参
澪は化野を縦横無尽に駆け巡る。
彼女を捕らえようとアヤカシ達が爪牙で以て襲いかかるが、俊敏な動きに身は愚か長すぎる袖の先にすら届かない。
それでも誘うように澪が立ち止まれば、まるで光に集る蛾のようにアヤカシ達は群がった。
澪は漣が着実にアヤカシを殺すその様を確認しながら走り続けた。
けれども、あまりに数が多すぎる。
いつまでも走り回る訳にもいかず、澪は大きな岩の上に飛び乗って乱れた息を整えた。
彼女を追って岩を登ろうとする。けれども苔で滑ってなかなか上手く登れないアヤカシがほとんどだ。
澪に何かを求めて追い縋るアヤカシ達を見下ろし、澪はふと背後に気配を感じてがばっと振り返った。
けれども遅く。
間近に迫った異形の鳥に、澪は顔を腕で庇うことしか出来なかった。
体勢を崩して岩の上から転がり落ちる。
アヤカシの群に落下した身体を、アヤカシに捕らえられる前に漣が受け止めた。
軽々とアヤカシを踏みつけ離れた場所に着地する。
澪は漣から降りてすぐにまた駆け出した。
漣も、再びアヤカシの群に飛び込み一匹一匹確実に息の根を止めていく。
いつもいつも、澪はこのようにして密仕に参加する。本人に戦闘能力が無いと誰よりも理解している漣が澪にそのように指示したのだ。
危うい時は漣が吠えて周囲に報せる。トラツグミによく似た独特の鳴き声は空気を裂き、遠くにいてもきちんと彼らの耳に届く。
自身だけでは澪の体力が尽きてしまうと危惧した漣が、群から離れて身を翻し、火柱の立った方へと吼號(こうごう)を放った。
そして即座に群へと戻り、地道にアヤカシを屠(ほふ)る。
ややあって――――、
「燃えあがってぇぇぇ――――――」
場に似合わぬ、そして意味も分からぬ悲鳴と共に、黄色い固まりが近くに落下してくる。
それを機敏に動く澪が跳躍して抱き留めた。
弐号だ。壱号に蹴られたのか、痛そうに顔を歪めている。
澪は一旦弐号のうなじらしき部分を噛み、再び岩に登った。頂上で腕の中に落とし、弐号を呼ぶ。
「な、ないすなきゃっち、おおきに、澪……」
「もえあがってー」
ぱっと腕を広げると、弐号は飛び立って澪の頭の上に留まる。そして大仰に吐息を漏らした。
「ほんまになぁ……男女の定番が分からへんやっちゃで、壱号も、参号も。折角二人きりのええとこやったんに。ほんま、あかんでー」
「あかんでー」
「せやせや。澪かて分かることっちゅうになぁ〜」
いいや、全く理解していない。
この場に誰かがいたとすれば、きっと誰であろうとそう言っただろう。
弐号は周囲のアヤカシをぐるりと見渡し、その中から漣の姿を見出した。
「確かに、こない大勢で追っかけられとったら漣もキッツいわな。よっしゃ澪、そこで待っとき。煌天将(こうてんしょう)が全部倒したるわ!」
言うや否や、弐号はアヤカシの大群の中に飛び込んでいく。その身を己の生み出した炎で包み込んで。
澪はそれを無表情に見つめ、ふと周囲を見渡した。
何かに気付いたように一点を見、岩を駆け下りる。
そして、弐号も漣も無視をして何処かへと真っ直ぐに走った。
ややあって、今まで澪がいた場所を煌々たる炎がアヤカシごと舐めるように蹂躙した。
‡‡‡
哭(な)いている。
アヤカシ達の唸りの中に、確かに大勢の慟哭が聞こえる。
誰もが失ったことを嘆き訴える。
澪はそれらに傾聴し、また走り出す。
すると、彼女を追い縋るアヤカシの影がぽつり、ぽつり。ほとんどのアヤカシは後方で源信や弐号達が相手をしているので、この場のアヤカシは両手で数えられる程度だ。
澪も気にすること無く地面の様子を調べながら駆け回る。
何かが無い。
何かが無い。
何かが無い。
《彼ら》は何を失ったのだろう。何を失って嘆声を上げているのだろう。
立ち止まる。
何かを見つめて屈み込んだ。足下にあった物を拾い上げ、天へと掲げてまじまじと見つめる。
細長いそれは月光の下青白く不気味な気配を漂わせた。
真っ白なそれにこびり付いた泥を、払い落とす。
「無い……無い、物」
呟いて、はっと後ろを振り返る。屈み込めば頭上をアヤカシが通過した。先程岩の上で襲いかかってきた鳥のアヤカシだ。
澪は周囲を見渡して駆け出した。
向かうのは、仲間のもと。用は済んだとばかりに澪は他のものに気を取られることも無く、拾った物をしっかりと握り締めて走り出した。
先刻澪が何度も登った大岩が見えてくると、漣の鳴き声と共にライコウの声が聞こえる。どちらも、澪を呼んでいた。
ぐんと速度を上げて駆け寄ると、一足先に気付いた漣が尻尾を揺らして嬉しそうに飛び跳ねた。
少し遅れて、ライコウが澪を見つけて狼狽した風情でこちらに向かって走り出す。縛り上げられた髪がばさばさと乱暴に揺れた。
「澪! 一人で何処に行っていたのだ! まだアヤカシがいるやも――――」
「泣く、一杯。一杯無い、から」
手にした物をライコウに差し出す。
ライコウは怪訝そうにそれを見下ろし、眉を顰(ひそ)めた。
「これは……」
澪が持ち帰った物。
それは――――。
朽ちかけた人骨である。
「何処でこれを――――」
ライコウは問い質そうとして言葉を途中で切った。
はっとした風情で澪の後ろを見やり、前に出る。
「澪、拙者の後ろから離れるな」
低く言い、彼は迫り来るアヤカシ達へ駆け出した。
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