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 有間は顔をしかめた。
 人柱を立てる────まさか。
 ディルクを見やると、少しばかり驚いてはいるものの、想像したよりは落ち着いている。
 静かにサチェグを見据え、探るように目を細めた。

 サチェグは肩をすくめて首を左右に振った。


「人柱になるのはディルク殿下じゃないっスよ。必要なのは竜だけで」

「じゃあ誰がなるってのさ。っていうか、そもそも、何で人柱?」


 サチェグは片目を瞑ってみせた。


「一番手っ取り早い方法としては、外と同調させるものがある。元々ヒノモトは特殊な膜に覆われてるような状態で存在していたんだ。神が消えれば自然とそれは消えていく。それを機にどんどん外の気をヒノモトの大地に食わせるんだ。そうすりゃ時間はかかるが、この国はいつかは安定する。国の衰滅は無くなる。人柱は、その調整を一手に担うんだ」

「ただ、普通の人柱では可能性が高いってだけだけれど。必ずそうなるって確証は無いわね」

「じゃあ、」


 ヘルタータの言葉に有間が眉間に皺を寄せて問いを重ねようとした。

 けれど先んじてサチェグが自分の胸に親指を当てる。くっと口角をつり上げた。


「外国産邪眼一族の俺様が竜を取り込んだなら、申し分無えだろ?」

「……な、」


 絶句。
 あまりにさらりと言ってのけた爆弾発言に有間は寸陰固まった。
 ややあって胸中に沸き上がるのは彼の精神を疑う疑問。
 今こいつ、自分が人柱になるって言ったんだよな? 自分が生け贄になるって、堂々と、笑って────そんな馬鹿な!

 有間はサチェグに詰め寄った。胸座を掴むと裏声で悲鳴を上げ、降参の意を示すかのように両手を挙げる。どう見ても、おどけた態度からは真摯さが全く感じられなかった。
 ふざけてるのかこの男は。
 疑問が熱くたぎり怒りへと変わっていく。


「今は冗談言ってる場合じゃないんだけど」

「俺も冗談言ってるつもりはないんだけど」


 サチェグは有間の頭を撫で、手をゆっくりと剥がしてやった。


「本気だぜ。俺は」

「馬鹿を言うなよ。外国産であるのが良いんならうちがなれば良いじゃないか。うちは混血だ。お前よりも最適な身体なんじゃないのか」


 そうだ。
 幾らサチェグが外国産の邪眼一族だからって、結局は純血だ。
 ならばルナールの女との混血である自分こそが、その人柱には適しているのではないか。
 そう言えば朱鷺が一歩足を踏み出す。鯨に制されて薄く開かれた口を閉じた。
 有間の足下に歩み寄った錫が小さく鳴き、太腿に顔をすり付ける。

 サチェグはかぶりを振って否とした。


「確かに俺よりも最適っちゃあ最適なんだが……お前じゃ駄目なんだわ、これが」

「何でさ」

「人柱になるにはあなたは寿命が短いし、力不足なのよ」


 有間の問いに答えたのはヘルタータだ。群をなしてこちらにじわりじわりと近付いてくる妖達を一睨みで牽制しつつ、己の異母兄を見やる。


「人柱は普通の人柱ではないの。人柱として封印される間ずっと、生きていなければ意味が無いの。この人はね、私を殺す為に龍神を食べて不老不死を完成させたの。私を殺す為に多くの国で様々な技術を会得したの。この人の身体なら、そこの王子様から竜を貰っても問題は無いわ。でもあなたは普通の生き物よ。人柱になった後、竜に乗っ取られるか、あなた自身の寿命が尽きればそこで終わり。いつ終わるのか分からないのなら寿命の無い丈夫なお兄様の方が適任じゃなくて?」


 有間はヘルタータをキツく睨んだ。
 彼女の言葉は、納得出来る。でもだからといってはいそうですかとはならない。
 元々は無関係だったサチェグにそこまでさせるなど、許される筈がないと思うから。
 まして、有間にとっては気の合う友人でもあるし、鯨の師匠だ。

 ここまでサポートしてくれただけでも、十分ではないか。
 これ以上彼には何も求められない。


「……だからって、こいつはそこまでするべき奴じゃないだろ」

「いんや、させてもらうね。……別に、永遠って訳でもねえんだし」


 有間の頭をもう一度撫で、サチェグは柔らかく微笑んだ。

 鯨を見やり、目を伏せた。


「俺はお前らの為に時間を稼いでやるだけだ。ヒノモトが外と同調すれば、妖はファザーンやカトライアにも存在出来るようになる。その被害を最小限に留める為に、俺が人柱になって細かく調整して、その速度を弛めてやるんだよ。こーんなハイスペック器用な俺には適任だろ?」

「サチェグ」


 目を開けた彼に、先程までの軽さはない。
 申し訳なさそうに僅かに眦を下げる彼は、有間達を包囲する妖達を横に見た。


「その間、お前らはヒノモトに増え過ぎた妖を殺して回れ。人間にとって少しでも脅威になる奴は、一匹残らずだ。それも、長い苦労になる。俺よりもお前らがキツい役回りになる。むしろ、こっちが楽だと思うくらいにな」


 お前らの掃除が早ければ早い程、俺の人柱でいる期間も短くなる。

 ……何故そこまでするのかと、心の中で問いかけた。
 仲が良いとは思うけれど、そこまでする程の、そこまでしようと思う程の仲だったかと疑問に思った。
 だって、そうだろう?
 巻き込んだのは有間だ。
 そしてこうなることを望んだのも有間だ。
 これより先は有間が全ての責を背負うべきなのだ。

 だのに、サチェグはこの先すらも、有間を助けてくれるつもりでいるのだ。
 そこにあるのは、鯨への師匠としての優しさなのかもしれないが、有間の助けになることに変わりは無い。
 そこまでしなくて良い────そう言葉をかけると、サチェグは有間の額を指で弾いた。……地味に痛い。
 睨め上げると彼は声を立てて笑った。


「……ちょっと」

「ま、今はともかくこの辺の妖を一掃しておかねえと、出来るもんも出来ねえな。それまでに心決めとけ────って言って考え事に集中しすぎて妖にやられるなよ。我が心の友よ」


 最後の言葉はおどけたもの。
 いつものサチェグで、渋面を作る有間から離れていく。

 心を決めるなんて、無理に決まってるだろうが。
 舌打ちして、アルフレートから借り受けた剣を強く握り締めた。
 だから、これは自分が全て背負うつもりだったのだ。無理でも、そうしなければならないと分かっているから。
 サチェグがいつ終わるやも分からぬ人柱の役を担う必要は、無い。
 だのにもう彼はそのつもりでいるのだ。
 きっと覚悟出来ていなくてもサチェグは押し通す。強引に人柱になってしまうだろう。

 サチェグは、有間に選択肢を与えていない。
 有間の思考など分かり切っているからだろう。
 苛立ちに奥歯を噛み締めると、錫が身体をよじ登って肩に至る。顔に頬摺りし、慰めるように鳴いた。

 サチェグは、いつの間にか有間の長巻を手にして、ヘルタータと並んでいた。



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