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※注意



 私が花霞姉妹に呼応したのは、愚かなる王を討とうと立ち上がった彼女らに賛同したのではない。

 ただ────ただ、正当な死に場所が、死んでも良いだろう理由が欲しかっただけだった。
 己の手にあった大切なもの、命よりも大切に、心から深く激しく愛していた宝がこぼれ落ちてしまった私には、もう何も無かった。

 何も無い私に、生きる価値など無い。
 だから、死にたかった。
 死んで彼女のもとへ逝きたかった。

 されど────私も、所詮は武将。父に学び、武士道を、己の武力を高めることにを志した男であった。
 生と死、極限の戦場に立ち、この身はたぎった。死に場所を求めていたことも忘れ、己の武を揮(ふる)い、無心に勝利を追い求めた。
 結果、花霞姉妹は王を討ち果たす。

 皆が勝利の歓喜に騒ぐ中、私は己に失望した。
 彼女のもとへ逝きたかったというのに、武将の性に負けたのだ。
 彼女への愛よりも、己の武を優先した自分自身が、信じられなかった。
 これは裏切りだ。
 歳に似合わず愛していると、彼女に向けて心の底から告げた言葉を裏切ったのだと、己を責めた。それでも、足りぬ。

 自分自身にすら猜疑(さいぎ)を抱く私に、とある時その女性は囁いたのだ。


『北の雪臥(せつが)へ行け。そこでなら、満足に死ねような』


 赤い目が自分が花霞姉妹の下に就いた理由を見透かしているようで、薄ら寒く感じた。
 けれどもそうしたいと思ったのは、『満足に死ねる』と、彼女が残した言葉に惹かれたが故のことだった。
 死ねる────彼女のもとへ逝くことが出来る。

 彼女は嘘をついてしまったも同じ私を、裏切り者だと責めるかもしれない。
 されども私は、彼女に逢いたかった。
 愛おしい彼女をこの手で抱き締めたかった。
 責めも当然のことであると、どんな言葉でも、どんな仕打ちでも甘んじる。

 私はただ、ただ……失った宝にもう一度逢いたかったのだ。

 私は疑うもつかの間、私は言われた通りに雪臥────北方の宿場町へと向かった。

 そこで出会ったのが、彼女と同じ邪眼一族の娘。
 黒い手袋を両手にはめた、小さな少女は白の、神の色を持っていた。
 だが、無表情で周囲への警戒心と恐怖からぎちぎちとした不安定な雰囲気の少女だった。

 最初から、私は彼女を邪眼一族だと分かっていた訳ではない。
 両手に妖や悪霊を封じているといった例も、多くはないが見られる。彼女もそんな存在なのだと思って、一人さまよっていたのを保護し、菓子を与えたり軽く話をしたりして少しでも緊張を解こうと努めた。

 だが、黒い手袋にかけられた封印を見て、分かった。
 私は術は不得手だ。だが血筋故か術式を目視出来る程度の力はあった。
 封印の術式は、邪眼一族のものだった。その術式で彼女が邪眼一族の少女であると分かったのだ。

 運命であると、神の思し召しであると、私は思った。
 彼女は私が守らなければならない。
 強い使命感に駆られ、私は彼女の保護者を捜そうと奔走した。

 されど、折悪く旅芸人が人を集めていた為に、身を隠しての捜索は難航。ひとまず宿に彼女を置いて、彼女から保護者の姿を聞き出し、町中を歩き出した。

 それが過ちであったと気付いたのは、町が異様に騒ぎ始めて暫くのことだった。
 もう少し早かったなら、彼女が怖い思いをせずに済んだかもしれない。私が、しっかりと守ってやれていたのかもしれない。
 邪眼の娘を見つけたと町人達が噂するのに、肝が冷えた。

 兵士を捕まえ子細を聞き出し、邪眼一族の娘を追いかけた。

 ここでも、私は守れないのか。
 愛おしい彼女の同族すらも、助けてやれないのか。

────辿り着いた町の外の雪原に、少女はいた。

 黄色い目をして、幾つもの死体を周りに横たわらせて、白銀を赤に染め上げていた。

 私は少女に歩み寄った。
 怪我が無いか、確認しようとした。
 されど、


 気付けば少女は私の懐にいた。


 その痛みを、その異物を感じるのに、さほど時間はかからなかった。
 右胸を貫くのは少女の細い腕。私の傷から流れ落ちていく血が黒い手袋を汚していく。
 私は見下ろしていることしか出来なかった。

 少女が腕を引いて、私の肩をとんと押す。私の身体は雪を真っ赤に染めて後ろに倒れ込んだ。

 少女は私を見下ろしながら、言う。


『ごめんな、君は彼女を肯定しているけど、ウチには否定しか無い。彼女がひとたび強く願えば、ウチが否定する。それだけがウチの役目なのさ』


 だから、ウチは君を否定する────殺す。
 少女の笑みは酷薄だった。似合わぬ歪(いびつ)な笑みだった。
 身を翻し、片手を軽く振る。

 その時、何処かで声が聞こえた。
 有間────確かに、そう呼んでいる複数の声だ。

 ああ、きっとこれは少女の名前。
 保護者が、ようやっと少女を見つけたのだ。
 これで、少女は無事にこの場を離れられるだろう。

 良かった。
 本当に良かった。
 私は助けてやれなかったが、保護者と共に逃げてくれればそれで良い。

 生きてくれ。
 彼女は生きれなかった。
 邪眼一族はその数を減らしている。
 一人になっても、必ず、生き残ってくれ。
 私は心からそう願った。


『本当に……救いようの無い善人だ、君は』


 善人?
 いいや、違うな。

 私は、無だ。

 今の私には、何も無い。



 とうの昔に、失ってしまった。



 これで死ぬ。
 けれど、どうにも気がかりだ。
 守れなかった少女の未来が。
 私が何もしてやれなかった為にその手を命で汚した、あの少女の将来が。

 嗚呼、願わくは、彼女がいつか、心から笑える居場所を得られるように。
 薄れ行く意識の中、最期まで私の頭はそれだけで一杯だった。



「今度こそ、私に君を助けさせてはくれないか」


 故に、この時を気がかりを解消する機会と思おう。
 もう一度、今度こそ、私の力で助けさせて欲しい────……。



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