参
憮然とした態度で彩雪と対峙するライコウは、さながら堅固な壁だ。何者にも怖じず、厳然たる佇まいで敵対する人間を威圧する。
それはとても頼もしい。
が、それは味方であると分かっている場合であって、現在威圧されている彩雪にとっては居たたまれなくて、怖くて仕方がなかった。
まだ怒っている、多分。
怖々と上目遣いに様子を窺う彩雪に、和泉が苦笑混じりに彼の短すぎる自己紹介を補った。彼のゆったりと落ち着いた声音は、彩雪の強ばった身体を少しだけ解してくれた。
「呼ぶ時は『ライコウ』でいいよ。見た通り、彼はかなりの使い手でね。あたかも雷光のように、一瞬、刀が煌めくだけで、対峙した相手を討ち取る、そう言われるほどの剣の腕を持っているんだ。だから、名前の読みと引っ掛けて『ライコウ』。これからよろしくね」
苦虫を噛み潰したような顔で、ライコウは和泉を見やる。
「見ての通り、彼は不器用でね。キミを良く見もせず、反射的に注意したみたいだけど、根はいい奴だから仲良くしてやってよ」
「み、宮……!」
ああ、また赤くなった。
ライコウは慌てたように何かを言おうとしては躊躇う。
くすくすと、和泉が笑った。悪戯っ子のように。
この二人はとても、仲が良いんだろう。
二人の様子を眺め、まるで友達のようだと彩雪は思い、はっと思考を中断した。
……あ、そうだ。わたしも、きちんと挨拶をしないと。
自己紹介されたのだから、自分もしなければ無礼だ。
彩雪は背筋を伸ばして居住まいを正し、口を開いた。
「あの、わたしは――――」
「式神参号だ。昨日、目覚めた」
――――遮られた。
彩雪は口を噤み、ゆっくりと振り返った。
今まで黙っていたのに――――恐らくは、いや間違い無く彩雪の様子を楽しんでいたに違いない――――涼しい顔で、薄ら笑って、参号と代わりに名乗った。
吐息が、こぼれた。
「式神参号……だと? では、貴方が?」
「やっぱりね。そうじゃないかって思ってたよ。この子が例の子なんだろう?」
「そうだ。和泉はすでに会っていたようだな」
「意地悪な主のせいで、迷子になってたよ? ちゃんと面倒を見てあげないと可哀想だろ?」
まるで言葉を転がすように和泉は言う。
ようやっと落ち着いたのか、血色の戻ったライコウが眉間に皺を寄せた。
だが、微かに唇が震えているようだ。
「……聞いていない」
「え?」
「……女性だとは聞いていないぞ、晴明!」
「ああ、言っていないな」
声を荒げるライコウを晴明はしゃあしゃあと、さらりと受け流してしまう。川を流れる水のような態度は、いっそ清々しく、晴明らしいとも思える。
けれどもライコウは癪に障ってしまったようで、眉間の皺が更に深くなった。
「このようなうら若い華奢なお方に、お役目をお任せしろというのか?」
「そうでなければ、ここに連れて来るわけなかろう」
そこで、ライコウは彩雪を一瞥する。
「……女性を、危険にさらすわけにはいかぬ」
「矛盾だな。最近では澪も交えているではないか。何だ、澪はやはり獣と同格か?」
「なっ、澪は違っ」
「参号のことを気にすることは無い。これは私の式神だ」
ずきり。
晴明の言葉が鋭利な刃となって、彩雪の胸に突き刺さる。
これ、なんて。
まるで《物》じゃない――――。
「な……っ! これ呼ばわりとは、失礼であろう!」
「なんだ、私の式神をどう呼ぼうと、私の勝手だろう。それとも――――気になるのか?」
「な、何がだ!」
「さて、何だろうな?」
扇で口元を隠す。
しかし、彩雪には分かった。
彼はその扇の下で、にやりと楽しそうに笑っていると。
明らかに揶揄されたライコウはみたび顔を真っ赤にした。眉間の皺も、更に深く、多くなっている。
その心中、察して余りある。
彩雪が眺めている間にもどんどんライコウが白熱していく。
さすがに止めるべきだろうかと口を開くと――――。
「貴様は! いつもいつもそうやっ」
「……」
「! な、澪……!」
ひょこん。
そんな言葉が当てはまる。
唐突に下から現れたあの強い目力の少女に、手を太刀に伸ばしかけたライコウの手が止まった。
少女はじっと、無表情にライコウを見上げ、手を伸ばした。首元をばしんと叩く。
それからくるりときびすを返すと、晴明の首元も同様に叩いた。ライコウは一回だが、晴明は二回だ。
晴明は興醒めしたように視線を横に流し、澪、と呼ばれた少女の頭を扇で軽く叩いた。
「五月蠅いわ、駄目、血わ、駄目」
「血までは見ぬ」
拙(つたな)い発音で何かを伝えようとする。
晴明は澪が何を言おうとしているのか分かっているのか、二度程軽く叩いた。
ライコウも熱が冷めてばつが悪そうに視線を横に流す。
澪は二人を交互に見上げ、彩雪を見た。息を呑んだ。
不思議な力を持った綺麗な目だ。間近で見るともっと強く惹き寄せられてしまう。その瞳に呑み込まれても許してしまえるような、そんな思いに駆られてしまう。
彼女は何も言わず、和泉の方へ逃げるように駆けていった。
彼女に追い縋ろうとしたそんな折である。
「はい。そこら辺で、一旦休憩です」
穏やかな声が更にその場に水をかけた。
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