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 暗い世界で 目を覚ます
 身動いで 独り 微睡んだ
 これは 何度目の覚醒だったかしら
 不思議なことね
 眠る前のことも 思い出せるの

 雪が舞う また この季節に

 嗚呼
 最初の嘘から どれ程経ったでしょう
 あなたは忘れたでしょう
 世を舞う儚い私など

 忘れて欲しいと願った
 それは 本心で 虚栄心で
 あの時 あなたが抱き締めてくれたなら
 臆病な私は きっと
 泣いて喜んだでしょう
 泣いて苦しんだでしょう

 泣いて 泣いて
 謝ったことでしょう

 雪が ひらり ひらり
 私の 周りで 花弁を広げて



 狩間は歌を口ずさみながら雪深い街道を歩く。紅唇は弧を描き、とても歌の内容を理解しているとは思えない。独特なリズムのステップも軽快で緩やかな曲調とはおよそ合っていなかった。
 それでも構わずに狩間は散歩気分で歌を紡ぐ。

 過去を懐かしむように、遠くを見つめる黄色に透き通った双眸を細めて。



 嗚呼
 過去のことなんて 覚えてはいないでしょう
 近くに そっと 寄り添えば
 決まって あなたは気付かない

 ふわりふわりと踊っても
 あなたの目には 映らない
 あの時を 私だけ繰り返すのでしょう
 また孵化し 繭からめざめて
 逢いたくてさまようのに
 逢いたくて求めるのに

 泣いて 泣いて
 恋い焦がれているのに

 雪が ひらり ひらり
 私の 周りで 花弁を広げて

 また 雪に 埋もれて 消えていく

 何度も 何度も 繰り返す
 誰も いない 暗闇で
 また あなたに 逢えたらと
 同じことを 私は繰り返すの

 止めてしまえば 楽なのに
 過去のあなたが こんなにも 愛おしいから

 ふわりふわりと踊っても
 あなたの目には 映らない
 あの時を 私だけ繰り返すのでしょう
 また孵化し 繭からめざめて
 逢いたくてさまようのに
 逢いたくて求めるのに

 忘れて欲しいと願った
 それは 本心で 虚栄心で
 あの時 あなたが抱き締めてくれたなら
 臆病な私は きっと
 泣いて喜んだでしょう
 泣いて苦しんだでしょう

 泣いて 泣いて

 私は 卵の中で 目覚めを待つの

 雪が ひらり ひらり
 あなたの 記憶と 花弁を散らして



「――――お」


 ふと、狩間の足が止まる。

 前方からこちらに走ってくる馬が二頭。
 漆黒にして巨大なそれらは――――どちらも闇馬(あんば)だ。
 闇馬に乗ってきたにしては遅かったな。
 心の中で独白し、狩間はひらりと片手を振った。

 と、数メートル手前で闇馬が前足を上げて立ち止まり、その片方の背から人が飛び降りた。
 隻眼の、灰色の髪をして青年だ。血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。


「カ―――アリマ!!」

「おやまあ間違えなかった。褒めて遣わそう。間違えかけたけど」


 《心から》感心して、違和感。
 ああ、やっぱりこういうのは気持ち悪いな。
 表には出さず、心中で舌打ちする。

 彼は――――アルフレートは狩間の前に立つと、彼女の身形(みなり)に瞠目した。問う前に狩間が滞閉で防寒対策で買い揃えたのだと教えれば納得した。
 この土地ではあの身形は剰(あま)りに薄手なのだ。こちらも動き安さを重視した為に一見防寒機能に不安の残る薄手ではあるが、その実服を構成する糸の一本一本に体温を逃さない術が施してある。寒冷な気候の土地では当たり前になった施術衣服である。ちなみに南の暑い土地でも同じく服の温度上昇を抑える術が用いられている。ヒノモトには、こういった家庭に普及した術もあるのだ。

 滞閉はヒノモトの中でも特に寒い土地で、最も寒い日などには土地の人間には絶対に外に出ない。うっかりしようものなら町中で凍死してしまうからだ。そんなこの地域はすでに極寒の季節に突入しており、正直この服装でも心許無い。長期滞在する予定であったならもっと厚着の服を買い求めただろう。邪眼の民族衣装が恋しい。

 アルフレートは衣服の説明に感心するも、すぐに真顔になった。


「ところで、何故突然お前が出てきたんだ。イサ殿の話ではヒノモトの異変が原因だと」

「詳しい話はマチを交えた方が良いだろう。ヒノモトのこれからはファザーンにも影響が出る筈だからな。ほれ、さっさと戻るぞ」


 アルフレートの横を通り過ぎて、闇馬に歩み寄る。
 アルフレートの乗っていた闇馬には、鯨が乗っていた。もう一つにはクラウスと鶯(うぐいす)だ。闇馬の乗り心地がお気に召さなかったのだろう。クラウスはぐったりと首に寄りかかって沈黙している。


「情けねえなぁ。クルー」

「……それは、もしや……俺のことか」

「うわー、いつもの覇気が無え。こりゃからかい放題やわー。鼠ちゃん」

「……! っ、うぐ……っ」

「おい吐くなよ? マジで吐くなよ? 絶対吐くなよ!?」

「振りにしか聞こえんな。早く乗れ」

「いでででっ。分かった、分かったってば! 髪の毛引っ張んな! 禿げるだろーが!」


 鯨の叱責に唇を尖らせ、狩間は闇馬に軽々と乗る。鯨と闇馬の首の間にすっぽりと収まった彼女はアルフレートを呼んで促す。

 アルフレートは即座に従った。闇馬に乗ることに一瞬の躊躇があったが、二度目ともなれば心構えは出来る。乗り心地に慣れるのはまた別の話ではあるが。
 乗った瞬間に顔を僅かに強ばらせるアルフレートに狩間はちょっとだけ笑った。


「うし、じゃあれっつらごー!」

「……」

「いでででっ、髪! 髪ーっ!!」



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