Epilogue
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14
十数日の滞在期間を経て、マティアス達は十分とは言えないが、対妖の知識を大量に得、ファザーンで兵士の育成に力を入れるそうだ。訓練を終えた兵士達は国境付近の駐屯地に派遣され、妖討伐の任に就く。その為の法整備もしなければならない。
まだ休養を強いられている有間は、六花と鶯を背後に従え、彼らの見送りに村の出口に姿を現した。
村人達はそわそわと落ち着かない様子でこちらを遠巻きに眺めている。贈眼様が外に出ているからと崇めて色々と貢ぎたいのだろう。だがそれを六花が厳しく牽制し、近付くことを許さない。出来れば帰宅するまでそうしていて欲しいところだ。
ディルクも村長としてと言うよりもアルフレートの見送りに出てきている。
アルフレートとどのような会話をしたかは知らないし訊こうとも思わないが、ある程度の壁は崩れたようだ。ぎくしゃくした雰囲気は無く、今も少し離れた場所で笑い合って何かを話している。
ただ、やはりマティアス達のことは嫌いなようだ。事務的なこと以外全く会話が無い。まあ、マティアス達もそれで良いようだし、有間がツッコむことではあるまい。
「それじゃあ、アリマ。またいつか」
「また怪我してんなよ」
「お前はそれ以上太るなよ」
「だから太ってねえって言ってんだろ!」
「いやあんだけティアナと六花の菓子食っといて太ってないとか無いだろ。うちみたいに運動とかしないだろうし」
指摘すればルシアは言葉を詰まらせる。
先程の否定がルシアの願望の現れだと分かっている有間は肩をすくめ、エリクと同時に溜息をついて見せた。
「このままじゃ本当に非常食行きか」
「止めときなよ。不味そうだしお腹を壊してしまうよ、きっと」
「それもそうだな。雑食だし」
「お前ら好き勝手に……!」
ぐっと拳を握るルシアに、六花が袖で口を隠しくすくすと笑う。ティアナも困ったように笑いながら、三人を眺めていた。
ルシアは彼女らの視線を受け、低く呻き、自身の怒りを吐き出すように大仰に深呼吸をした。
有間は素知らぬ顔でマティアスを見やり、顎で早く行くように促した。村の外では、鯨が術でファザーンへ直接道を繋いでくれている。維持するのは非常に気力を削ぐので、急いでくぐらなければ鯨の負担が大きくなる。
ゆっくり別れを惜しめとは言うが、妖狩りから戻ってきたばかりで気力を削ぎ、その後にまた村を出るとなれば少しでも負担を軽くしておくべきだ。
マティアス達にもそのように言ってあるから、一抹の名残惜しさを見せつつも、長居しようとはしなかった。
「お前達、イサ殿が待っている。あまり長く術を維持させるべきではない」
「分かってるよ。僕達は先に行っておくからね。それじゃあ、アリマ」
エリクは不服そうにマティアスを睨めつけ、ルシアと共に鯨のもとへと向かう。
ティアナもマティアスに促され、有間に笑いかけた。儚げに寂寥(せきりょう)の覗く彼女の笑顔に、有間はしかし表情を動かせないでいた。まだ、満足に笑ってやれないのだ。
「それじゃあ、アリマ。またね」
『またね』を強く言い、ティアナは背を向ける。一方的に約束を押しつけるように、一歩踏み出した。
そんな彼女を、有間は呼び止めた。
「ティアナ。……またね」
「……っ、う、うん! また、またね!」
ティアナは何度も何度も大きく頷き、瞳を潤ませた。ただ返しただけの言葉がそんなに嬉しいか、こちらが少しだけ驚いた程に。
ティアナは有間の両手をぎゅっと強く握り締め、放す。
マティアスに頷きかけて、大股にエリク達を追いかけた。
マティアスは妻を見送り、目を細める。
「……俺も、またお前に会えるのを楽しみに待とう。今は、目覚めた時よりも少しはましになっていると思うぞ」
「そう? 自分じゃ全然分かんないんだけど」
「元々自分のことに無頓着なお前なら、そんなものだろう」
「しかし」とアルフレートを一瞥し、マティアスは口角を歪めた。
「お前もこの数年のうちに随分と悪い女になったものだな。自分を好いている男を待たせるとは」
「待つって言ったのはあいつだよ。うちは、サチェグ達が目覚めるまで妖を殺し続けるだけだ。他のことには構っていられない」
「ああ。だが少しは自分も大切にしろ。アルフレートやティアナを悲しませるようなことにはするな」
「善処はするよ」
「それで良い。アルフレート。俺達は先にファザーンに戻っておくぞ。お前も、あまり時間をかけるな」
有間の頭を撫で、マティアスは丁度会話を終えてこちらに戻ってくるアルフレートに声をかけた。
アルフレートは頷き、ディルクを振り返った。
ディルクはアルフレートに頭を下げ、鶯を呼ぶ。
鶯はすぐに応じ、ディルクの方へ歩み寄った。何事か話し、村の奥へと戻っていく。恐らくは東雲家と今後のことを話し合うのだろう。
アルフレートは彼らから目を逸らし、有間を見下ろした。
「アリマ。一つ、預かって欲しい物がある。次会う時に、返して欲しい」
「ん?」
そう言って有間に手渡したのは、ヘマタイトのブレスレット。有間がアルフレートに渡した物だ。
……ああ、そう言えば。
ティアナとマティアスに、渡していなかったっけ。
二人にも有事の為に作っておいた筈のアクセサリーの存在を、今の今まで忘れていた。
でも今更言ってもな……ヘマタイトを見下ろし、そんなことを思う。
と、アルフレートは有間の思考を察したかのように、
「お前の部屋に残っていたアクセサリーは、マティアスとティアナに渡しておいた。ティアナがコーラルだと聞いていたから、もう片方をマティアスに手渡したが、良かったか?」
「……あ、うん。ありがとう」
コーラルだったっけ。マティアスは何の石だったか……ああ、駄目だ。思い出せない。
有間は「預かっておくよ」とだけ言って、懐に入れた。
それを安堵の笑みと共に視認し、アルフレートは手を伸ばした。有間の頬を撫でる。
「また、会おう」
「……そうだね」
返し、有間はその手に己のそれを重ねる。しかし、心は凪いだものだ。
アルフレートの手が離れ、背を向けられる。
彼はそのまま大股に歩き出した。振り返らずに、急ぎ足にファザーンへの帰路を辿っていく。
有間はその姿が見えなくなるまで────否、鯨の術の気配が消えるまで、その場にずっと佇んでいた。
この僅か一週間後、有間は妖狩りに戻る。
そして更に三年後────ヒノモトに再び大いなる変化が訪れるのである。
後世の史家はこれを、『雪鬼神の黎明』と記し、正に武陵桃源(ぶりょうとうげん)の時代の幕開けとした。
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