六万打企画作品 | ナノ




 自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ良い男だ。
 だって今まで女性から貰った恋文は百は越えているし、町を歩けば老若問わずに声をかけられる。
 夏侯淵よりもモテる。自慢じゃない、事実だ。断じてこれは自慢じゃない。……だからそこの人、俺に石を投げるのは止めて欲しい。
 武術だって俺の努力家な面が功を奏して軍では随一。

 あ、言っておくが俺は男の方も友達は多いから。部下からも慕われてますから。何てったって人柄が良いからね。だから石投げんなってば!

 だが生憎と、この色んなものが綺麗に整えられた俺にだって、どうしようも出来ないことはある。一目惚れした相手が身分的にヤバいことだってこともある。
 俺とて天が味方してくれないことが――――。


「っておいぃ!! 夏侯淵君!? 何、何なの、何で弓引いちゃってんの? つかその鏃(やじり)もろ俺に向けられてんじゃねぇかぁ!!」

「何か無性に腹立って」

「将軍!! あんたの従兄弟どうにかしろよ!」

「構わん、やれ」

「おい上司ぃ!?」


 何だよ、全部事実じゃん!
 そう訴えると、我が上司夏侯惇将軍は徐(おもむろ)にご自身の得物に手を伸ばされ……。


「ちょおぉ!!」


 鞘から抜かれました。あ、俺死ぬんですね分かりま――――せんよど畜生!!
 夏侯惇将軍が薙いだ剣を軽々と避け、俺は部屋を出る。

 が、その直後に誰かとぶつかってしまった。


「がっ」

「っ、……●●か」

「あ、どーも、曹操さごふぅっ!」


 背中を後ろから容赦なく殴られた。
 誰に殴られたかなんざ、考えなくても分かることで。


「●●!! 貴様いい加減にその馴れ馴れしい態度を直」

「だが断る」


 夏侯惇将軍の科白を遮ったのは良いものの、これは非常に痛い。油断していた俺が全面的に悪いのだが、ぶっちゃけ将軍ももう少し加減してくれても良かったんじゃないかと思う。この見事なまでに完璧に近い腹心が駄目になったらどうするんだ。そうなったらおめぇ知らねぇぞ。

 曹操様は俺達のやりとりに鼻を鳴らす。ああもう、その見下すような眼差し止めろよな。

 痛みに耐えかねて座り込むと、誰かが俺に駆け寄ってくる。
 その足が視界に飛び込んできた瞬間、俺は胸を何かに突き刺されたような痛みを覚えた。


「大丈夫……?」

「……、別に、十三支に心配される程のことじゃない」


 ふいと顔を背けて立ち上がれば、夏侯惇将軍と夏侯淵が十三支(かのじょ)に侮蔑の言葉を浴びせる。
 曹操様はどうでも良いかのような涼しい顔。
 耳障りな音を排除しながら、俺は彼女らに背を向け曹操様を呼んだ。


「俺外出てきますね。巡回の時間なんで」

「何かあれば報告しろ。何も無ければ必要は無い」

「へーい」


 巡回、今まで真面目にしたことねぇけどな。



‡‡‡




 思い切り拳を叩きつければその木は揺れた。
 我ながら良い具合の膂力(りょりょく)が付いたものだ。何の関係も無い木には悪いが、本日の犠牲者になっていただこう。

 ……まあ、何だ。


 あいつら死ねば良いと思う訳だ。


「いや分かるよ? 十三支十三支って常識になってるもんでああいう態度取るのも分からないではないさ。俺もね、そう教育された人間だからね、今でもぶっちゃけあの耳が不気味だなって思いはするさ。何てったって義務教育だもんね理解はします」


 けれど、彼らは十三支のあの戦う様を目にしている筈だ。
 彼らの戦い方は柔軟で、独特の音律を刻む。俺達の整然とした音律とはまた違った武術だ。
 十三支の武術は非常に興味深い。彼らの動きを取り入れ独自の武術を生み出せば、兵士の武力も格段に上がるのではないだろうか。
 実際彼らが軍に参加したことで戦績は確実に上がっている。俺も彼らの動きを取り入れ始めて戦果が増したように思う。
 彼らの武は、見習うべき点が多いのだ。

――――いや、別にそこは大した問題じゃあない。俺やってるし、やるやらないは個人の自由だし、あんなことを言っておいてなんだが俺には至極どうでも良いことだ。
 十三支に対する差別に於いて俺が一番問題なのは。


「あああ! 関羽ごめん! ほんっとーにごめん!!」


 俺の一目惚れの相手である関羽にあんな態度を取らなければならないと言うことだった。
 俺とて十三支を、両手を広げて受け入れている訳じゃあない。でも関羽は別。
 だが、夏侯惇将軍達のように無知のまま、彼らを蔑むことはしない。むしろ夏侯惇将軍達を軽蔑するね。

 でも俺は夏侯惇将軍補佐。おまけに父親は将軍の父上の腹心。
 彼らに合わせなければならない訳で。

 ただいま俺●●は、仕事と恋の板挟みに遭っている訳だ。……若干、恋寄りですけどね。

 今俺が最も苦しいのは関羽にまで冷たく接さねばならないことだ。
 何で一目惚れの相手に、わざととは言え辛く当たらなきゃなんねぇんだ。


「もういっそあれか、曹操諸共寝首を掻くか頭ぶん殴って中身を空っぽにした上で十三支に対する態度を改めさせるか関羽連攫って逃げるか……いややっぱあいつら寝首掻こう。この完璧に近い領域にいる俺の平穏の為に――――一世一代の恋の成就の為に!」

「何をしているんだ」

「うおおわぁ!? すまん夏侯淵今のはまったき俺の本心です――――って、あれ」


 そこにいたのは、夏侯淵じゃあなかった。
 ええと……えーと……。


「暴君!」

「は?」

「あ、悪い間違えた趙雲だった」

「何処をどう間違えたらそうなるんだ」

「あー……知らん。けど思い出したから良いだろ。で、何であんたがここにいるんだよ」


 この幽州の武将とは以前洛陽の町中で会ったことがある。何故か、何度も。洛陽の広さを疑うくらいに何度も。ちなみに曹操様に報告は一切していない。だって面倒なんだもの。
 今回は初めて洛陽の外だ。何かしら縁でもあるんかねぇ……。


「いや、丁度近くの、猫族の陣屋を訪ねようとしていたところ、お前を見つけたんだ」

「え、マジで? ここ十三支の陣屋近くなの?」


 これはまずった。
 後頭部を掻いて、俺は締めに一発木を蹴ったぐって趙雲に向き直る。


「クソ上司共に苛々しすぎて全く気付いてなかったわー」

「何か遭ったのか? 随分と剣呑なことを木に向かって話していたが」

「え、何、寝首掻くの手伝ってくれんの?」

「それは無理だ」

「そこは乗ってくれよ」


 ちっと舌打ちし、鬱陶しい横髪を払う。ああこれ、確か先週切ろうと思ってなかったっけか。

 趙雲は俺の様子を暫く見ていたが、ふと、後ろを見てあっと声を漏らすのだ。
 何かと思えば、……見慣れた少年が、俺達の方へ走ってきていた。


「おーい、趙雲ー。……っておわ!?」

「逃避……じゃなかった張飛だっけ」

「何処をどう間違えたらそうなんだよ!!」

「あー……知らん。けど思い出したから良いだろ」

「さっき俺に言った言葉と同じだな」

「あー、そう言えば……そんな気もしないでもない。ま、いっか。てか、俺ただ溜まった鬱憤をこの優しき隣人に受け止めてもらいたかっただけなんだけど。何でお前ら俺見つけちゃうの?」


 そう言うと、張飛は「好きで見つけたんじゃねぇよ」と敵意を見せる。そりゃ当然か。
 俺は張飛の様子に片目を眇めた。
 さて、この場はやっぱり曹操様達の側にいる時と同じようにした方が良いのだろうか。ぶっちゃけ、そういうの面倒なんだけど。

 対応を考えていると、ふと趙雲が思い出したように、


「そう言えば、十三支への対応を改めさせると言っていたな。曹操達の寝首を掻こうと言っていたのもそれか?」

「はあ? 何言ってんだよ趙雲。こいつもオレ達のこと嫌ってんだぜ?」

「そうなのか?」


 肯定しようとして……色々面倒臭かったし何かもう部下の義理果たさなくて良いかなと思ったのであっさり暴露してみることにした。


「いや、単純に主人に合わせないと部下としてやっていけないからそうしてただけ。別に十三支はそこまで軽蔑してねぇよ」

「合わせる?」

「そ。いや俺の親父がさあ、夏侯惇将軍の父君の腹心な訳よ。だからか俺も不本意ながらに夏侯惇将軍の補佐に任命されちまってなぁ。下手に逆らうと親父から拳骨落とされちまうんだな、これが。分かる? このどうでも良いことにまで合わせてやんなくちゃなんない補佐の辛さ。自分本位に生きれないこの辛さ! ――――まあ実際滅茶苦茶好き勝手やって色々責任上司に押しつけてっけど」


 悪いと思ったことは一度も無い。だって部下の責は上司が担うもんだろ。……なんて面と向かって言ったら本気でキレられた。何故だ。夏侯惇将軍の師匠だって同意してくれたのに!
 などと話していると、張飛の顔から敵意が剥がれ落ちていく。呆れ返って敵意出すのも億劫になったような感じだ。

 不満に眉根を寄せた俺はしかし張飛を見つめる内に妙案を思いついた。口角がつり上がる。


「●●?」

「……張飛君」


 真正面に立ってがしっと双肩を掴むと嫌そうに顔をしかめられた。
 しかし俺は放さない。だって面白いことを思いついたのだもの。


「お前を男と見込んで頼みがある」


 何も言わずにこれを見てくれ。
 そう言って懐から取り出した一枚の古びた紙を、張飛に手渡す。



‡‡‡




 俺が張飛に見せたのは過去、幼き夏侯惇将軍と夏侯淵が彼らの師匠に女装させられた時、俺が描かされた肖像画である。俺、絵の才能もあるんだよ。

 いつかの為に後生大事に持っていたのを張飛に見せれば大爆笑。別の奴らにも見せようと十三支の陣屋に強制連行。
 俺が実はそんなに嫌ってないと暴露したことで、まあ収拾がつかないからと頭を下げて溜まりに溜まった愚痴と一緒に自分の分《だけ》謝罪すると、また張飛がすかさずあの絵を見せて今に至る。

 あー、何か今日色んなことがありすぎるよな。
 関羽に会えたのに冷たくしなきゃいけないし、張飛には俺の見事な立ち回りがバレるし……。
 笑い溢れる十三支達を眺め、俺はぼんやりと考える。

 まあ、曹操様達にバレなかったことがせめてもの救――――。

 ……。

 ちょ っ と 待 て よ。

 これってむしろ好都合じゃね?
 バレたんだったらこっちじゃ隠す必要無ぇし。曹操軍の誰にもバレなきゃ良い。
 それなら、だ。

 関羽口説いても良くね!?


「皆、どうしたの? ――――あら?」


 嬉しい結論に至った直後に、天幕の中に関羽が入ってきた。
 彼女は俺に気付くと一瞬だけ表情を曇らせるものの、不思議そうに首を傾けた。

 俺は即座に立ち上がって関羽の前に立った。困惑する関羽の片手を掴んで顔をぐっと近付けた。


「●●……?」

「関羽、俺はあんたに一目惚れしてたんです今すぐ結婚して下さい」

「えっ!?」

「おまっ、何言ってんだよ!?」

「それが駄目なら今すぐ膝枕してくれいや蹴ってくれても良いむしろお願いします!」

「え、な、ちょっと、ちょっと待って! 何か雰囲気が違うんだけど、何? 何なの? どうしてこんなことに!?」

「それは込み入った事情があって。取り敢えず俺は今すぐお前といちゃいちゃしたいです」


 関羽は顔を真っ赤にした。ああ、可愛すぎる。
 うっとりとしていると、張飛が邪魔をしてきやがった。この野郎。


「何やってんだよ、姉貴から離れろって!!」

「……」


 俺は張飛を見やり、すっと目を細めた。
 そして一言。


「悪い、俺今愛しい関羽以外眼中に入んないから」


 ……殴られた――――。



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