澪は副葬品の影に隠れた。
 こつこつ、ざくざくと複数の足音を響かせて近付いてくる沙汰衆に怯え、彼らの視界から逃れようと影に身を潜めた。
 その側に、副葬品の側に残っていた不可思議な獣も追従する。漣が側にいない為に心細い澪の心を、少しでも埋めてくれようとしているかのように、ぴったりと寄り添ってくる。抱き締めても嫌がりはしなかった。

 どうして彼らがこんなにも恐ろしく、存在が間違っているように思えるのか分からない。
 だが、澪の本能は彼らをアヤカシよりも恐ろしいモノであるとかまびすしく警告してくるのだ。
 彼らに近付いては駄目。彼らに気を許すなど言語道断。
 決して彼らと会話をしてはならぬと、頭の中で誰かが警鐘を鳴らしていた。その誰か、とは誰なのだろか――――などと、彼女に分かろう筈もない。

 澪は息を殺し、副葬品の前に立った三人に意識を研ぎ澄ませた。少しでも変な動きをすれば、そこから逃げるつもりだった。

 だが、彼らは澪に気付いていないのか、はたまた気付いていても構う気はもう失せているのか……副葬品を軽く調べてすぐに離れた。


「あれぇ?」


 少しだけ落胆を含んだねっとりとした声音に、思わず顔を覗かせると、老人と目が合った。やはり、後者であったらしい。
 にこりと笑いかけられて影に引っ込む。より強く獣を抱き締めるとあやすように頬を舐められた。


「……ふむ。どうやら、空振りというところじゃのう」

「え……?」


 老人の言葉に続いた気の抜けたような声。
 それは、澪にとって待望の声の一つだった。
 ばっと物影から顔を出せば、沙汰衆達から少しだけ離れた場所に大好きな人物達を見つけた。

 いち早く気付いてくれた漣がすぐに駆け寄ってきてくれて、源信も澪に気付いてくれた。
 漣と源信が駆け寄ってくるのに、安堵した澪は獣を放して漣に抱きついた。

 漣が不吉な声を漏らし頬ずりしてくる。ぎゅっと抱き締めると勝手に中に入ったことを源信に叱りつけられてしまった。
 獣が側に寄ってくると、漣が視線を向け、声をかける。
 それに、獣は澪にしたように粛然とした態度を見せた。

 漣の心地良い毛並みに頬ずりすると、不意に背筋を悪寒が駆け抜けた。


「良かったねえ、お嬢ちゃん」

「……っ!」


 澪は戦慄に身体を凍り付かせた。
 視線だけで上を見やれば、青年がこちらを婉然と見つめていた。愛でるようなそれはしかし、凶悪だ。頭の中で澪を無惨に斬り刻む様でも思い浮かべているのかもしれない。
 澪は漣に顔を埋めた。獣と漣が青年を睨んで唸りを上げる。源信が、背中を撫でてくれた。


「これ、これ。その娘に手を出してはならぬぞい」


 老人が青年を窘(たしな)める。


「冗談だよ、じょーだん。道満様に怒られたくないしねぇ」


 澪から意識を逸らしてすぐ、つまらなそうに言う。


「あーあ、無駄足かぁ……。ま、それなりに楽しめたからいいけどさぁ」

「……では、主に報告をしよう」


 大岩のような重い声は南蛮のもの。
 彼らの向こうで彩雪が驚いた。ややあって、落胆したのか肩を落とす。


「じゃあ、僕たちはもう行くから。なだ探すっていうならご自由に」

「え……?」

「じゃあね、綺麗なおめめのお嬢ちゃん」


 澪に馴れ馴れしく声をかけ、青年は歩き出す。その後に、南蛮と老人も続いた。
 早々に立ち去っていく沙汰衆を見送り、彩雪が「な、なんなの……」と唖然としていた。

 それに、静かにライコウが返す。


「あいつらは過程を悔いん。たとえ失敗への過程だとしてもな」

「ライコウさん?」

「そういう面では、筋は通っているのだろうがな……」


 沈んだ声音に、澪は顔を上げる。すると、源信に頭を撫でられた。


「では、とりあえず少しだけ探してみましょうか?」

「源信殿はそのまま澪を頼めるだろうか。酷く怯えている様子だ。探すのは、拙者らに任せてもらおう」

「ええ。分かりました」

「え? やっぱりここにあるかもしれないんですか?」


 彩雪の目に、少しだけ期待が宿る。
 が、源信は静かにかぶりを振って否とした。


「いえ……、彼らが帰ったと言うことは、たぶん探しても無駄でしょう。ですが、万が一、ということもありますから」

「そうですか……」


 また、落胆。
 肩を落とした彩雪はすぐに気を取り直して副葬品に駆け寄り、両手を合わせて一礼してから手をかけた。

 それを見つめていると、源信に呼ばれた。


「沙汰衆の方々に、何もされていませんか? 洞窟の中で、転んだりは?」

「してない」

「そうですか……良かった」


 源信が安堵した風情で吐息を漏らすのに、澪は漣を放して今度は彼に抱きついた。すると優しく背中を撫でられた。


「あなたも、守護霊の方でしょうが、澪の側にいて下さって本当にありがとうございました」


 守護霊。
 そう呼んだ獣に源信は頭を下げる。

 身動ぎして半透明の獣を見やれば、獣はこうべを垂れていた。源信にと言うよりは、澪に対して、である。先程のように、まるで澪を崇めるように……。
 澪は緩く瞬きして、首を傾けた。

 源信を見上げると、思案顔で獣と澪を見比べていた。


「……安倍様に、ご相談しておきましょうか」

「せーめー?」

「ああ、いえ。気にしないで下さい」


 彼はまた澪の頭を撫で、誤魔化した。



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