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「――――つまり、最初からうちも山茶花も、鯨さんも駒だった訳だ」
有間は言い、近くの幹に発砲した。
彼女の力を圧縮した銃弾は太い幹を貫通し、二本目に埋まる。
更に発砲しようとしたのを、サチェグはさすがに止めた。
「落ち着けよ。そんなことしたってもうどうにもならねえんだからさ。それに、もう展開は変わっちまってる。後はアリマがどうするか、それだけだ」
有間は馬上筒を下ろし、サチェグを見上げた。
後は、有間が何を願うか、それで全てが終わる。
ヒノモトが元に戻るのを望むのか、予定通り滅ぶのを望むのを――――。
いや、そのどちらも選ぶつもりはない。
有間は馬上筒を握り締め天を仰いだ。くっと口角をつり上げる。
「……じゃあ、うちは何を願っても、それをカミサマ共が赦(ゆる)して叶えてくれるって訳だ」
酷薄な笑みを浮かべる親友に、サチェグは眉間に皺を寄せた。
「アリマ……」
「滅ぼすのは、ヒノモトなんて大きな括(くく)りでなくても良いと思うんだよね」
その科白で、聡いサチェグは察した。目を見開き有間に詰め寄った。
「おい、本気なのか?」
有間はサチェグに微笑んでみせるだけだ。口では肯定も否定もしない。だがそれこそ、むしろ揺るがぬ肯定であった。
サチェグは唇を歪め、後頭部を掻く。
確かに有間が何を思おうと有間の勝手だ。
だが、それを《奴》が放っておく筈がない。
そんなこと、女神や男神が赦そうとも、赦す訳がない。
「……もう一度訊く。本気なんだな」
問いかけた――――その刹那である。
サチェグは瞠目、即座に有間から距離を取った。
腰を低くして短剣を構える。
「お前……話聞いてたのか」
有間は、ふふ、と笑う。
瞬き一つだ。
瞼が降り、開かれた時には、
「そりゃあな。ウチは有間の中にずっといんだから」
その目は、黄色に変色していた。
‡‡‡
それは唐突なことだった。
視界が強烈な頭痛と共に暗転したと思いきや、見慣れぬ洞窟のような場所に立っている。
手にしていた筈の馬上筒も何処にも無い。
有間は周囲を見渡し、警戒から身体に力を込めた。
何者かの術によって転移させられたのだろうか。
ならば、その術を仕掛けたのは夕暮れの君――――。
「違ぇよ、有間」
「……!?」
背後。
有間は身体を反転させ身構えた。
けれど、驚愕に顎を落とす。
「は……」
目の前に立っているのは、白髪の少女だ。少年めいた、ヒノモトの衣服を身にまとっている。
背丈は有間と同じくらい。白髪も同じ長さ。両手に黒い手袋をしているのも同じ。
ただ一つ、双眼が透き通った黄色と言うだけ。
瞳の色を除けば、その少女は有間そのものだったのだ。
どういう、ことだ。何で、こいつ……うちの同じ姿を。
夢か幻覚でも見ているのか?
有間は困惑し紫の瞳を揺らす。
黄色い目をした、有間と瓜二つの少女はにっこりと、少年のような笑みを浮かべて見せた。
「ウチにとっては違ぇんだけど、初めまして、有間。ウチは狩間」
「かる、ま……」
名前を繰り返し、渋面を作る。
初めまして。
……初めまして?
初めましてと、言えるのだろうか?
かるま、カルマ、狩間。
この名前を口にすると、親しみを覚えてしまうのだ。
狩間と会った覚えなんて無いのに。会えば衝撃的すぎて覚えている筈だもの。
だのに、随分と前からの付き合いがあるような――――否、長く寄り添った姉妹であるかのような、そんな錯覚に襲われる。
どうして、そんなことが。
自身に芽生えた感情が理解出来ずに顔を歪めると、狩間は「まあ無理もないわな」と肩をすくめ苦笑を浮かべた。
「ウチは、お前に認識されると消えてしまう。そうなるとお前の命が危うくなる。だからウチも、皆も、ウチの存在はひた隠しにしていたんだよ」
「……皆?」
「ティナ――――ティアナ達。記憶に違和感を覚えるところ、幾つかあっただろ? それは皆、ウチだった時の記憶。ついでに言えば、東雲朱鷺(しののめとき)を殺した時も、ウチだった」
ウチは、お前が宿す強大に過ぎた力の調整役として、ずっとお前の中にいた。
とんでもないことを笑って暴露する狩間に、有間は絶句する。
そんなの、全然知らなかった。いや、狩間に言わせればそれが本来在るべき状態だったのだろう。
自覚出来ていないだけで、混血の潜在する力は非常に厖大(ぼうだい)で、暴走すればとても危険なものであるとサチェグは言っていた。
その調整役として、この狩間が存在していたのなら、有間が認識した途端に存在を失ってしまうのなら、知らなくて良かった。
だが、そうなると今危険な状況であるということではないか?
青ざめた有間に狩間は宥めるように言葉を続けた。
「錫だよ。あいつを式にし、封印を解いたことでウチの役割があいつに奪われた」
「錫……あいつが?」
「錫はこの太極変動の中、お前の力を吸い取って自分の体調を維持してる。元々、そういう使われた方をしていたんだろ。身に余る力を持って産まれた子供に力を吸収する式を付けるのはよくある話だ。特に錫は邪眼の力を吸い慣れてる。自分の雷撃に変換して使役出来る程に。おまけにこれまでずっと力に干渉してウチが出てくることすら阻んでやがった。あいつのお陰でウチの存在に意味が無くなって、本体に帰る他無ぇよ」
狩間は笑ってはいるものの、錫に対して苛立ちを覚えている。金色にも見える目だけが笑っていない。
「……本当に、サチェグの所為で展開が壊れちまってら。錫だって、本当はサチェグの力に覚えがあったからお前らに近寄ってきてたんだぜ? それを、サチェグの野郎……こうなることを分かってて式にさせやがって。そんなにウチらが嫌いなんかねぇ」
長々と嘆息して見せ、狩間は有間に歩み寄る。
手を伸ばし、頬に手を添えた。氷が直接触れているみたいに、酷く冷たい。
狩間は笑顔を浮かべたまま、有間を見据える。
「有間。確認する。……お前、ウチらを滅ぼす気か?」
ウチら……。
一瞬何を指しているのか分からなかった。
けども狩間が有間の中にいるのだとしたら、有間の選択を知っている。
ということは――――。
「消すよ。お前も、他の奴らも。うちがそうしたいから」
狩間は片目を眇め、有間から離れる。
「そっか……残念だ」
舌打ちし、片手を薙ぐ。
生じた微かな風を顔に感じた瞬間――――有間はその場に倒れた。
あれ……?
痛みは無い。怠さも、何も。
ただ、身体に少しも力が入らない。
狩間は有間に背を向け「残念だ」もう一度繰り返す。
「なら、ウチが――――この暁が、君になるよ」
有間として、最期だけでも元に戻そう。
その言葉を聞いた刹那、意識が一瞬で黒に塗り潰された。
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