やはり、副葬品の中に目当ての剣は無かった。
 沙汰衆の言う通り、空振りだ。
 さほど期待をしていなかった為に落胆も軽かったが、骨折り損と分かって疲労感も増したように感じられた。

 草薙剣が無いとなれば、澪はどうしてこの洞窟の中に入ったのだろうか。
 澪は彩雪達には見えないモノが見えていると源信に言われた。だから、彼女が中に入ってしまったことが分かった時には心配の影に少しだけ期待があった。

 けれども目的の宝物は無く、澪は運良く難を逃れた守護霊を従えて奥にいただけだ。無論、沙汰衆に何もされていないことには深く安堵したけれども。
 源信に手を引かれて戻ってきた澪に声をかけて頭を撫でると、ぽすんと抱きついてきた。


「澪?」

「余程、沙汰衆が恐ろしかったようですね。ここまで怯えることは今まで無かったですが……」


 漣と半透明の獣が澪の足にすり寄って案じるように鳴いた。

 彩雪が頭を撫でてやると、彼女は子供がぐずるように小さく唸った。


「早く出ましょう」


 源信が言うのに、ライコウが大きく頷いた。彩雪に抱きつく澪を優しく諭し、彼女を放させると、その手を引いて先頭を歩き出す。
 その後に、源信や漣達が続いた。

 あの守護霊……ついてくるつもりなのかな。それとも、たった一匹でこの墓を守っていくのかな。
 沙汰衆に、無惨に殺されて姿も残っていない守護霊達。
 残虐な沙汰衆の姿を思い出して、ぞっと寒気がした。

 どうして、あんなに酷いことが出来るんだろう……。
 まるで違う世界の人間みたいに、自分達とは違う。
 想起しながら彩雪も外に出ると、何事も無かったかのようにさめざめとした月が、微かな光を大地へと降らせながら彩雪達を迎えた。

 籠もった空気がうんと軽くなり、彩雪は背筋を伸ばして深呼吸を二つ程。

 澪は守護霊と漣と共にじゃれ合いを始めていた。その子犬のような姿に彩雪は胸を撫で下ろした。


「源信殿、封印を頼めるか?」


 源信は静かに頷いた。澪を呼んで、ひび割れた扉へと手を当てた。

 それに、澪が獣達を引き連れて駆け寄ってくる。


「澪、守護霊さんを戻してあげなければいけません」

「家?」

「そうです、ここが、彼の家なんですよ」


 澪は入り口を見やり、眉間に皺を寄せた。


「……家族が、いない。死んだ?」


 家族。
 その言葉に、彩雪の胸が痛んだ。
 家族――――確かにそうかもしれない。
 この守護霊は長い時をこの塚の中で沢山の守護霊達と、墓を守ってきたのだ。
 それが、こちらの勝手で彼を独りぼっちにしてしまった。

 沙汰衆の虐殺を止めなかったこと、澪が責めているようにも思えて、彩雪は俯かずにはいられなかった。


「みおは、さざなみ、いた。でも、この、子、もういない。一人」

「……そうですね。ですが、わたくし達は彼らを蘇らせることは出来ないのです。封印の守護霊と言えど、わたくし達が、彼の家族を見殺しにしてしまったことは大きな罪です。どうにかして、償わなければならないのですが……今のわたくし達には、何も」

「よみがえらせる? 生き返る?」

「いいえ。死んだ者は蘇ることはありません。守護霊も、同じことです。消失してしまえば、同じ守護霊は帰っては来ません」


 澪は沈黙する。
 源信に背を向けて獣を抱き締めた。
 独りぼっちの守護霊となってしまった獣は、澪に顔をすり寄せてくうんと甘えるように鳴いた。

 ライコウが呼ぶと、澪は首を左右に振る。
 彼女は守護霊を連れて行きたいのだろう。独りぼっちになってしまった彼に同情しているのだ。
 けれど、塚を守る為に生み出された守護霊が塚を離れ、存在出来るのだろうか。

 彩雪は弐号に訊ねた。


「ねぇ、弐号くん。あの守護霊って、連れて帰れるの?」

「馬鹿じゃないのか。そんなの出きる訳がないだろ。役目を放棄して離れれば当然消える」


 彼女の問いに冷ややかに答えたのは壱号だ。澪にも向けて言っているようで、声は大きい。
 澪が壱号を振り返る。けれども無言で守護霊に顔を埋めた。


「まあ、澪はずーっと糺の森で、動物達と一緒に暮らしとったもんな。そら、放っとけへんのも無理はないんやけど……こればっかりは、しゃあないで」


 澪には、それが分からないのだ。
 駄々をこねて源信達の促しに応えようとしない。

 彩雪も説得に加わろうと彼女に歩み寄った。
 澪の側に立って、肩に手をかける。

 ……その刹那。


『ねがえばよみがえるよ』


 誰かが彩雪の耳元で囁いた。



‡‡‡




 声が聞こえた直後に澪の周囲が光り出した。
 満月のような円形に切り取られたその場に彩雪も立っており、目映い光に周章狼狽する。

 対して漣は冷静で、澪に寄り添い周囲の様子を警戒する。


「澪! 参号さん!」

「え? えっ、何? 澪!?」


 咄嗟に澪の身体を抱き締めると、


『はやく、かえっておいで』

『まってるよ』


 先程と同じ声が、囁くのだ。

 何なの、この声。
 澪に、似ているような――――。

 よく周囲を見渡そうとした彩雪の意識は、しかし、身体にもたれ掛かった重みに引き戻される。
 澪が彩雪に倒れかかったのだ。

 戦慄した。しっかりと抱き締め揺するが、澪は気を失っているのかぐったりとしている。


「澪!? しっかりして、澪!」


『かえっておいで』

『かえっておいで』

『かえっておいで』

『おとうさまも、いもうとも、まっているよ』


「誰!? 誰なの!?」


 澪だけでも守ろうと抱き締める腕に力を込めたその後に、



 突如として漣が牙剥き甲高い咆哮を上げた。



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