ご みおはとても自由な娘だった。 外見的にはエリクや佐代子と変わらない年齢だと推定されるのだが、精神はまるで幼い子供だ。何かに興味を持てばすぐに飛びつくし、気分で何処かに行ってしまおうとすることも屡々(しばしば)。 佐代子とエリクで何とか制御しているのだが、こちらもみおにばかり構っていられない。化け物はいるし、探索して手がかりや蘇双達の仲間を見つけなければならない。 佐代子はしっかりとみおの手を握ってナースステーションの中にいた。何故か、手術道具や何かの薬瓶――――ラベルにアルファベットで名称が書かれているようだが、所々が掠れてしまって読めなかった――――が転がっているので、みおが不用心に触らないよう探索はエリクに任せて佐代子は周囲の警戒と、みおの制御を担っていた。 みおは開いた片手をぱたぱたと動かし、退屈そうにしている。部屋を探るエリクを羨ましそうに見つめていた。だが、危険なので許可は出来ない。 「エリクさん。何かありましたか?」 「……これ、読めるかい?」 エリクが佐代子に手渡したのはカルテだ。難しい専門用語ばかりだが幸い日本語で書かれてある。ただ、患者の名前や住所などは掠れて分からない。辛うじて、五歳の女の子であることだけが分かった。 それを読んで、佐代子は目を細めた。 「この五歳の女の子……交通事故で脳に大きな損傷があってそのまま亡くなってしまったみたい、ですね。……すいません。私もこのくらいしか。それに、これが正しいのかも判然としないです」 「良いよ。手がかりになりそうにないし、どうやら外れみたいだ。これだけは読めそうだったんだけどね、他はもうほとんどが汚れていて解読は無理そうだった。ああでも、地図は見つけたよ。勿論、僕には読めないから君頼みになってしまうけれど」 エリクは佐代子に病院の各階の地図数枚を手渡し、ナースステーションを出ようとする。 が、足を止めて足早に佐代子達の方へ戻ってきた。問いかけようとすると口を塞がれて控え室の方へ強引に入る。扉を閉め、施錠した。 緊迫した面持ちに、佐代子はみおを抱き寄せて扉を見つめた。 すると、小さな足音が聞こえてくる。裸足で走っているようなそれは恐らく子供のものだろう。 子供の化け物までいるのね……。 子供もおぞましい姿をしているのかもしれない。 こんな惨い世界、早く脱出したい。 ――――コンコン、コンコン。 『だれかいるの?』 「……っ!」 「うぎゅっ」 強く抱き締めてしまった所為でみおが苦しげな声を漏らした。 咄嗟に弛めても時すでに遅し。 『だれかいるのね?』 いけない。 バレてしまった! エリクが側にあったモップを手にして身構える。 佐代子はみおと共に壁際に寄った。 『かぎなんてしめないでよ。かぎなんて――――』 あたしたちにはいみがないんだよ。 聞こえたのは、すぐ側。 佐代子は凍り付いた。 さっきまで扉の向こうから聞こえていた筈の、声。 それが間近で……? 駄目だ、首が回らない。 防衛本能が認識を拒絶している。見てはいけないと警告する。 みおが身動ぎした。激しく暴れ出すのに反射的に視線を落とし――――。 見た。 「みぃつけた」 みおの足に絡みつく、女児を。 彼女の頭は、球体ではなくなっていた。 「っいやあああぁぁぁぁ!!」 「あはははははははははっ」 佐代子の悲鳴に女児の笑声が重なる。みおの足を揺さぶって遊ぶ。 駆け寄ったエリクがモップを振り上げて女児の頭を殴打した。一瞬だけ、エリクの顔が悲しげに歪んだ。無理もない。 女児は悲鳴を上げると頭を抱えて床を転がった。いたいよ、いたいよと泣き声混じりに呻く。 「ひどいよぉ……ひどいよぉ……」 罪悪感を煽る姿だ。だが、今は恐怖しか浮かばない。 エリクに手を引かれて控え室を飛び出した。 三人で廊下を駆け抜け、女児から逃げる。 が、しかし。 「だーめ、だよ」 「ひっ!?」 足に冷たいモノが巻き付いた。 佐代子はバランスを崩した。咄嗟にみおとエリクの手を放せたのは不幸中の幸いだ。 「っきゃ……!」 「サヨコ!!」 「つーかーまーえーたー」 振り返った彼女は、無邪気で残酷な、毒花のような笑みを浮かべていた。 「い、ぁ……っ」 嫌、嫌、嫌。 嫌……!! また悲鳴を上げかけた、その時である。 「はい退場」 横から伸びてきた華奢な手によって、女児はいとも容易く剥がされた。 女児は驚いたように視線を上げ、悲鳴を漏らした。恐怖に強ばった彼女の身体が薄れ、見えなくなる。 佐代子は手を辿り、あっと声を漏らした。 金と黒。 猫のような大きな目が、不機嫌そうに佐代子を見ていた。 その頭頂には、黒髪と同じ、黒い猫の耳がぴくぴくと震えている――――……。 . <<|back|>> |