和泉からは沢山の香と食べ物の匂いがした。宴と言っていたし、どうやら二人は美味しい物を食べてきたらしい。
 澪はくんとライコウの袖を引っ張る。澪が気付くと分かっていたらしい二人はそれぞれ唐菓子(からくだもの)をくれた。

 唐菓子をもごもごと食べながら源信の側に戻ると、和泉は仕事人を見渡し微笑む。


「全員いるようだな。みんな、遅くまでご苦労だったね」


 彼の労いの言葉に、彩雪がほっと肩から力を抜くのが見えた。心無し、疲労が一番濃く顔に現れているように見える。それに、何処か妙だ。何かが残っているような、漠然としたものに澪は首を傾ける。
 澪はぱたぱたと彩雪に駆け寄り、和泉達に貰った唐菓子を一つ差し出した。


「え? くれるの」


 無言でじっと見つめると、彩雪は相好を崩して「ありがとう」と唐菓子を受け取る。
 彩雪が大事そうに両手に持つのを見届けて、少し離れた柱に寄りかかる晴明にも差し出す。様子がおかしいのは、彼もだった。
 晴明は目を細め、無言でそれを取り上げた。

 それもちゃんと視認して元の場所に戻れば源信に頭を撫でられた。褒められているのが分かって、澪は源信を見上げながら僅かに目を細めた。


「それじゃあ、みんな怪我もないみたいだし、早速、晴明から順に今夜の報告をしてもらえるかい?」


 晴明は億劫そうに溜息を付いた。


「確か、一条戻り橋で続いていた、変死について……だったかな?」

「あぁ。男のみ変死する――――という異様な事件だ」


 曰く。
 この異変は神器をは違う力の働きで起こっていたものだという。
 長い年月の中川を流れて一条戻り橋の下に溜まった女の怨み。それに幾つもの念が交じり合って神をも狂わせた。

 その《神》こそが、澪の言っていた『女様』だったのだった。


「瀬織津媛(せおりつひめ)……、穢れを祓う祓戸大神を飲み込むほどの念とはな。男に捨てられた女の怨みとは、ずいぶんと恐ろしいものだ」

「……なるほど、だから変死していたのが男だけだったんだね。澪の『女様』も、瀬織津媛のことだったのか」

「とはいえ、怨みは浄化し、瀬織津媛も正気に戻っているようだったからな。もう、あの場で変死は起こらんだろう」

「そう。……まさか、原因が神様だとは思わなかったけど、よくやってくれたね。ご苦労様。参号も」


 にこりと彩雪にも労いの言葉をかけると、彩雪はふるふるとかぶりを振った。申し訳なさそうに晴明を見やり、床に視線を落としてしまう。
 それに不思議そうに首を傾げた和泉は、晴明を見やって視線で問いかけた。が、晴明はすでに目を伏せ、口を開くつもりはないらしい。

 和泉はやむなく、次の報告を促した。

 報告をする気が無い壱号の代わりに源信が、あの異国人のことを話し出す。
 男が羅城門に住まうことになった経緯は勿論、澪が彼に飛びついたのも、そして彼がすでに死者であったこと、成仏する間際に澪に双六を与えたことを、沈痛な面持ちで語った。
 その内容に、和泉も伏せ目がちになり、かんばせに暗鬱とした影を落とした。


「彼にはずいぶん、苦労をさせてしまったようだね。できれば彼が生きているうちに会いたかったものだ」

「えぇ、いつごろ亡くなられたのかも定かではありませんが、残念なことですね……」


 源信がちらりと澪を見やる。
 澪は、異国人の話になってから、ずっと双六盤を見つめていた。双六盤で、いや、他の遊びでも『光の人』と遊びたかったのだ。

 吐息を漏らした壱号が近付いて頭を撫でるのに、澪は双六の馬を掴んで壱号に見せた。


「明日な」

「……ん」


 こくりと頷く。
 名残惜しげに双六盤の上に馬を戻した澪は、和泉と源信を見やった。

 それに笑いかけ、源信達にも労いの言葉をかけた。

 今回も、神器は全く関係無いもので。
 ただ幸いなのは沙汰衆に会わなかったことだろうか。


「とはいえ、それを一概には喜べないのが現実だけど」

「え……?」

「あんまり考えたい話ではないけど、神器がすでに沙汰衆のところにあるっていうおそれも皆無じゃないからね」


 途端、緊張に周囲の空気が張り詰めた。

 彩雪の顔が目に見えて青ざめる。
 見つかったから今回会わなかった――――そう考えることも出来る。
 先を越されているとするなら、それは由々しきこと。楽観して構えてはいられなかった。

 戦慄する彩雪に和泉は苦笑し、場を切り替えるように軽く両手を叩いた。


「それじゃあ、解散……っといきたいところだけど、もう少し時間をもらえるかな?」

「まだ……何かあるの?」

「ああ、確か夕方に集まった時に言ったはずだけど、平貞盛に書状を出しておいた。その返事が先ほど届いてね。それによって、明日の指針も変わることになるからちょっとだけ付き合って欲しいな」


 ごめんねと言いながら袂から文を取り出す。
 それを開いて仕事人達を見渡した。


「じゃあ、簡単に内容を説明するね。……残念だけど、剣は貞盛のところにもないみたいだ。将門を討った後に、剣の捜索はしないみたいだけど、見つからなかったらしい」

「……そうか」


 剣の所在は分からぬまま。結局は骨折り損だ。
 晴明が僅かな落胆を見せる。


「それで、情報……と言っていいのかどうか、微妙なところだけど、神祇官大中臣(おおなかとみ)氏から、神器は神器を持つ者の元に集まると言う話を聞いた。まぁ、ひとつでも見つかれば、後は自然と集まってくる……、って言われても、そのひとつを見つけるのが大変なんだけどね」

「じゃあ、これからどうするんだよ?」

「もちろん、これからも神器の捜索は続けるけど、いかんせん手がかりが途切れちゃったからね。とりあえず、今までと同じように怪しい気配があるところを調べていくことにはなるけど、これからは鏡の捜索に力を入れていこうと思う。宮中で保管されていた記録が、神器の中では一番最近まで残っているからね」


 鏡……八咫鏡(やたのかがみ)。

 澪はぼんやりと和泉の言葉を聞きながら、頭の中に引っかかりを覚えた。今まで聞いても感じられなかった筈のささやかな引っかかりだった。
 それが何なのか分からずに首を傾げると、理解出来ずにいると思われたか、「お前はぼけっとしてて良い」と壱号に辛辣に言われた。


「それじゃあ、そろそろ解散しようか。みんな、ご苦労様、気をつけて帰ってくれ」


 和泉の言葉に颯爽と部屋を出たのは晴明だ。その後に壱号、そして慌てて彩雪も駆け寄った。

 その後ろ姿を見ながら、澪はまた首を傾げた。
 ……そう言えば、夕方集まった時はいた筈の弐号がいない。帰ったのだろうか。
 今更ながら、そのことに気が付いた。



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 オチは和泉にします。

 恋愛系に行けるの? なんて思ってらっしゃる方もいるかと思いますが、今のところ予定ではちゃんと行けます。……予定では。



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