今回将軍塚を調べることとなったのは、不穏な情報があったからだ。
 元々草薙剣があるのではないのかと疑惑はあるそその塚が、鳴動したというのだ。
 時期も相俟(あいま)ってまず将軍塚探すべしとなったようだが、本当にあるのかは分からない。鳴動も、また別の理由かもしれない。

 和泉を仕事寮に残し、九頭で将軍塚のある山へと臨んだ。

 長い長い登山で、唯一彩雪だけが音を上げた。悠々と前方を進む澪とは大違いで、その足取りも危うい。ままにライコウに身体を支えてもらう場面も少なくはなかった。

 先に到着した澪と漣が将軍塚の周りをゆっくりと歩いて外観を眺める。
 様々な大きさの苔むした石を積み重ねた壁には幾つもの蔦が這い回るそれは、静かな佇まいで仕事人達を迎えた。

 沈黙した塚は闇夜でもしっかりと存在感を示し、何処か異様な空気を肌に感じさせる。
 ぐるりと一周して戻ると、彩雪が力無く座り込んで全身で息をしていた。

 それに駆け寄ろうとした澪はしかし、塚の扉に源信がいるのに気が付いてそちらに近付いた。
 塚の扉は、澪の目には異形の物に思えた。
 古びて変色した注連縄に封じられたそれは、何かの生き物のような――――いやしかしそうでないようにも見える、不安定な存在が宿っている。その向こうにも少しだけ似た気配を感じた。
 源信の隣に座り込んで扉に触れようとすると、漣が袖を噛んで引っ張る。駄目だと窘(たしな)めれて大人しく従った。


「澪。その扉は源信殿に任せると良い」

「変」

「変?」

「変なの、いる。沢山、たくさん」


 ライコウの服を掴んでそう訴えると、源信もライコウも澪に注目する。


「中の様子を、感じ取ったのかもしれません」

「そうか……ならば、警戒しておこう」


 ライコウは澪を背後にやって鬼斬を抜く。構えはしないが、いつでも対応出来るように澪と共に塚から少しだけ距離を開けた。
 扉の側に立っていた壱号もまた、澪の方に寄った。
 澪はその目でアヤカシを惹きつけてしまう。こんなにも近ければ、真っ先に狙われるのは澪だ。
 源信もライコウの後ろにいるように澪に言い聞かせ、自身は扉の様子を細かく調べた。

 ややあって、彩雪が源信の後ろに立った。


「あ、あの……源信さん」

「はい? ……どうかしましたか、参号さん」

「えっと……、何か手伝えることってないですか?」


 何かしていないと不安なのだろうか。
 怖ず怖ずといった体で申し出る彼女に、源信は驚いたような顔をした。

 少し懇願するような響きを含む声音で何でも良いからと更に続けると、源信は彼女の意思を尊重して横に少しだけ退いた。


「では、おかしなところがないか、一緒に探していただけませんか?」


 彩雪は目に見える程に安堵した。息を漏らし、源信に倣って扉に触れた。


「違和感がある場所を見つけたら教えてくださいね」

「わかりました!」


 二人は慎重に、何かを辿るように扉を触る。

 澪は二人の後ろ姿をじっと見つめ、ふと登ってきた道の方を振り返ってライコウにしがみついた。
 ライコウがやや驚いて澪を見下ろした、その直後である。


「おやぁ? 先客がいるようだね」


 艶めかしくも地を這うような、黒々しいモノを孕んだ声が聞こえた。
 咄嗟に澪を退かしてライコウが刀を構える。その横に漣が姿勢を低く唸り声を上げた。

 澪は怖じたように、壱号に飛びついた。
 壱号が慌てるのも気付かずに、目の前にいる《三人組》を見つめ、彼の服を握り締める。

 それは本能の警告だった。
 澪の目から得た情報に、脳がけたたましい程の警鐘を鳴らす。
 彼らは、《違う》のだと。危険なのだと。
 震える澪に、壱号が困惑したように頭に手を置く。ぎこちなく撫でるその手の感触も、今の澪には何の安らぎを与えなかった。

 彼らは変だ。
 扉よりもその向こうよりももっと変で、《歪んで》いる。

 月の明かりだけでぼんやりと浮き上がった姿は不気味だ。あれは亡霊だと言われたって、常人は疑わずに信じてしまうに違いない。
 人の枠を明らかに逸脱している危険な香りを濃厚に漂わせ、こちらに寄ってくるのは――――。


「……沙汰衆」


 澪もままに聞く集団だった。
 壱号が澪を剥がし背中に庇う。


「どうやら、手こずっとるようじゃが。何かお困りかのう?」


 嗄(しわが)れた声が、緊張した空気を震わせる。
 三人の中で一番背の低い、普通の市井にいそうな穏やかな老人だ。
 そんな彼が労るような言葉をかけても、ライコウ達は警戒を弛めなかった。否、更に強めた。


「……扉に封印が施されているようで、一筋縄ではいきそうもありません」

「無駄足だったな。封印はボクたちが解くから今日は帰ったらどうだよ? 気が向いたら解けたって教えてあげるからさ」

「まぁ、忘れるかもしれへんけどな」


 壱号、弐号、彼らの言葉は明らかな挑発の意を含んでいる。
 事を荒げようとしているのか、余程彼らを毛嫌いしているのか……恐らくは後者だろう。

 けれどもそんな瞭然とした挑発も、彼らはどうでも良いようだ。


「へぇ……お優しいものだね、あの狐の式神たちは」

「ふん、面倒なやつらだ。封印を解くなどと生温いことを言わず、初めからこうすればよいではないか」


 嘲笑で返される。


「……南蛮さん」

「どいてもらおうか、源信」

「……どくのは構いませんが、一体何をするおつもなのですか?」

「なに……、扉にかかった封印とやらを確かめるだけだ」


 小山が動くかのようだ。
 澪が背伸びをしたって届きっこない程の大男――――南蛮が、こちらへと近付いてくる。
 警鐘が、音色を変えた。

 彼を、塚に近付けてはいけない。
 彼は、彼は――――壊すつもりだ。
 やってはいけないことをするつもりだ。
 生まれてはならなかった存在(かれ)が、壊してしまう。

 澪は壱号の後ろを離れて扉の前に立った。

 それに、源信がはっと振り返る。


「澪」


 叱るように呼ぶが、澪は南蛮を無言で見据えた。


「澪。そこから離れるんだ」

「や」

「馬鹿、嫌、じゃないだろ!」

「やー!」


 扉から梃子でも動かない澪を、壱号が強引に引き離す。それでも澪は扉に寄ろうと抵抗する。
 彼女の様子に不穏なモノを感じながらも、源信は南蛮に向き直る。

 南蛮は彼女を見下ろして、何かを思案するように視線をさまよわせる。
 ややあって、


「まさか……」


 意外そうに、呟いた。
 だが、それを源信が拾う前に、表情を戻す。


「某の説明では納得出来んか、……源信」

「……えぇ、納得出来かねますね」

「ほぅ……ならば、無理やりにでもどいてもらおう」


 仕方がない。本当に仕方がない。
 そう言いたげに苦々しく嗤(わら)い、彼は手にした斧の柄を強く握り締めた。力めば筋肉が盛り上がり、まるで頑強な大岩が連結しているかのようだ。

 源信は、それでも一歩たりとも扉の前から退かなかった。

――――けども。


「源信さんっ!」


 いつの間にか離れていた彩雪が、源信を呼ぶ。


「……わかりました」


 彩雪の声に応じてか、源信が承伏しかねる顔のまま、扉の前から退いた。壱号に押さえつけられた澪を宥めながら、南蛮を振り返る。


「……お調べになるのでしたら、早めにお願いしますね」


 直後である。

 南蛮の口角が、酷薄につり上げられた――――。



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