃぎそうだし。
「デートの邪魔して馬に蹴られたくないから今度で良い。ここで本読んでるから、どうぞお若い人達でお楽しみくだしゃんせー」
ひらりと片手を振って、椅子に座る。
ティアナは納得した風情で了承し。案内出来るように道を覚えてくると言い残してマティアスと出て行った。マティアスは誰かを寄越そうかとしたが、丁重にお断りした。一応、鍵は閉めておけと言われたのでそれには応じておいた。
「いやはや……寒い筈なのに、あっついねえ」
扉に施錠して、有間は微苦笑する。
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