憮然とした態度で彩雪と対峙するライコウは、さながら堅固な壁だ。何者にも怖じず、厳然たる佇まいで敵対する人間を威圧する。

 それはとても頼もしい。

 が、それは味方であると分かっている場合であって、現在威圧されている彩雪にとっては居たたまれなくて、怖くて仕方がなかった。
 まだ怒っている、多分。
 怖々と上目遣いに様子を窺う彩雪に、和泉が苦笑混じりに彼の短すぎる自己紹介を補った。彼のゆったりと落ち着いた声音は、彩雪の強ばった身体を少しだけ解してくれた。


「呼ぶ時は『ライコウ』でいいよ。見た通り、彼はかなりの使い手でね。あたかも雷光のように、一瞬、刀が煌めくだけで、対峙した相手を討ち取る、そう言われるほどの剣の腕を持っているんだ。だから、名前の読みと引っ掛けて『ライコウ』。これからよろしくね」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ライコウは和泉を見やる。


「見ての通り、彼は不器用でね。キミを良く見もせず、反射的に注意したみたいだけど、根はいい奴だから仲良くしてやってよ」

「み、宮……!」


 ああ、また赤くなった。
 ライコウは慌てたように何かを言おうとしては躊躇う。

 くすくすと、和泉が笑った。悪戯っ子のように。

 この二人はとても、仲が良いんだろう。
 二人の様子を眺め、まるで友達のようだと彩雪は思い、はっと思考を中断した。

 ……あ、そうだ。わたしも、きちんと挨拶をしないと。
 自己紹介されたのだから、自分もしなければ無礼だ。
 彩雪は背筋を伸ばして居住まいを正し、口を開いた。


「あの、わたしは――――」

「式神参号だ。昨日、目覚めた」


――――遮られた。
 彩雪は口を噤み、ゆっくりと振り返った。
 今まで黙っていたのに――――恐らくは、いや間違い無く彩雪の様子を楽しんでいたに違いない――――涼しい顔で、薄ら笑って、参号と代わりに名乗った。
 吐息が、こぼれた。


「式神参号……だと? では、貴方が?」

「やっぱりね。そうじゃないかって思ってたよ。この子が例の子なんだろう?」

「そうだ。和泉はすでに会っていたようだな」

「意地悪な主のせいで、迷子になってたよ? ちゃんと面倒を見てあげないと可哀想だろ?」


 まるで言葉を転がすように和泉は言う。

 ようやっと落ち着いたのか、血色の戻ったライコウが眉間に皺を寄せた。
 だが、微かに唇が震えているようだ。


「……聞いていない」

「え?」

「……女性だとは聞いていないぞ、晴明!」

「ああ、言っていないな」


 声を荒げるライコウを晴明はしゃあしゃあと、さらりと受け流してしまう。川を流れる水のような態度は、いっそ清々しく、晴明らしいとも思える。

 けれどもライコウは癪に障ってしまったようで、眉間の皺が更に深くなった。


「このようなうら若い華奢なお方に、お役目をお任せしろというのか?」

「そうでなければ、ここに連れて来るわけなかろう」


 そこで、ライコウは彩雪を一瞥する。


「……女性を、危険にさらすわけにはいかぬ」

「矛盾だな。最近では澪も交えているではないか。何だ、澪はやはり獣と同格か?」

「なっ、澪は違っ」

「参号のことを気にすることは無い。これは私の式神だ」


 ずきり。
 晴明の言葉が鋭利な刃となって、彩雪の胸に突き刺さる。
 これ、なんて。
 まるで《物》じゃない――――。


「な……っ! これ呼ばわりとは、失礼であろう!」

「なんだ、私の式神をどう呼ぼうと、私の勝手だろう。それとも――――気になるのか?」

「な、何がだ!」

「さて、何だろうな?」


 扇で口元を隠す。
 しかし、彩雪には分かった。
 彼はその扇の下で、にやりと楽しそうに笑っていると。

 明らかに揶揄されたライコウはみたび顔を真っ赤にした。眉間の皺も、更に深く、多くなっている。
 その心中、察して余りある。

 彩雪が眺めている間にもどんどんライコウが白熱していく。
 さすがに止めるべきだろうかと口を開くと――――。


「貴様は! いつもいつもそうやっ」

「……」

「! な、澪……!」


 ひょこん。
 そんな言葉が当てはまる。
 唐突に下から現れたあの強い目力の少女に、手を太刀に伸ばしかけたライコウの手が止まった。

 少女はじっと、無表情にライコウを見上げ、手を伸ばした。首元をばしんと叩く。
 それからくるりときびすを返すと、晴明の首元も同様に叩いた。ライコウは一回だが、晴明は二回だ。
 晴明は興醒めしたように視線を横に流し、澪、と呼ばれた少女の頭を扇で軽く叩いた。


「五月蠅いわ、駄目、血わ、駄目」

「血までは見ぬ」


 拙(つたな)い発音で何かを伝えようとする。
 晴明は澪が何を言おうとしているのか分かっているのか、二度程軽く叩いた。

 ライコウも熱が冷めてばつが悪そうに視線を横に流す。

 澪は二人を交互に見上げ、彩雪を見た。息を呑んだ。
 不思議な力を持った綺麗な目だ。間近で見るともっと強く惹き寄せられてしまう。その瞳に呑み込まれても許してしまえるような、そんな思いに駆られてしまう。
 彼女は何も言わず、和泉の方へ逃げるように駆けていった。

 彼女に追い縋ろうとしたそんな折である。


「はい。そこら辺で、一旦休憩です」


 穏やかな声が更にその場に水をかけた。



.


[ 16/171 ]




栞挟