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 今は昔の物語

 記されもしない村の
 鬼子と鬼の 悲しいお話

 忌み子の私は 金髪赤目
 いっつもいっつも 虐められて
 身体も心も 傷ついて
 泣き方すらも とうに忘れた
 笑顔すらも とうに忘れた

 何がいけないのか 分からない
 許されぬ命なら 何の為に?


 拙(つたな)い歌だ。
 高いソプラノの歌声は、覚えのある歌詞を旋律に乗せる。下から聞こえる。
 有間は手すりから身を乗り出して庭園を見下ろした。

 瞠目。


 いっそ 捨ててしまおうか
 許されないなら 意味が無い
 意味が無いなら 価値は無い
 「ごめんね ごめんね ごめんね」
 謝られたって 変わらないのにね
 母さん 私はどうして 人に生まれたの?

 「キミは 優しいね」
 そんな言葉を かけてくれたのは
 人では なかったわ


「な、ん……?」


 何で、お前が。
 何で、ここに。

 庭園にぽつねんと佇む娘がいる。城から漏れる明かりに照らされた、有間とほぼ同じ体型の娘だ。真っ赤な髪は後頭部の高い位置で一つに束ねられ、肩胛骨の辺りまで流されている。
 こちらを見上げる彼女のかんばせに、心臓を鷲掴みにされたような心地に息苦しさを感じた。

 赤髪と同じく艶やかな柘榴石の双眸がこちらを捉え、笑っている。


「なん、で……ここに」

「アリマ?」


 歌が止む。
 娘はこちらに両手を広げて首を傾げて見せた。

 ひゅ、と息を吸って身を翻した。


「待てアリマ!!」


 アルフレートが追いかけてくるが、構わずに会場に飛び込んで不審の目も意に介さず駆け抜けた。
 慣れない下駄に痛めた足を無視して城を飛び出し庭園へと入る。だが、バルコニーの下に至ってもその姿は見られなかった。
 周囲を見渡し赤の娘を捜す。

 歌はもう聞こえない。
 まるで幻影だったかのように、跡形も無く消え去っている。

 何なんだ、一体……!
 どうして彼女がここにいるんだよ。
 ……いや、気の所為なのか? あれは、邪眼一族の記憶を手繰っていた自分が見せていた幻覚?

――――そんな筈がない。

 だって、うちは。
 うちはあいつが《成長した姿》を知らないもの。


「……何なんだよ、本当に――――」

「有間ちゃん」


 背後。
 有間は弾かれたようにその場を退いて振り返った。

 何処にもいなかった赤の娘が、そこにいた。



‡‡‡




「いつの間に……!」

「いつの間に? さっきからずっといたよ」


 くすくすと娘は笑う。
 有間はその娘をまじまじと見つめた。
 見れば身る程面影が見て取れる。幼い頃の面影が。


「どうしたの、有間ちゃん」

「……何であんたがいるのさ」


 あんたは、死んだ筈じゃないか。
 そう言うと、娘はまた笑った。


「おかしな有間ちゃん。私は生きてるよ。よく見てよ」


 くるりと一回転して見せ、娘はおかしそうに言う。まるで最初から俺が生きていたとでも言わんばかりに堂々とした風情である。
 それに違和感を感じ、有間は娘から一歩離れた。

 娘は首を傾けて、有間へと近付いてきた。

 と――――。


「アリマ!」

「うわっ」


 後ろから肩を掴まれぐいと引き寄せられた。
 アルフレートだ。娘を警戒し、有間を背に庇う。

 娘はアルフレートに睨まれてもきょとんとした様子で、瞬きを繰り返した。けれど二人を交互に見て、くすりと笑った。


「何だ、有間ちゃん。好(い)い人見つけたんだ。素敵な人だね。良かった。幸せそうで安心した」

「お前は……誰だ?」

「私? 私は――――」

「有間様! アルフレート殿下!」


 一瞬であった。
 娘の背後から現れた人影が彼女に斬りかかった。

 目に映ったのは真昼の空の色。
 爽やかな色合いを見た瞬間、心に気持ち悪い嫌悪感が吹き出した。

 娘は空色から放たれた白刃を軽々と避けて、さっきまで有間がいたバルコニーに上ってしまった。

 有間が前に出ようとしたのをアルフレートが制する。


「有間ちゃん、私ね、力を手に入れたの! とっても強くて大きな力! これで、皆の仇を取るわ」


 喜々とした声は冷えた空気を震わせ、周囲に響き渡る。


「贈眼一族の存在は間違ってはいなかった。正当性を踏みにじったのは人間だったのよ! 私達贈眼一族は闇の女神がこの世に遣わした監視者だった。それを光の男神の恩恵すらも蹂躙する貪欲な人間達が捻じ曲げたの。正当なのはこちら。なのに皆、皆みんな殺された。汚い、忌むべき一族として! 今こそ、仇を討つと共にヒノモトを粛正するのよ。その為に私は力を手に入れた。すでに同士も沢山いる。皆を弔う為に私はヒノモトを汚すだけの汚物を殲滅するわ! 有間ちゃん、それまで待っていて!」


 演説でもするかのように高らかに告げ、娘はまた跳躍する。屋根に上って建物の向こう側へと駆け出す。
 有間はアルフレートを押し退けて声を張り上げた。手を伸ばした。


「待って!! 山茶花(さざんか)!!」


 雪に映える真っ赤な花の名を、彼女は叫んだ。



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