なな 「ああ、すみません。貴女方が、澪や参号さんと一緒にいらっしゃったのですね」 「本当にありがとうございました」と佐代子達に頭を下げる僧形の男性は、人徳の滲み出た真綿のような笑みで源信と名乗った。 僧形だけれど……、頭の半分は髪の毛がある。特徴的な髪型の僧侶だった。しかし、それが奇抜にも思えないのは、雰囲気が柔和で、一切の悪を感じさせないからだろうか。 佐代子も怖ず怖ずと言った体で自己紹介をして、源信にひしと抱きついたまま動かない澪を見下ろす。 彩雪よりも力強いようだ。余程懐いているらしい。 濃紺の法衣に顔を埋めて何も話さない澪に、源信は佐代子に苦笑して見せた。 「すみません、暫くは、このままかと……」 「源信さんに会えて良かったね、澪」 「エリク様も、山代さんも、参号さんも、わたくしの代わりに澪を見ていて下さって本当に助かりました、この子は、興味があるものにすぐに飛んでいってしまいますから……」 確かに。 源信《達》に会うまでに彼女には振り回された。彩雪――――彼女はなんと式神で、仲間には参号と呼ばれているらしい――――は慣れていたけれど、佐代子はいつ何に興味を持つか予測出来なかった。駆け出した彼女を追いかけて、新しい化け物に遭遇しかけたのには、本当に心臓が止まるかと思った。 苦笑を返して曖昧に返事をすると、源信の後ろにいた三人の男性が口を開いた。うち二人はエリクを見た途端に驚いていたから、恐らくは彼がルシアとアルフレートというエリクの兄弟なのだろう。 「おい、あんた。エリクと一緒にいるの疲れたろ」 「ちょっと、それどういう意味?」 エリクが目を細めて声を低くする。見た目とは裏腹の威圧でおどろおどろしいモノを孕んだ声に、佐代子もびくりと身体を震わせた。 ルシアは目を逸らし、 「あー……、あ、オレはルシア。んで、こっちがアルフレートな」 話を強引に戻す。 アルフレートは、佐代子よりも年上の男性であった。 隻眼で細身ながらに晒された二の腕には筋肉の凹凸がくっきりと。運動する人なのかもしれない。 だが、兄妹という割には、あまり似ていないような気も――――。 と、無駄な勘ぐりをしようとした己を叱る。こんな状況で他人の詮索なんてしている場合ではない。 心の中でかぶりを振って思考を切り替え二人に名乗った。 ――――となれば。 封蘭の言っていた『腹黒男』はもう一人の男と、この目の前の僧侶ということになるのだが……。 多分後ろのあの人だ。源信さんはきっと違う。 底の見えない笑みを浮かべるもう一人の男性を見やり、佐代子は心の中で断じる。 腹黒男に頭を下げると、丁寧に拱手(きょうしゅ)をされた。 「あの、」 「こんにちは、お嬢さん。私は恒浪牙と申します。腹黒男です」 「えっ」 佐代子は顔を強ばらせた。 まさか読心術! 青ざめて後退する彼女に、恒浪牙はくすくすと笑う。己の唇を人差し指を叩き、「動いていましたよ」と。 ああ、読心術でなくて読唇術……。 口を片手で覆い隠し、罰が悪くて目を逸らす。 「……す、すいません」 「いいえ。よく言われますから。私自身否定もしませんし」 おどけたように肩をすくめ、彩雪にも名乗る。 そして――――。 「では早速、そこにいる化け物さんにも出てきていただきましょう」 「「「は?」」」 「おや、気付いておられなかったのですか。私とアルフレート殿らが合流してからずーっと私達の後をつけてきていましたよ」 「ねえ?」と同意を求めて後方を振り返る。片手を動かすと、周囲に電気が灯ったように明るくなった。 アルフレートが咄嗟に佐代子達を背に庇って双剣を抜いたのにぎょっとする。 それと同じくして、廊下の奥から急速に接近してくる黒い塊があった。 それは下半身だけだ。 腰の辺りから引き千切られたような切断面から腸をだらりと垂らし、激しく振り乱して液体を撒き散らしながら走ってくる。 彩雪がひっと咽をひきつらせた。 佐代子は声すらも出ない。 逃げようとした足はしかし、その場に縫い止められたように動かなかった。 「はい、じゃあ私が倒しちゃいましょうねえ」 逼迫(ひっぱく)した状況下で、恒浪牙はのんびりと鷹揚に言う。 悠然とした足取りで接近する化け物に歩み寄り、 ――――拳で殴打した。 「ええ!?」 頓狂な声を上げて彩雪の腕を握る。 けれども彩雪も唖然と顎を落として恒浪牙を見つめていた。 恒浪牙は《にこやか》に倒れた下半身を踏みつけた。ぐちゅりと嫌な音がする。 ルシアが、感嘆混じりの言を発した。 「本当にまあ……よく素手で触れるよな、あんた」 「だって得物出したら怯えてしまうじゃないですか。あなたも戦いていたくせに」 「何処からともなくえげつない武器出されたら誰でも怯むっての! つか、その姿でも十分怯えられてるだろ」 「……おや、これは申し訳ありません。失念しておりました。そうでしたね。これは恐ろしいですね。いや、今まで出会ってきた女性達の性格が、皆《アレ》でしたので、私も常識が抜けておりました」 化け物を踏み締めたまま、また柔和な笑顔で謝罪してくる。だが余計怖い。 佐代子は口端をひきつらせて首を左右に振って見せた。だが、絶対にその女性達の所為ではないと思う。 「ではさっさと燃やしてしまいましょう」 「それではわたくしは先程見つけました広間に参ります。女性の方々もお疲れでしょうし、双方の状況を確認する場も持ちたく」 源信が澪の頭を撫でながら言うと、恒浪牙は了承した。 「はい。分かりました。私はこれを片付けてから参りますね」 源信は苦笑し、佐代子達を促した。 その、心底から信頼出来る慈父の如き笑みに、恐怖に高まった緊張が少しだけ解れるのが分かった。 . <<|back| |