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「────ああ、時が来た」


 狩間が呟いた直後、何処かで雷鳴が轟いた。
 一呼吸置いて、また。更に一呼吸置いてまた────雷鳴はどんどん近付いてくる。
 アルフレートは双剣を構えて周囲を見渡した。しかし近付いてくる雷鳴は、音だけでその姿を見せはしない。
 雷が無いのなら……これは雷鳴ではない?
 では何の音なのか。
 アルフレートは目を凝らして音の正体を探った。

 すると遠くで怒号が上がった。


「サチェグ!!」


 ディルクだ。色を失った彼は汗を流し自分の身体を抱き締めた。

 サチェグがそれに反応し、天を仰ぐ。

 ざっと青ざめた。

 忌々しげに顔を歪めて駆け出した。
 アルフレート達の方へ駆け寄っていくのを、狩間達は黙殺した。もう何をしても手遅れだと言われているようだった。

 サチェグはアルフレートの脇を通過しディルクのもとへ。アルフレートを呼び、片手で来るように乱暴なジェスチャーをした。

 元々駆け寄るつもりであったからすぐに応じた。


「全てが終わるまで札を押さえてて下さい。今から来る奴に竜が怯えて騒ぎ出す。さすがに今のディルク殿下でも抑えられない」


 サチェグの焦り振りは尋常ではなかった。
 彼には分かっているのだ。この雷鳴に似た轟音の正体が。
 近付いてくるモノが、自分達にとって決して良いモノではないと、その顔が物語る。


「サチェグ……」

「もう、駄目だ。俺が何を仕掛けても、間に合わない」

「────」


 嘘だ、と思いたい。
 受け入れたくなどない。

 有間が狩間に殺され、無理矢理に結末だけが戻されようとしているなんて。

 有間が、いないなどと。

 アルフレートの全てが、拒絶している。
 自分もティアナも、こんなことの為にこの場所にいるのではない。
 マティアスもこんな結末を望んではいなかった。
 だのに────何も出来なかった自分の、なんと情けないこと。

 鍛え上げた武も、この感情も、何一つ彼女の為にはならなかった。

 アルフレートは奥歯を噛み締めた。
 地面を殴りつけたい衝動を耐えサチェグの言葉に従うも、胸が千切られそうなくらいな痛みと息苦しさがあった。

 轟音は間近だ。
 鼓膜が破かれてしまいそうだ。
 だが耳を塞ぐ気力も無い。何をしたって、有間は殺された。殺された者は、戻りはしない。

 サチェグはアルフレートが言う通りにディルクの右目に貼られた札を押さえたのを見、すぐ様方向転換してティアナのもとへ移動した。山茶花の遺体を抱き上げ立ち上がるように言い、彼女を連れて戻ってくる。

 その一連の動作にも、狩間は何の反応も見せなかった。……少しだけ、それが引っかかった。

 戻ってきたサチェグを見、アルフレートは問いかける。


「サチェグ……一体何が……」

「光の男神のお出ましです。これから、一言も喋らないで下さいよ。さすがに創造神の片割れなんて、俺でも相手したくありませんので。目も付けられたくない」


 サチェグは眉間に皺を寄せて、周囲を見渡した。鯨を捜しているのだ。


「あの馬鹿弟子も……何処かで大人しくしてると良いんだが。アリマのことで暴走してくれるなよ」


 それは、嘆願だ。
 神はサチェグにも太刀打ち出来ぬ強大な存在。それは当然の力関係だ。だが、今更落胆している自分を自覚し、サチェグを万能であると信じ込んでいたと、己の浅はかさを知る。
 サチェグとて、男神と女神に生み出された一族の末裔なのだ。勝れよう筈もない。

 脆弱な人間に為す術は無し。
 奥歯を神締めた、その直後である。

 轟音が止んだ。

 しんと静まり返ったその場に、全身が粟立った。
 分かってしまったのだ。
 雷鳴の足音の主が、今目の前にいるのだと。
 他国の人間であるにも関わらずその強大な存在感を肌で感じ取り、畏(おそ)れているのだ。

 姿は見えない。けれど、確かに男神はそこにいる。狩間と夕暮れの前に、立っている。絶対的な存在を周囲に知らしめつつ。
 サチェグは何も喋るなと言ったが、果たしてその必要は無かった。
 神聖な威圧感に押し潰され、ディルクの札を押さえる手の指を、ほんの僅か動かすことも出来ないのだ。これでは何かをしたくても出来ない。何かを言いたくても言えない。

 畏怖による冷や汗だけが、つつと肌を落ちていく。

 逃げたいと思わないだけましだ。
 これが、極々普通の人間であったなら、気圧されて放心していたかも知れない。自分を保っていられるか分からない。

 眼球すらも満足に動かず、ティアナやディルクの様子を確認することが出来ない。存在感に圧倒されて気絶していれば良い。その方が、きっと楽だ。

 そんな矮小なるアルフレート達の存在など、歯牙にもかけていない。
 姿無き光の男神は、全土に響き渡る程の大音声を天から降らせた。身体がびりびりと震え、神経が痺れる。


『我は永(なが)き時を待った。いざ我が妹(いも)や、我が光の下へ参れ』


 それは、その場にいる誰にも向けられていなかった。
 彼が求める、ヒノモトの下、死者の国を滑る最愛の妻への求めだ。

 それに、妻はすぐに応える。


『────我が兄(せ)、其のお求めに応えましょう』


 それは、風の唸りのようだった。
 男神の声のように押し潰すような大音声ではなく、すっと通り抜けていくような滑らかな女の声だ。ともすれば聞き逃してしまいかねない程にか弱い。

 大気が震えた。
 ぞっとする禍々しき気を引き連れて現れた女神は、やはりその姿が見えない。
 だが男神程の存在感を感じないが、彼女は確かに目の前にいる。

 男神は声を震わせた。心から待ち望んだ妻との逢瀬に、感極まって声を張り上げる。


『我が妹や、我が妹や。古に別れた我が妹や。永き時にて募りし愛は言うもおろかなりて、然ればこそ今今(いまいま)共にならん』

『我が兄よ。猛々しき愛賜りてなお、我が身は報われぬ我らが子供を哀れに思い嘆いておりまする。我が兄、其故(そえ)に我らが子の願いを聞き届けたく』

『我が妹の願いとあらば』


 女神と男神はそこで沈黙する。

 代わりに、狩間が片手を伸ばした。


「我らが父母よ。邪眼と異人の混血なれど、我が身の全て父母に捧げる者。我が願い、お聞き届け給え」

『その願い、母が聞き届けましょう』

『その願い、父が聞き届けん』


 その時、狩間が小さく鼻を鳴らした。


「我が願いこそ────お前ら神々の滅びだ」

「暁!?」


 夕暮れが咎めるように狩間を呼ぶ。すぐ何かに気付いたように身を離して怒鳴りつけた。


「何故だ……!! 何故其が表に出たるか!!」



 有間!!



 その名前を聞いた瞬間、鈍器で殴られたが如き衝撃に襲われた。



─Z・了─




○●○

 次章で終わり、だと良いな……!
 最初に考えていた展開とは本当に全然違ってます。

 次章で懐かしいオリキャラが出ます。皆さんが覚えてるかも分からない人です。覚えてたら、凄いと思います。……なんて、どうでも良いですね。

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