Epilogue
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13
「アリマ」
「ん……ああ。お帰り」
ティアナに説明を終え、大福を食べながら式達から報告を受けていた有間は、家に入ってきたアルフレートを振り返った。
錫の姿が無いのは、たまたま帰りに出会ったエリク達と共に六花の所に行ったかららしい。
山椒の言った通り、水雲と日車のみが戻り、遠くに行かせた辻風は未だ戻っていない。
アルフレートは二匹の異形を見、「お前の式、か」とやや当惑気味に問いかけた。まあ、みてくれがみてくれだ、こういう反応もやむを得ぬ。ティアナが異質だったのだ。
有間は彼にも毛羽毛現と魃の説明をしてやり、それぞれの名を教えた。
有間に従順な妖は、主人と友好関係にある人間にも敬う態度を見せる。まあ、敬うと言っても妖なので所詮は人間の真似事でしか無いのだが。そんな態度を取れるのか、六花のように、人間の中に溶け込めるような者くらいだ。
「モズク、ヒグルマ……か。オレはアルフレートだ」
一本だけ手のある日車に手を差し出す。
日車は握手に応じ、にんまりと笑うつもりで顔を歪めた。……不気味なことこの上無い。
しかしアルフレートは朗(ほが)らかで、怖じた様子など微塵も見受けられなかった。以前妖の跋扈(ばっこ)するヒノモトを旅して様々な異形を見ていた経験が、慣れさせたのかもしれない。
有間はアルフレートの挨拶が終わったのを見計らい、二匹にねぎらいの言葉をかけ大福を持たせて手袋に戻した。意外だろうが、手袋の中は一種の次元のようなものになっており、食べ物を渡して戻せば飲み食い出来るのだ。
手袋の絵柄を興味深そうに見つめてくるティアナを左手で押しやりながら、有間は引き戸を見やった。
「後は辻風、か」
「何処かに行かせたのか?」
「ああ、ヒノモトの偵察にね。もう一匹は足が速いから遠くの様子を探らせてる。じっとしているのは落ち着かないから、せめて情報収集くらいはね。本調子に戻って何も分からないまま旅に出るのは嫌なんでね」
有間が警戒している地方の様子を調べさせたのである。
山椒はやれやれと苦笑を浮かべて吐息を漏らした。
「本当に……仕事熱心な主を持つと、仕える妖は辛えもんですよぉ」
「お前面倒臭がっていつも何もしてねえだろ」
「あたしはただ、暴走せずに平穏な暮らしがしたいだけですからねぇ。後はまあ、有間様の子供の世話もしてみたいもんですなぁ」
意味深にアルフレートへ流眄(りゅうべん)をくれる山椒に、アルフレートは一瞬固まり視線を逸らした。
有間はさらりと流し、アルフレートに山椒も紹介してやった。すると山椒はつまらなそうに唇を尖らせる。
「やっぱり昔よりもからかい甲斐が無くてつまらねえや」
「昔って言う程長い付き合いでもないだろ」
「やれやれ……あたしはちょいと、お茶を淹れて来やすからね。ああ、ちゃんと九個残しておいて下せえよ」
「また九かよ」
「あたしは九が好きなんでねぇ」
肩をすくめ、山椒は淑やかな歩みで厨へ向かう。
有間は呆れつつ、彼の言葉通り九個山椒の分をよけておいた。
「全く、あいつは……」
「個性的なのね、妖って」
「自我がある奴ばかりだからね。まともなのは辻風と六花辺りか……」
独白すると、手袋の中が騒々しくなる。黙れ人間の真似事しか出来ねえくせに。叱りつけるように手袋を叩いてやった。一段と騒がしくなっただけだった。
顔を歪めて手袋を見下ろす有間に、ティアナは不思議そうに首を傾げた。
「……アリマ?」
「ああ、ごめん。こいつらが五月蠅いから」
「五月蠅い? 声は聞こえないが……?」
「頭の中に直接話しかけてくるんだよ。一斉に」
有間は手袋を睨みつけ、舌を打った。
「夜にでも清めておくかな。数日は大人しくなるから」
言うと、途端に静まるのだった。
有間は嘆息し、大福を頬張る。手袋を睨んだまま。
ティアナはその様を、目を細めて見ていた。
‡‡‡
「あら、ティアナ様もおいでだったのですね」
余程気に入ったのか錫を抱いたエリクやルシアを伴って帰宅した六花は、優雅にくつろぐ山椒の姿に柳眉を顰(ひそ)めつつも、ティアナとアルフレートに頭を下げた。
「少々お待ち下さいまし。ただいま、夕餉の支度を痛します故」
「あ……いえ、私はそろそろ戻りますから、」
「良いって良いって。誰も戻らなかったらマティアスもこっち来るだろ」
エリクとルシアが囲炉裏の側に腰を下ろすと、錫はエリクの膝の上からするりと降りて有間の膝の上で丸くなり、欠伸を一つする。有間が毛を梳(す)くように撫でてやると、やがて寝息が聞こえ始めた。六花の所で、相当遊び回ったようだ。
夕餉の時には起きるだろうから、このまま寝かせておくことにする。泥だらけだが、風呂の時に洗ってやれば良い。
「そう言えば、二人共楽器の方はどう? アリマにも色々アドバイスをもらっているんでしょう?」
「まだまだだね。初めて弾く楽器だから、ルシアに比べると力はまだ発揮出来ていないみたいで、」
ちょっとムカつくんだよね。
さらりと、綺麗な笑顔で言うエリクに、有間とルシア以外は苦笑を浮かべる。
山椒は欠伸をして、隅っこで横になった。
「有間様。あたしも寝ますからね。起こさないで下さいよ」
「だったらうちの部屋で寝ろよ。あっちの方が寝やすいだろ」
「ああそいつぁ有り難ぇや」
よく言う。
元々そのつもりで言ってきたくせに。
にこやかに立ち上がり有間の部屋へ我が物顔で入る山椒を見送り、有間は小さく吐息を漏らした。
「なあ、さっきから訊き損なってたけど、あいつ誰だよ」
「山椒。一応はうちに従ってる妖。お前に似て超絶面倒臭がりだけど、お前と違ってやる時はこっちが楽なくらいに役に立つ狐」
「おい、オレだってやる時はやるっての」
「無理でしょ」
エリクはにこやかに切り捨てる。
ルシアは拳を握り、奥歯を噛み締める。しかし、今もなお力関係は変わっていないようで、何も言わずに自分の中で押しとどめた。
「お前、脂肪以外にも溜め込んでんのな」
「脂肪は溜めてねえ!」
「六花、ルシアには精進料理で良いから」
「おい!」
「五月蠅いぞ、お前達。外まで聞こえている」
がら、と引き戸を開けながら呆れ顔で窘めるのは、マティアスだ。
勢揃いの彼らに不満そうな顔をしつつ、嘆息する。
「戻ってこないと思えば……俺は除け者か」
「ご、ごめんなさい……」
「でも、たまには良いでしょう。いつまでもいられる訳じゃないんだから」
マティアスはそれを否定しはしなかった。邪魔するぞ、と有間に声をかけティアナの隣に腰掛ける。
……狭苦しいな、ここ。
人口密度の高い空間に、有間は胸が擽られるような、むず痒さを感じた。
ちらりと流した視線の先にいたアルフレートと目が合い、苦笑する彼に肩をすくめてみせる。
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