Epilogue
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 何だかんだ言って、有間は優しかった。

 杏奈が強く乞えば嫌そうにしながらも結局は付き合ってくれた。それに、杏奈と蘭奈、何もかもそっくりな自分達を間違えることが無い。今でも村昌は間違えてしまう時があるのに、どうしてか息を殺して後ろから近付いても、はっきりと名前を言い当てた。
 それが珍しくて、ついつい一緒にいる時間が長くなってしまう。

 それが気に入らない村昌はずっと有間に憎らしげに、刺々しい態度をしていたが、杏奈が有間に色んなことを教えてもらいたいのだと主張すれば渋々折れてくれた。

 期限は村昌の身体が自由に動けるようになるまで。有間が言うには二日程度。それまでに色々と教えてもらおうと思う。きっとこれからの旅にも役立つ筈だ。
 姉の気持ちに同調したのか、蘭奈も気になったことがあれば有間に臆面も無く訊ねるようになった。

 有間は邪眼一族だ。
 邪眼一族については杏奈も蘭奈も知っていた。
 身体の何処かに違う目を持った一族。汚れた一族だからと、杏奈の小さな頃に殲滅(せんめつ)されてしまったと言う。

 けれども有間はルナールとの混血なんだそうだ。
 だから彼女は邪眼が二つある。目が色違いなのも混血の影響で、最近身体に変化が起こったからだと言う。
 見てみたいと言ったら、止めておけと頭を撫でられた。汚れた一族の邪眼など、見るものじゃないと諭された。それだけは、何度問いかけても許してはくれなかった。

 そして────そのまま、期限を迎える。


「外の妖共はもう始末してある。ここから北の方は比較的安全だろう。手に負えないような強力な妖は、この周辺には残っていないし」


 外を見て回った有間は、村昌達にそう言うと、別れの言葉も無しに颯爽と行ってしまった。
 もう一度会いたいと言おうとした杏奈を察したのかもしれない。何も言わせずに自分の旅に戻っていった。
 寂しい気もしたが、それもまた有間なりの村昌への気遣いなんだと分かっていたから杏奈はこれで良いのだと思うことにした。

 村昌は、最後まで有間を毛嫌いし続けた。仇のように見ていた。
 多分……邪眼一族と因縁があるのだろうと、杏奈にも感じ取れる程、それは露骨だった。
 だから何も言わずに、有間が発って暫くしてから聖域を出た。


「どうする? お父さん。北が安全だって」

「……北に行こう。元々北に行って護村(ごそん)を探すつもりだったんだ」


 護村────ヒノモトで最も安全と言われる村だ。
 闇紺山(あんこんざん)の悠久の滝の周辺を切り開き今もなお広がり続けるその村は、あらゆる人間を受け入れ、守ってくれる。
 凍り付いた悠久の滝が強力な聖域を作り出し、如何に強大な妖の侵入も許さないその村は、極寒の地にありながら緑豊かで食べ物にも困らないと言う。

 誰もがその村を目指し、その道中で果てた。
 有間が助けてくれなければ、自分達もそうなっていただろう。本当に、運が良かった。

 村昌は刀を腰に差し、杏奈と蘭奈の頭を撫でて大股に歩き出した。

 親子で住める穏やかな土地を目指して。



‡‡‡




「……じゃあ、頼んだよ」


 背後に立つ影に、有間は短く言った。


「分かりました。あの親子は私が必ず我らが村にお連れ致します。有間さんは、まだ旅を?」

「ああ。この間、南でまた大きな妖が現れたらしい。その討伐に向かう。それを倒せば……サチェグの目覚めも早められるだろう」


 有間は自分の手を見下ろし、ぎゅっと握り締めた。
 何百────否、何千と言う妖を殺めてきた。
 それでも、まだ数年はかかる。
 まだ、止まれない。

 止まってはならない。

 有間は唇を引き結び、背後の人物に片手を振り黒き馬に跨がり、錫を懐に押し込んで腹を蹴る。

 馬が嘶(いなな)くも僅かな時。
 瞬き一つの間に馬は駆け出し見る見る小さくなっていく。

 その姿を見送り────東雲鶯はほうと吐息を漏らした。


「せめてもう一日、休まれればよろしいでしょうに……」


 鯨殿もそう。
 二人は、身体を休ませることを知らぬかのように、身体を酷使する。
 いつか倒れて窮地(きゅうち)に陥ってしまわないか、それがとても心配だ。

 恐らくは比較的早くに国境の氷も溶けるだろう。
 だが、少なく見積もっても一年以上はかかる。
 その間命を落とさなければ────。


「────いえ、止めましょう」


 悪い想像をしてはいけない。
 鶯は首を左右に振り、思考を振り払う。

 己に活を入れんと両の頬を叩き深呼吸を一つ。


「……私は私の役目を果たさなければ」


 自身に言い聞かせ、大きく一歩を踏み出した。

 着実にヒノモトから妖は消え去っている。
 鶯の願う未来も、近付いている筈。

 だから、自分は有間達の為に出来ることをしなければならない。

 力を貸してくれた兄と義姉に、託されたのだから。



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