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 一口食べるだけで、全身に力が漲(みなぎ)った。
 やはり力の強い術士を食らうのが、この身体を維持するのには一番良い方法だ。
 揺らいだ自我が戻ってくる。

 美味しい、美味しい、美味しい。
 嗚呼、なんて美味しいの。
 力に満ち満ちた処女の肉は、老いてなお甘く、芳醇な香りが食欲をそそる。

 なんだ、最初から、この姉妹を食らえば良かったではないか。
 どうして最初から気付かなかったのか。私、馬鹿だ。
 骨を砕き、嚥下する。
 これは確か、姉の方だ。
 妹は端に転がっている。後で彼女も食べよう。食べたらきっともっともっと身体は安定する。
 安定すれば、本来の自分を取り戻せるような、そんな気がする。

 取り戻したら、今度こそ、目的を果たすのだ。

 目的を。

 目的を……。

 目的、を……。

 ……。

 ……。

 ……目的?

 はて、目的とは何だったか。
 私は何の為にここにいるのだったか。
 どうしてこんなにも必死に身体を安定させようとしているのだったか。
 分からなくなっている。
 自我が乱れているからだ。

 じゃあ、二人共食べたら、きっと分かる。

 そう思い、再び老女に食らいつく。煌びやかな絹の衣は血に染まり、元々どんな色をしていたのか分からなくなっていた。
 次第に無心になって、着実に人一人を胃の中に収めていく。
 早く自分を取り戻したかった。そうするべきだと、心の中で強く思う。
 だから、咽が傷つくのも構わず骨も半端に噛み砕き嚥下した。

 姉が終われば、次は妹だ。
 腹が膨れ、満腹を越えて許容量が越えても、妹も全てを食らった。
 食らえば食らう程身体が確かに人として安定していく。
 意図的に半端に蘇らされた身体が、今になってようやっと完全な反魂を完成させる。

 最後に妹の眼球を丸飲みにした彼女はうっとりと目を細め――――瞠目。


「……あれ……? わ、たし……私、は……あれ?」


 私……違う。

 私、どうしてここにいるの。
 私、どうしてこんなことをしているの。
 己の身体を見下ろし、大理石に床に広がる真っ赤な衣と真っ赤な血溜まりに息を呑む。


「わ、たし……?」


 ぞっとした。
 何をしているの、私。
 何で人を食べたの私。
 そんな、化け物みたいなこと、どうして、したの。


「……ああ、何を言っているの私」


 ……本当は、ちゃんと分かっているじゃない。

 身体を安定させる為だ。

 あの人は、私を中途半端に蘇らせて、それを妖やその辺の術士を食らわせて身体を維持させて――――そうやって《私》を《私》じゃなくさせていた。
 自分の思い通りに動かす為に。

 私が反魂に応えた理由が、彼女の目的とは関係無いから。
 私の望みが、自分の目的には邪魔なものでしかなかったから。
 私をある程度壊したかったのだ。
 それは、本当なら戻ることは無かった。彼女に見せられた本来在るべき流れの中で、壊れたまま友人の前で殺されて――――その所為で友人がヒノモトを滅ぼすのだ。

 でも、今や流れは違う方向へ進んでいる。
 私を取り戻したのもそれが原因。
 じゃあ、彼女はあの子にどうやって終焉を決めさせる?

 ……ううん、彼女じゃないわ。
 あの子には、彼女と同じ終焉を見守る存在がいる。彼があの子を動かして終焉を無理矢理に決めさせるかもしれない。


「……駄目」


 そんなの、絶対に駄目。
 あの子がヒノモトを滅ぼすなんて、絶対に駄目。
 だって、私の願いは、全然違うもの。

 私は――――私は、


「行かなきゃ。私……有間ちゃんを、守らなきゃ」


 私を取り戻した。
 ヒノモトは闇の女神の夢とは違う展開を見せている。
 だったら――――私は私として動いても良いよね。

 最期くらい、私の願いの為に動いたって、良いよね?
 有間ちゃんの為に、何かしてあげたって、良いよね?

 たとえ有間ちゃんにとっては私は過去で、どうでも良い存在だって。
 たとえ今の私が化け物で、有間ちゃんに人間として見られていなくなっていても。

 私にとっては、大事な大事な友達だから。

 今更、赦されないのは分かっている。

 でもせめて有間ちゃんと狭間さんの未来を守ることで、少しでも償いたいの。
 きっとヒノモトの外で有間ちゃんは幸せだったんだろう。だから、私に対してあんな風に怯えることが出来たんだ。怯えを見せられる人達が、いるから。

 有間ちゃんは生きている。
 でも、私は遠い昔に死んでいる。なのに蘇って、簡単に壊れて、ヒノモトにも、有間ちゃんにも苦しい思いをさせて、迷惑なんて言葉では足りないことを沢山して。
 ヒノモトはもう元には戻らないだろう。太極変動ももう取り返しのつかないところまで進んでいる。

 せめてせめて、私は有間ちゃん未来だけは、守りたい。

 確か、ティアナさん、アルフレートさん、サチェグさん。
 有間ちゃんと、有間ちゃんの周囲の人達だけは。

 そうして、ほんの少しでも、償いをしなければならない。何もしないよりは、きっと良い。
 決然と立ち上がり、窓へと駆け寄る。
 窓の桟に手をかけたところで血衣を振り返る。

 申し訳なさそうに眦を下げ、くるりと向き直る。


「これで赦していただけるとは思っていませんが……ごめんなさい。この責めは、地獄で必ず受けます。他の方々の責めも、勿論。ですからどうか、今は有間ちゃん達の所へ行かせて下さい」


 深々と一礼し、今度こそ窓から飛び降りる。

 二度目となった王城の敷地内から城壁を越え、人の姿の無い城下を一心に駆け抜けた。



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