拾肆




 ライコウは、和泉の促しを受けて仕事人達をぐるりと見渡した。澪を視界に納めると、途端に痛ましげな、申し訳なさそうな顔を見せた。けれどもすぐに気を取り直して口を開く。


「残念ながら、我々も神器の存在は確認できなかった。怪しいと報告があった祠だが、土蜘蛛が棲み処として作ったものだったようだ。土蜘蛛と戦いになりかけはしたが、神器の影響というわけでもないようだ。だが――――」


――――土蜘蛛の子供と澪が、友人関係にあったらしい。
 言いにくそうに、ライコウは告げた。

 澪が小さく「ろーた」と呟く。恐らくは仲の良い子供の名前なのだろう。
 土蜘蛛、という言葉が理解出来なかった彩雪は困惑しつつも黙って彼らの報告を聞こうとした。

 されど、


「まさか澪の目の前で殺したのか」


 いつになくキツい声音で晴明が口を挟む。不敵な笑みの良く似合う涼しげな面立ちには、怒りが浮かんでいた。

 え、殺す……?


「晴明様、殺すってどういうことですか?」


 不穏極まる言葉に口から出た問いかけは、しかし主に黙殺された。


「答えろ、和泉。獣同然の澪の目の前で、人間の傲慢を見せたのか」

「晴明! それは――――」

「はいはい、ちょい待ち!」


 剣呑になりかけた場に水を差したのは、弐号の声であった。
 ぽてぽてと、漣と一緒に和泉の近くにまで歩いた彼は澪を見上げ、和泉を呼んだ。


「漣が言うとるで。澪、二人が殺してへんって鼻で分かっとる」

「……」

「澪かて、糺の森ん中で獣の弱肉強食を目にしてるんや。殺した者の臭いは知っとるて。ここに戻ってくる時に北狄に遭うたらしいやん。あいつがそこに現れて、殺したんやろ? 漣も、血の臭いはあいつの方が濃かったっちゅうてるで。特に、武器と腕。本当のこと話しいや、澪の為にもな」


 ライコウは決めかねて和泉の指示を請う。

 和泉は暫く瞑目して黙りを決め込んでいたけれど、自嘲めいたぎこちない笑みを浮かべてライコウに頷いて見せた。
 許可を得たライコウは、それでも辛そうに顔を歪めて話の軌道を戻す。


「……刃を交えることはなかったが、祠で沙汰衆の北狄と遭遇した。その際に北狄が土蜘蛛を煽り、澪もそれを察知して拙者の得物を奪い何処かに逃げてしまった。土蜘蛛達が殺されたのは、その直後だ。……殺したのは、北狄だ」

「補足だ。その後、こいつはまたあの湿地に行って大型のアヤカシに襲われていたぞ」


 呆れた風情で付け加える晴明に、ライコウは何も言わずに頭を下げる。澪にも頭を下げ、和泉を振り返った。


「……以上です、宮」


 短く告げてライコウは、一歩退がる。

 源信は気遣うように二人を見やり、敢えて澪のことで追求しはしなかった。


「これは……偶然と片付けるのは難しいですね」

「うん、偶然……ではないだろうね」


 貴船神社、怪しい祠。
 その二つに沙汰衆は現れた。
 こちらのアヤカシ邸にも強い力を持った人間が現れたということだけれど――――。

 そこで、不意に思い浮かんだのは沙汰衆の道満である。
 確証は何も無いけれど、何とはなしに、彼のような気がした。


「沙汰衆とうちじゃ、情報源が違うはずなんだけどね……。もしかすると……」


 和泉は思案するが、すぐに打ち切ってしまった。


「まぁ、どちらにしろ、沙汰衆がうちと同等の情報を得ていることは確かみたいだ。それも……こちらよりも情報を得る速度が少し早いみたいだね。そうなると、アヤカシ邸にいたのも沙汰衆の誰かかも知れないな。まぁ、これも推測にしか過ぎないけどね」


 ちらり、和泉は晴明を見た。

 が、晴明はさらりとしたものだ。口は閉じられ、開かれる様子は全く無い。あれ以上の情報を話すつもりは無いのだった。

 和泉は吐息を漏らして視線を外した。


「もちろん、俺たちと沙汰衆の目的が同じという以上、今後も顔を合わせることになるかもしれない。今回みたいに戦わなくて済むならありがたいけど、毎回そういうわけにはいかないだろうしね。衝突することもあると思う」


 だが、沙汰衆は見た目の物々しさもさることながら、実力も確かだ。
 一度争い事となれば、一筋縄ではいくまい。油断でもすれば最悪、死である。

 守護霊達を虐殺する様は、今でも彩雪の心に残る。
 あの凶器が、自分に向けられると思うと、全身が凍り付いたかのような錯覚に襲われてしまう。


「こっちはこっちでもう少し早く情報を得られるようにしておくからさ」


 沙汰衆についての話は、それで終わりとなる。
 だが、それでもその場は解散とはならなかった。

 和泉からも、報告があったのだ。ライコウが報告を済ませているのだから、密仕とは関係が無いとは思うが……。
 彩雪は首を傾げた。


「あぁ、今夜の仕事とは関係がないよ。昨日の話についてだ」

「昨日、って……」

「夕方に藤原秀郷へ書状を送っておいたって話をしただろ? それにさっき、返事が来てね」


 和泉の言に真っ先に反応したのは晴明である。


「……何と返ってきたのだ?」

「残念だけど当てがはずれたよ。秀郷のところに剣はないみたいだ」

「そうか……」

「ただ、ちょっと気になることが書いてあった」


 ……曰く。
 草薙剣はかの平将門が所持していたらしい。
 正当な継承者のみが抜くことの出来る、天意をその身に宿した宝剣が、彼の元に。
 まるで宝剣が将門を選んでいるとでも言うような、そんな突飛な事実に秀郷自身も強い疑念を抱いているようだ。

 天意は平将門にあって、それを討ち取ることは誤りであったのやもしれぬ。
――――などと、今となっては過去の出来事だ。今更正当性を論じたとて詮無きことである。


「もちろん、将門が持っていたっていう剣が偽物だった可能性だってあるけどね」


 誰も口を開かない。この場の誰もが、思案に耽っているのだろうか。

 いや。
 澪はくしゅんとくしゃみをして空気を壊す。ああ、彼女は多分話を理解していないのだろう。けれどもそれも、状況把握が皆よりも遅い彩雪にとっては有り難かった。


「……まぁ、そんなところで、神器の捜索には依然として進展がない状態だね」


 肩をすくめ、和泉は晴明を見やる。
 すでに次の一手は考えていた。秀郷と共に将門を討った平貞盛にも話を聞くとしてこの案を晴明に問う。晴明も、これには異論は無かった。

 それでも、他の神器の捜索にも、より力を入れねばなるまい。沙汰衆のこともあるのだから。


「それじゃあ、今夜はこれで終わりにしようと思うんだけど、他にも何かあるかい?」


 和泉は軽く首を傾け、皆の様子を窺う。
 誰も声を出さないのに一つ頷いて、彼は解散を告げた。


「じゃあ、これで解散にしようか? 今夜もみんなお疲れ様。また明日ね」


 微笑んで、和泉は一瞬だけ澪を見た。
 けれど、澪が視線に気付いて目だけを動かすとすぐに逃げるように逸らしてしまった。



○●○

 夢主にとってとても辛い話になりましたね……。
 そしてこの章でもちょっとだけ彼女の素性に触れてます。アヤカシが。



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