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もしもの始まり
朝の爽やかな空気は、今日に限って非常にうざったい。
有間はベッドの中で何度も寝返りを打って、なかなか起きようとしない。
本心では、このまま寝過ごしてしまいたかった。
けれども、惰眠を貪(むさぽ)ることは、特に今日は彼女達が許さない。
「有間ちゃん、早く起きてよー!」
「うう……」
「折角皆のお休みが重なった日なのに!」
「分かってるって……」
「と言いつつ中に潜るなってば」
首根っこを掴まれて引きずり出された。
有間は渋々ベッドを降りた。
すると、有間をベッドから出そうと苦心していた二人の少女が、ほっと息を吐く。
「お早う、寝坊助」
「……はよーっす。加代、山茶花」
加代は短い金髪の、長身痩躯の少女。
山茶花は真っ赤な長い髪のおっとりした少女。
どちらも気の置けない幼馴染だ。
欠伸混じりに部屋を出る有間を追いかけ、二人は早く朝食と支度を済ませるよう急かしてきた。
有間ははいはいとマイペースに加代手作りの朝食を摂り、山茶花に無理矢理手伝われながら歯磨きやら洗顔やら着替えやらと支度を済ませた。
三人で戸締まりをしっかり確認して、家を出た。
朝から皆で出かけるから、加代も山茶花も上機嫌だ。
このカトライアに移住して、だいぶ経つ。
来たばかりの頃は大人が面倒を見なければ満足に生活出来なかった三人も、今ではそれぞれ働いて生活費を稼ぐようになった。
加代は恩人夫婦の娘と親しい青年の紹介で王立図書館に、山茶花は花好きが高じてこの街で一番大きな花屋に、有間は小劇場の手伝いしながら小劇場側で占いをして、それなりな日々を送っている。
そんな彼女達の楽しみというのが、三人の休みが被った日に皆で買い物に出かけること。
朝から夕方まで、街中をぶらぶらして過ごす。
店でファッションの流行を調べたり、人気店で食事をしたり、小腹を満たす為にお菓子を買ったり、雑貨屋を冷やかしたりして、自由気ままに過ごすのだ。
三人で同じ時間を過ごすというのが重要で、有間もちゃんと分かっている。
眠そうにしながらも二人に手を引かれ、家を出る。
しかしふと、
「……あ、悪いけど二人共。先にティアナん家に寄りたい」
「チーちゃんの家に?」
「ああ、占いのこと? まだ気にしてんだ」
ティアナとは、有間達邪眼三人娘をヒノモトから救出してくれた恩人夫婦の一人娘のこと。
カトライアに来たばかりの頃、特に荒んでいた有間から痛い目に遭わされても根気良く遊ぼうと誘い続け、邪眼を見ても怖じずに、むしろ怪我だと勘違いして騒ぎ出した世にも稀な度量の広さを持った非常に良く出来た娘だ。
今でも仲が良く、恩人夫婦に代わってティアナの様子を見に、三人がそれぞれ仕事帰りや休みの日に家に遊びに行ったりしている。ままに、ティアナが三人の家に泊まることもあった。
占い結果を教えた時の楽しげなティアナの表情を思い出した有間は、顔を歪め「気にし過ぎかもしれんけどさあ……」後頭部を掻く。山茶花に結い上げられた長い白髪が手にばさばさぶつかった。
「有間の占いじゃ、ティアナに良い出会いがあるって感じじゃなかったっけ?」
不思議そうに確認してくる加代に、有間は言葉を濁す。
「いやー……クラウスさんが側にいた手前、そういう風に言ったんだけどさ。実際はティアナの人生ががらーっと変わるまでがったがたな獣道になる出会いって言うか……山茶花も側にいる状態での占いだったから、それなりに正確なんじゃないかなーと。ああ、勿論悪い方向に行くんじゃないから、嘘は言ってない」
これは最近分かったことなのだけれど、山茶花が側にいる時に術を使ったり、占いをすると精度が格段に上がる。
山茶花は何をせずとも術や占いの精度を上げる体質だったのだ。
最初に気付いたのは有間。封印している両手の邪眼が、占いをしていると山茶花同伴の時に限って、微妙に疼(うず)き出すのが気になったのがきっかけだった。
加代に相談した後山茶花の前で色々と術を試して発覚、どのくらい精度が上がるかを注意深く確認して以降、加代共々気を付けている。山茶花自身にどうにかして欲しいとは思わない。あのぽやぽやっぷりでは絶対に無理だから。
「けど、有間がティアナを占うのは珍しくないじゃんか。今までそういう結果出なかったの?」
「全然。ってか、前々回は、今から一ヶ月くらい前。基本的にティアナに対しては一週間程度の運勢を占うくらいだし」
「なるほど」
前回占った日にはたまたま山茶花も休みで、クラウスも様子を見にティアナの家を訪れていた。
ティアナは山茶花の体質は知らないし、そもそもクラウスは邪眼一族だと知らない。
面倒事を嫌がる有間は、まあ、たまには良いかとそのまま占った。
その結果が、どうも複雑なのだ。
最終的に良い方向へ向かうのだが、どうもその割には……良くないモノが見え隠れしている。
人生山あり谷ありとよく言うが、ティアナの場合、出会いから落ち着くまでの短期間に一生分の山も谷も集中しているような暗示があるのだ。
山茶花がいなかったら、ここまでの情報は導き出せなかっただろう。
「最終的に幸せになるからまだ良いけど、出会ってからそれまでの課程の凝縮された波瀾万丈さを匂わせてるのが、どう考えても若い娘の人生じゃなくね? って思った」
「……確かに、クラウスさんの前では言えないなぁ」
「肩掴んでがたがた揺さぶられて詳しく訊かれるかやり直せって脅されそうだろー? それが面倒臭くってさー」
「そういうことなら、チーちゃんも誘って遊ぼうよ」
久し振りに四人で出かけられるねえ、とのほほんと嬉しそうに笑う山茶花に苦笑い。
「とにかく、そういうことで、ティアナの家に行ってみようか」
「楽しみだなぁ。今度暇が出来たら新しいケーキ屋さんに行こうって約束してたんだ」
二人と手を繋ぎ、山茶花はティアナの家へと進路変更。
まだそうなるとも限らないのに、どんなケーキがあるかとか、一口食べ合いっこしようとか、うきうきしている。
目的はそっちじゃないんだが……まあ、山茶花だから仕方がない。
ちなみに、山茶花はカトライアに長く暮らしているが、未だにティアナの『ティ』が言えず、『チーちゃん』呼びである。チャ、とか、キュ、とか、ヒノモトの言語にも使われるや行の拗音(ようおん)は大丈夫なのだが、ティやフェなどのあ行の拗音は難しいのだった。
有間は加代と顔を見合わせて、肩をすくめた。
‡‡‡
ティアナの家に近付くにつれ、妙な気配を複数感じるようになった。
これはもしかしてもしかすると――――と足早に玄関の前に立つ。
加代が少し探りを入れるかと提案したが、ティアナのことが心配なので普通を装って中に入り、有間がティアナを呼んだ。
不穏な気配は四つ、全てリビングにいるようだった。
加代と視線を交わして実際に目にして判断することを決める。山茶花は二人でフォローする。
「いらっしゃいアリマ――――あっ、カヨもサザンカも一緒なのね!」
出てきたティアナは、三人出来たことを知るや嬉しそうに笑う。
上がってあがってと何故か急かされ、リビングへ。
そこにいたのは四匹の動物。
ライオン、狼、家鴨(アヒル)、兎。
見た瞬間有間の顔が物凄く奇妙に歪んだ。
何こいつらの魂。気持ち悪い。動物の魂じゃねえ。
口を押さえてよろめき加代に支えられた有間と違い、山茶花がはしゃいで兎を抱き上げる。優しく頭を撫でる。
この時有間と加代は同時に同じことを思った。
山茶花、何故魂に関して無反応なんだ。
術士としては三人の中で最も劣る加代でさえ魂の奇妙さに気が付いたのに、修行して先天性の有間と同等に見える筈の山茶花が気付かない訳がない。
だのに、山茶花は兎を愛でる。
「わー、可愛い! チーちゃん動物飼ったんだねえ」
「そ、そうなの。この間偶然市場で売られているのを見つけて……」
「……一遍に四匹も? 兎と家鴨はともかく、ライオンと狼まで飼うとか……金銭的に無理じゃない?」
加代が腕を組み、値踏みするように四匹を見渡す。
実際は、不可思議で奇妙な魂を見ているのだが、先述の通り、有間や山茶花程はっきりは見えていない。
「っていうかさ、ライオンと狼からしたら、そっちの小動物は餌じゃない?」
「大丈夫よ。今のところ仲良く暮らしてるし」
「ふうん……? 有間。これって有間の占い通り?」
有間は肩をすくめて「分からん」両手を挙げた。
加代と同様、この不可思議な魂を見ているが、やはり奇妙なまま、変化は無い。
どうして、この、動物達の魂が人間の形をしているのか。
観察していれば何か分かるかもしれないと思ったが、四匹のどれからも小さな手がかりすら見出だせなかった。
動物達から視線を逸らし、
「当たるも八卦、当たらぬも八卦さ」
「だね。でも、これじゃあティアナを遊びには誘えないな。飼い始めたばかりなら、目を離せないだろうし」
加代が山茶花の腕から兎を解放し、床に降ろす。頭を撫でてやった。
ティアナが謝罪する。何か言いたげだが、躊躇うように有間を見てくるだけ。
彼女は何かを知っているようだ。知っていて、こちらに相談したがっているのが態度で分かる。ちらちら伺うような視線をライオンに向けているのも気にかかる。
ひとまずここは気付かないフリをして家を後にし、後日ティアナから相談を持ち出してくるまで待っていようと、加代に目配せして外で山茶花にも言い聞かせておこうと示し合わせた。
だが。
その直後。
山茶花がやらかした。
「それにしてもこの子達皆不思議だねぇ。動物なのに人間みたいな魂の形してるよ」
「「……」」
何 故 こ こ で 言 う!?
有間はまた何か言おうとする山茶花の口を塞ぎ、加代は扉を開けて、
「「すいません顔洗って出直します!!」」
「まっ、待って三人共! あの――――」
「「顔洗って出直します!!」」
慌ててティアナが呼び止めていたが、ひとまず逃げた。すたこら逃げた。
この三十分後、ティアナの家から離れたカフェで山茶花に二人で長々と説教する姿が、たまたま通りかかったロッテに目撃される。
この時の邪眼三人娘はまだ、自分達もティアナの運命の非常に重要な歯車であることを、知らぬままである。
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