拾
「貴様トテ、元ハ都人ニ見捨テラレタマツロワヌ民デハナイカ。都人ノ横暴ノ為ニ狂ッタ同胞ニ、鬼ヘノ生ケ贄ト捧ゲラレタ恨ミ、忘レテハイナイダロウニ、何故都人ニ与スル!?」
澪は目を細めた。
周囲に視線を巡らせれば、金波銀波、晴明以外が澪を驚いたように澪を凝視していた。特に、和泉の驚きようと言ったら無かった。
……けれど、まあ、彼は皇太子。仕事人の中に排他すべき存在がいたとなれば、さぞ苦しいことだろう。
胸が痛まない訳ではない。
けども、今優先すべきは、黄泉にて王を待つ北の民の願いである。
「勘違いなさいますな。私は、都人の為に動いてはおりませぬ。……私は、人間そのものが、大嫌いですから」
断じ、痛む胸をひた隠す。
「私がここにいるのは、偏(ひとえ)にあなたのお戻りを待つ北の民の方々の為」
「口デハ何トデモ言エル」
「ですが、私の言葉が信じられずとも、阿弖流為様が率いた民の心は、私などよりもお分かりでしょう? どれだけ、皆様があなたの力強いお姿をを支えにしていたことか。今、彼らはあなたのお戻りを待っておられるのですよ。お願いします。私と共にお戻り下さいまし」
阿弖流為は沈黙する。
まだだ。彼はまだ、澪の言葉を聞き入れるつもりはない。
自分の無力が歯痒い。力が十分であれば、晴明達に任せることだって無かったのに。
こんな会話をすることも無かったのだ。
組んだ両手に爪を立てると、晴明がふと、嘲笑うように言った。
「やはり人違いだったようだ。これが魔王とは片腹痛い」
「……ナンダト?」
「兄様」
「澪、暫く黙っていろ。力を削がなければお前の役目は果たせん。……お前自身も、あまり聞いて気分の良いものじゃないだろう」
きっと、これ以上説得をすれば、澪の過去の子細が明かされてしまうかもしれない。
澪の心を気遣っての言葉に、澪は小さく謝罪する。晴明に聞こえたかは分からない。
「安心したぞ。……これで、思う存分戦える」
澪から己へと注意を引くように冷笑を浮かべ、晴明は片手を振った。
刹那――――別方向から巨大な火球が飛来した!
壱号だ。
それを気迫で以て霧散させる。
陽動とも知らずに。
その時すでに和泉とライコウは阿弖流為の後ろに。それぞれの得物を手に躍り掛かっていた。
二連撃。回避の暇を与えず肩を斬り裂かんと振るわれる。
彩雪が弐号を呼んだ。
「任しとき!」
弐号は言うや否や話たれた矢の如(ごと)飛び出した。
丸い身体は光を纏い、急速に速度を上げ――――阿弖流為の視界に入る。
阿弖流為は注意が逸れた。片手に練っていた波動は的外れな方向へ飛び、枯れ木を倒す。
弐号の輝きが強さを増した。
目が眩み数歩後退する阿弖流為の隙を、ライコウは見逃さない。裂帛(れっぱく)の気合いを太刀に乗せ、振り下ろす。
「ガッ!? ……マダ、浅イワッ!」
「だよね」
――――阿弖流為の死角に、和泉は滑り込んでいた。
ライコウが与えた傷に寸分違わず突き刺す。
二人はすぐに阿弖流為から距離を取った。
更にその傷を狙い晴明の式札が飛ぶ。
「幻雷蝶!」
雷撃。
傷を広げるばかりか、新たな傷を作っていく。
「オノレ……、オノレエエエエエ!!」
身を捩って苦悶と憎悪に叫ぶ阿弖流為は、立っているのがやっと。
今だけは。
「ないす判断やで、参号!」
弐号が戻ってくるのに、彩雪は笑顔で頷いた。晴明や和泉達も笑顔を向ける。
澪は、笑いかけはしなかった。さっきの話で、気を遣われてしまうだろうから。
「小サキ者ガ、小癪ナ……!!」
弐号を睨むのを、澪が盾となる。
「彩雪さん。引きつけて隙を作ります。一緒に走って下さい」
「う、うん……あ、でも澪、身体が」
「大丈夫です」
澪は彩雪の腕を掴み、駆け出した。
「マズハ貴様ラカラ消シテヤロウカッ!!」
「あなたにお戻りいただけるまではご遠慮願います」
彩雪の全力に合わせて走る。ぎりぎり、阿弖流為の攻撃をかわし続けた。
阿弖流為の後ろには晴明がいる。
それを見、彩雪が明確な意志を乗せて彼を呼んだ。
晴明はそれに答え――――。
「炎舞蝶」
赤い蝶の身が、阿弖流為を襲う。今度は連鎖する爆発。
阿弖流為は回避行動を取れず、苦し紛れに刀を振り下ろす。
運悪く、それは彩雪を完全に捉えていた。
澪は彩雪の方へ足を踏み込み回転させて場所を強引に入れ替える。
彩雪が地面を転がった瞬間、澪の足下を切断する。
剣圧に負けて吹き飛ばされた。背中を岩にぶつける。
「彩雪さんそのまま走って!!」
すぐ様起き上がって彩雪へと声を張り上げれば、阿弖流為は澪に視線を向けて、刀を再び振り上げる。
逃げようとしたけれど、背骨に衝撃が行ったのか立ち上がってもすぐに倒れ込んでしまう。
「阿弖流為様……お戻り下さい。私と共に」
もう一度、言う。
しかし阿弖流為には届かない。
岩に手を当てて阿弖流為を見据えた。
「澪! 逃げて!!」
「……っ!」
澪は爪を立てた。
振り下ろされる――――!
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