病院 | ナノ

ろく







 女児から佐代子を助けてくれた少女は、恐らく蘇双達と同じ種族の人間なのだろう。彼女の掌の上に浮かんだ炎の照らす頭には、彼らと良く似た猫の耳が付いていた。

 佐代子に駆け寄ったエリクとみおに大丈夫だと伝え、彼女を仰ぐ。

 金と黒の双眸は不機嫌そうに歪み、三人を見下ろす。
 そして徐(おもむろ)に背後を振り返り、「もう良いよ」と。
 すると、ぱたぱたと駆け寄ってくる足音がする。少女が呼んだのだから多分、化け物ではない。

 やっぱり、まだ他にもここには人がいるのだと再確認した佐代子の横で、みおが立った。何事かと問う前に足音に向かって駆け出した。


「あ――――」

「――――わっ、え、澪!?」


 その声はまた、佐代子と歳の近そうな、少女のものだった。
 ややあって、澪(みお)の声が聞こえる。「さゆき、さゆき」と少しだけ弾んだ声で繰り返していた。
 さゆき――――それが、彼女の名前らしい。

 エリクに手を引かれて立ち上がると、澪とさゆきが少女の持つ明かりの範囲に入った。
 澪の知り合いなだけあって、彼女もまた時代を感じさせる身形(みなり)をしていた。


「封蘭ちゃん、大丈夫?」

「だからちゃん付けは止めろっての、気色悪い」


 嫌そうに顔をしかめる少女――――封蘭。
 さゆきは封蘭のけんもほろろな態度に苦笑しつつ、己に抱きつくみおの頭を撫でながら佐代子達に会釈した。


「わたしは彩雪って言います。澪の面倒を見てくれてありがとうございました」

「あ、いえ。私は山代佐代子と言います」

「僕はエリク。君達も僕達と同じ、気付いたらこの建物にいた人達、って判断しても良いのかな」

「はい。目が覚めたら、封蘭ちゃんと一緒の部屋で寝てて……」


 封蘭は腕組みして右足に重心を寄せた。苛立たしげに周囲の様子を気にしている。未だ化け物が近くにいるのだろうか。

 そんな彼女に、エリクが声をかける。


「ホウラン、君はソソウ、チョウヒと言う人を知ってるかな」


 封蘭の耳がぴくりと動いた。エリクを瞥見(べっけん)し、再び闇へと戻す。


「……同族」

「そうか。良かった。さっきその二人に出会ってね。お互いの仲間に会ったら捜していると伝えることにしていたんだ」


 封蘭は舌打ちした。


「……別に仲間じゃないし」


 低く唸るように返す封蘭は、彩雪を呼んで歩き出した。


「あんたの仲間は見つかったんだから、一緒に行動する理由は無いだろ」

「え、でも、幽谷と劉備って人を捜すんでしょう? わたしも手伝うよ」

「要らなーい。足手まといだし」


 封蘭はすげなく片手を振ると、不意に足を止めて、エリクを振り返った。


「そう言えば、ルシアとアルフレートって人が、クソムカつく腹黒男と一緒にいたよ。そのまま真っ直ぐ言ってれば会えるんじゃない?」


 それだけを残し、封蘭は闇の中に姿を投じた。
 彼女なら大丈夫かもしれないけれど……心配だ。


「大丈夫かなぁ、封蘭ちゃん……」

「あの子、一人にして良いんですか?」

「化け物を倒しちゃうし、問題は無いとは思うんだけど……でも、わたしより小さいし、」


 心配、かな。
 わたしは足手まといなんだけど、と苦笑を浮かべて肩をすくめる彩雪に、佐代子は首を左右に振る。無力で足手まといなのは自分だ。さっきだって、女児に足を取られて転倒した。封蘭が助けてくれなかったらどうなっていたか……考えるだけでもぞっとする。
 スカートの埃を払って、佐代子は封蘭の示した方向を見やった。
 このまま真っ直ぐ行けば、ルシアとアルフレートと言う人、そして腹の黒い男の人がいるかもしれないって言っていた。

 エリクの知り合いかもしれない。
 彼の様子を窺えば、佐代子と同じようにそちらを見据えていた。


「エリクさん。あの、お知り合いなら、行きますか?」


 エリクにそう訊くと、彼は申し訳無さそうに頷いた。


「……ごめん、そうしたいな。腹黒男は知らないけど、ルシアとアルフレートは兄弟なんだ」

「そうなんですね。……じゃあ、離れないうちに急ぎましょう。今度は足手まといにならないようにがんばります。彩雪さんと澪も、一緒に行きますよね」

「あ、うん。まだ見つけていない人達がいるから、二人が良かったらわたし達も一緒に行きたいけど……」

「僕は構わないよ。危険だと分かっていて、戦えない女の子を放っておくことは出来ないし」


 エリクがにこやかに承諾すると、彩雪は安堵したように微笑んだ。


「ありがとう」


 澪が首を傾げ、彩雪から離れる。彼女の手を握った澪は、佐代子にももう片方の手を差し出した。手を握ろうと言うのだろうか。

 佐代子は何だか少しだけ嬉しくてそれを握り、澪の頭を撫でた。



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