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『狭間さんが私を殺して』
山茶花は、死ぬのが怖くないのか。
微笑んだまま、何でもないことをお願いするように、軽やかに言うのだ。
ティアナは彼女を見つめ、それに気付いた山茶花に笑いかけられた。苦笑めいた微笑みに、こちらの眦が下がる。
あなたは優しい人だね――――そう、言われているような気がしたのだ。
自分を取り戻した山茶花は、その雰囲気からも親しみの持てる娘だ。こんな状況での出会いでなかったら、どんなにか良かっただろう。そんな風に思う自分を、鯨も有間も、マティアス達もお人好しと呆れるだろうか。
ティアナは鯨の服を軽く引っ張った。
「……イサさん」
「取り敢えず、有間の前にあれに会わせよう」
「あれって? あ、サテ、サチェグさん?」
「……」
「……」
「……」
「……もしかして、サテグさんの方だった?」
「いや……そう言えばお前にはあ行の拗音(ようおん)までは練習させていなかったな」
嘆息混じりに言う鯨に山茶花は肩を落とす。唇を尖らせた。
「それは……だってイントネーションが違うんだもん。向こうの言葉ってあ行まで拗音にしちゃうでしょう? こっちはや行ばっかりなのに。あ、でもね、心の中だとすんなり言えちゃうんだよ。サテ……サチェグさん達の名前」
「……声を出していないからな」
「あ、そっか。確かに」
納得した様子で掌に拳を落とす。
この鷹揚とした姿が、本来の山茶花なのか。ちょっと、天然が入っているようだ。
鯨は、山茶花の状態を把握していながらも、彼女の様子に調子を乱されている。後ろからでも、困惑しているのが分かった。
反魂を完成させ、自我を取り戻した今、危険は無い。それは確かだ。だが、それでも警戒心もあるだろうし、すんなり許容出来るかと言えばそうでもないだろう。ティアナと違って鯨は物知りであるが故にあらゆる可能性を考え、用心深く行動する。
きっと、自我を取り戻したその影でまだ操られているかもしれないとか、ティアナが疑っていない分色んな危惧を抱いていて、でも山茶花の姿に戸惑っているのだろう。……なんて、ただの憶測なのだけれど。
「イサさん……取り敢えず、皆のところに戻りませんか? イサさんとサチェグさんが一緒に調べたら、サザンカがどんな状態なのかはっきり分かるかもしれませんし……」
それに私には今のサザンカが危険だとは全然思えません。
言うと、鯨が物言いたげにティアナを見下ろしてくる。
山茶花が、ティアナを窘めた。
「チ……ティアナさん。さすがに、もっと警戒した方が良いと思うよ。私、あなたを怖がらせることもしたし、あなたの大切な人にも酷いことをしたでしょう? ……私が言っちゃうのも何だけど、あなたは私を敵だと思うべきなんじゃないかな。それにほら、私死人だし。お化けだし。化け物だし。ちょっと……安易に何でも受け入れ過ぎちゃってるかなぁって思う」
「……」
私の、敵。
……確かに、そうだ。
今まで山茶花のしたことを思えば、マティアスの婚約者としてそんな風に見なくちゃいけないのだろう。
――――だけど、やっぱりそういう風には思いたくはない。
自分であなたの敵なんだよ、化け物なんだからもっと警戒した方が良いよと言う山茶花に、むしろ胸が痛む。
「……自分でも、そう思うけど。でも私、本当に今のあなたは怖くないのよ。今のあなたと最初に出会えていたら良かったなって思うくらい」
「……、ええ、と……狭間さん。この子は……とっても良い子だね」
「素直にお人好しと言って良い……」
「う……で、でも、アリマの友達なんですし、」
そこで、山茶花は笑声を立てた。
「やだな、友達じゃないよ」
「え?」
「有間ちゃんと友達だった山茶花は、もう死んでいるの」
だから、今の私は有間ちゃんの友達じゃないの。
真っ赤な目を細め、微笑む。
だが、ティアナにも明らかだった。
笑みが、ぎこちない。
これは嘘だ。
自分のしたことを思って、有間の態度を妥当だと理解して、そんなことを言っているのだ。
でも、有間は違う。
本心ではまだ――――。
「あの……」
「狭間さん、早くサチェグさんのとこに行こう。……やった、ちゃんと言えた」
両手でぐっと握って喜ぶ山茶花に、鯨は何度目だろう吐息を漏らし、ティアナを振り返った。
「……戻ろう」
「あ、はい!」
ティアナは頷く。
――――が。
「……あ!」
山茶花が不意に、何かを思い出したように声を上げたのである。
「……どうした」
「た、大変なこと忘れてた!」
わたわたと鯨の腕を掴み、自分が走ってきた方向を指差した。
「わ、私、私ね、追われていたの!」
「何に」
「妖化した神様に! この辺りまでなら来れちゃうくらいの! 今の今まで忘れちゃってた!」
「「……」」
鯨は、とうとう舌打ちし、山茶花の頭に拳骨を落とした。
「いったぁい!!」
「ティアナ殿……これを連れて、先に」
「は……はい」
……イサさん、私とここに来てから物凄く表情が豊かだわ。
だが、彼にとって不如意な状況故だろうから、手放しでは喜べなかった。
頭を押さえて小さく呻く山茶花の手を握り、ティアナは苦笑した。
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