壱
歌がが聞こえる。
力無く、微妙にズレた沢山の子供達の合唱。失意の歌声は重苦しく冷たく、彩雪の胸を苛んだ。
ここは、何だか寒い。
小石ばかりの河原に大勢の子供達が座り込み、無機質な顔で、無機質に歌いながら、石の塔を積み上げていく。
嗚呼、誰かが泣いている。
嗚呼、塔が鬼に壊された。
果ての無い罪。
親より先に死んだが故に、彼らは地蔵菩薩に救われるまで永久に近い時間、石を積み上げては、獄卒鬼に壊され一からやり直し――――。
辛い。
寂しい。
苦しい。
悲しい。
誰か、助けて。
お母さん、お父さん。
お兄ちゃん、お姉ちゃん。
救われたいよぅ。
楽になりたいよぅ。
何回積んだら地蔵様は来てくれるんだろう。
何回泣いたら許してくれるんだろう。
助けてよぅ。
助けてよぅ。
耳を塞ぎたい。
助けてあげたい。
わたしはここにいる。でも、彼らに何もしてあげられない。
一重積んでは父のため
二重積んでは母のため――――……
近くで、一際大きく歌う少女達がいる。彼女らの声だけは弾んでいて、この場所を楽しんでいるような、奇妙な印象を得た。
こんな悲しい場所で、どうしてそんな楽しくしていられるんだろう――――。
興味を引かれて首を巡らせると、そこには黒い髪をした、瓜二つの双子の少女。
片方は、澪だ。だけど、目の引力は全く感じられないし、やや幼い。大体十三・四歳くらいだろうか。
同じ顔をした双子の妹と笑い合って、声のように楽しげに歌を歌う。歌って、石を積み上げる。
何が、そんなに楽しくて楽しくて仕方がないの?
訊ねようとしても声は出ない。咽を触ろうとしてその手も無いことを漸(ようや)く知る。
ああ、そうか。わたし、身体が無いんだ。意識だけの存在で、ここにいるんだ。
……じゃあ、助けられない。
でも不思議なことに、目尻がじんわりと熱くなる感覚がある。
彩雪は、暫く二人を見守った。
すると、澪の妹が歌半ばでうつらうつらとし始めた。
澪は歌を止め、妹の手から石を取り上げ、背中を支えて己の膝を枕に寝かせた。
ぽん、ぽん……とゆっくり叩いてやりながら、妹の寝顔を微笑み見下ろす。そうしながら、歌を続ける。
まるで、子守歌だ。
そんな歌ではないのに、周囲の子供達と合わせて歌い続ける。
その間、彼女は石を積まない。獄卒鬼がやってきても、積まない。
獄卒鬼も妹が寝ている間は澪が石を積まないことなどもう分かっているようだ。素通りし、別の子供達の方へ行ってしまう。
だが――――数多いるうち一体の獄卒鬼が澪の側に立つ。黒い金棒を軽く振り、妹の前の石の塔を崩してしまう。彼女を起こさないようにしたのか、静かに、そうっと。
恐ろしい形相が見せた些細な気遣いが、何だか奇妙に思えた。
獄卒鬼がそのまま行こうとするのを、澪が呼び止める。
「鬼さん。どうか私のも壊して下さいな。いつも言っていることですけれど」
澪はにっこりと笑いかけ、自らの塔を指差した。
獄卒鬼はつかの間沈黙する。かと思えば身を捩り、またそうっと塔を崩した。ちょっとだけ音がして、獄卒鬼が妹の様子を窺う。
「大丈夫ですよ。この子は寝るのが大好きですから、ちょっとやそっとじゃ起きません。……あら、あなた、最近お生まれになった方ですね。永くここで石を積み上げてはおりますが、あなたのような方は見たことがございません」
『……』
「ああ、私達に気を遣う必要はありませんよ。あなたは、あなたの思うようにお役目を果たして下さいまし」
獄卒鬼は瞬きを繰り返し、背を向けた。静かに、大股に別の子供のもとへ歩いていく。
彩雪はそれを見送り、また澪に視線を戻した。
ここは賽の河原……二人はどれくらい石を積んでるんだろう。
彼女の見た澪達の過去を思い出す。
……おかしいよ。
澪達は何の罪も無いのに、こんなところでいつ終わるかも分からない罰を受けている。
子供が、両親よりも早くに死ぬのは罪。
けれど澪達はその両親に殺されたようなものだ。
あんなに惨たらしい――――人だとも思っていないみたいに、四肢を斬り落として、胴体の中身を蹂躙して。
それなのに、何をここで償うの?
痛い。
無い筈の胸が痛い。
助けたいのに。今の自分は助けられない。
もっと早く出会っていたら助けられたかもしれない。
二人共、こんなところで石を積まなくても良かったのかもしれない。今頃、仕事寮には澪だけじゃなくて澪の妹も仲間として笑顔を咲かせていたかもしれない。
どうして――――違う時代だったんだろう。
どうして同じ時代に生まれなかったのか。
そうすれば、何かが違ったかもしれないのに。
嗚呼、悔しい。
仲間を、ここで助けてあげられないのが、とても悔しい。
……会いたい。
今の澪に、会いたい。
会って、無性に抱き締めてあげたい。
それで何かが変わる訳でもないけれど、彩雪が、そうしたかった。
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