日が沈んだ頃に、仕事人達は仕事寮の地下に集結する。


「全員集まったようだから、そろそろ状況の説明をしようか」


 全員を見渡し、和泉は微笑んだ。

 やおら頷いた源信の隣で、澪は弐号をがっちりと捕まえ柔らかな羽を噛んでいた。さっきまで唐菓子を食べていたというのに、もう口寂しくなっているようだ。
 源信はその常なる姿に一人安堵しつつ、和泉の言葉に耳を傾けた。


「まず、昨日話題にのぼった平貞盛には書状を送っておいた、そろそろ返事が届く頃だと思うけど、今の時点だと特に情報はないからね。昨夜と同様に怪しい場所を調べてもらう」


 いつもの通り、本日の密仕について詳細を話すのはライコウの役目である。

 一つは晴明が担うもの。
 最近相次いでいる一条戻り橋付近の男の変死についての調査、そして解決だ。
 この話になった時澪が唐突に口を挟んだ。


「女の人、たくさん、苦しい」

「……澪?」

「怒ると泣く、の、女の人、たくさん」


 弐号をぽいっと捨てたのを漣が銜(くわ)えて拾い上げる。彼の自慢の羽は唾液でべたべたになっていた。だが、澪が獣同然の娘であるだけに、何も言えない。
 澪は両手を挙げてどのくらい女性がいるのかを示そうとしているようで、大きく広げ円を描く。それだけでは足りないのかぴょんぴょんその場で飛び跳ねた。

 彩雪が来る前は澪が情報源だったのだけれど、最近は色んなことがあった為か彼女が和泉に情報をもたらすことは無くなっていた。
 けれども彼女は一条戻り橋のことは察知していたようで、拙い言葉でライコウ以上に重要なことを話す。


「女様、が、泣く、する。一緒に嫌いなる」

「お、おんなさま……?」

「清い、綺麗、女の人……女様?」


 多分澪の造語なのだろうとは思うが、『女様』とは一体何を指しているのだろうか。


「……何が言いたいのかは、漠然と分かった。澪の情報で原因にも察しがついた」


 え、あれで?
 こちらは何も分からなかったけれど彩雪よりも付き合いのある晴明には解読出来たのだろうか。

 ……ああ、そうなのかもしれない。
 苦笑混じりの周囲は澪が何を言いたいのか分かっているようだ。それが少しだけ羨ましくて、全く澪のことを理解出来ていない自分が情けなく感じられた。出会ってからまだそんなに経っていないのだから、分からないことが多いのが当たり前だと分かってはいるけれど。
 源信に宥められて落ち着く澪を見つめながら、彩雪は一人ほっと吐息を漏らした。

 彩雪がそんな思いを巡らせているうちに、話は次の依頼の話となる。

 次は、壱号と源信。
 羅城門の調査である。
 羅城門は京を左右に分断する朱雀大路の南端に建つ重層の門である。北端の門は朱雀門と呼び、これと対となってる。
 嘗ては上層部に兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)を安置し外的の侵入に備えられていた。が、倒壊と再建を繰り返したその場所は今では荒廃し、無惨にも死骸が打ち捨てられているという。
 その羅城門の二階に、怪しい力を持った何者かが住み着いているらしい。目撃者からは満足に証言を得られなかったが、治安を守る為にもこの人物のことは早急に対処せねばならぬ。

 今宵の密仕は、この二つだけだ。
 和泉とライコウは何か急用が生じたらしく、密仕には参加出来ない。報告を聞けるように早く戻ってくるつもりではあった。


「あぁ、宴に招待されているだけだから、式神ちゃんもよかったら一緒に行くかい? 護衛としてだけどね」

「え……?」

「澪は……止めた方が良いかもしれないけど」

「物を喰い漁るぞ、獣のように」


 晴明の言葉に、和泉もライコウも、源信も苦笑した。

 彩雪も、食べ物にがっつく澪の姿が目に浮かぶ。確かに、澪は行かない方が良いかも。
 きょとんとする澪の頭を撫でつつ、源信は彩雪に微笑みかけた。


「どれになさいますか、参号さん」

「あ、えっと……じゃあ、晴明様について行こうかな……」


 ちら、と晴明を見やる。


「まぁ、構わんが……足手まといにはなるなよ?」

「だ、大丈夫ですよ! そもそも、変死してるって人は全員男の人だって言うじゃないですか!」


 女の自分は大丈夫。
 そんな確信を持って胸を張ってみせると、晴明はふっと小馬鹿にしたように口角をつり上げた。


「本当にそうだといいがな」

「え……? どういうことですか?」

「さて……澪の話を少しも理解出来なかったお前の頭では、到底到達し得ない予測だからな」

「……確かに、そうですけど」


 でもそれは仕方がないじゃないか。
 恨めしくて晴明を睨めつけると、鼻で一笑して階段の方へ歩き出した。


「そろそろ行くぞ?」

「ま、待ってくださいよ!」


 彩雪は大慌てで仕事人達に一礼し、颯爽と間を後にする主人の後を追いかけた。



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