六万打企画作品 | ナノ
こんな筈じゃあなかった。
まず、一つ。
私は死んだ覚えが無い。転生する理由が無い。
普通に学校へ行って、普通に午後の授業爆睡していただけだ。
だのに目覚めたら自分は何処かの古びた家に寝ていて、まともな言葉も発せなくなっていて、満足に身体も動かせなくて。
猫耳の生えた女性が『お母さんはここにいるよ』と微笑みかけた瞬間私の思考は完全に停止した。
ここで重要な点は二つ。
猫耳の生えた女性。
彼女が口にした『お母さんはここにいるよ』
……ええ、有り得ない憶測が立ちましたとも。
私は、どうやらとあるゲームに紛れ込んでいるという夢を見てしまっているようです。
いや、夢だ。
これは夢だ。
むしろ夢であって下さいお願いします。近所の田中さんの枇杷(びわ)をもいで食べた報いですか。今ここで土下座して謝罪を何百回でもしてやります。これでも演劇部なので早口は得意ですよ。どんと来い――――じゃなかった、本題に戻ってこい私。
まあ一瞬逃避しかけたので次に移ろう。
二つ。
夢であるからと割り切った私は、その夢が私にとっては一方的に馴染みがあることで自分の好きなように展開を決めてやろうではないかと、全知全能な神様気分で――――割り切りすぎてこんな風になってしまったんです、どうかそんな目で見ないで下さい――――隠れ里ライフを満喫しようとした訳だ。
私の目的は一つ。
関羽と劉備をくっつけること。
張飛には悪いが、彼には失恋してもらう。うん、張飛のことは人間的には好きだよ。その一途さは現代の男にはなかなか見られないと思うから。いや、別に兄貴が一気に三股かけるような人間だったからじゃないよ。友人が彼氏に二股かけられて修羅場に付き合わされたことがあるからじゃないよ。
……ああ、また話が逸れてしまった。
それで、だ、
猫族の○○として育っていく中で、関羽のお母さんが関羽を残して失踪してから何かと画策して参りました。
関羽のお母さんも死なない展開にしてみようかとも一瞬考えたけれど、私というイレギュラーが原作を根本から変えてしまったら何が起こるか分からない。私はあくまで原作通りに、水面下で誘導していくべきだと惜しみながらも関羽のお母さんのことは成り行きに任せることにした。これは、関羽が主人公の物語なのだ。私は猫族として事の成り行きを見つめながら展開を誘導するだけ。決して表には出ない。扱いとしては猫族の少女一で良いのだよ。
――――だのに。
「○○――!!」
「ぐほっ」
後ろから抱きつかれ、私は思考を中断する。
驚きと衝撃で中身が出そうになった口を押さえて、怖々と振り返った。
腰に巻き付いた腕から大方の予想はついていたけれど。
その柔和な、とろけるバニラアイスのような笑顔を浮かべた彼に、私は頭痛を覚える。
こんな筈じゃあなかったのに――――。
嗚呼、泣きたい。
‡‡‡
こんな筈じゃあなかった。
『劉備様! 今からちょっと関羽のとこ遊びに行かない?』
明るい声音。
無邪気な笑顔。
彼女は、躊躇う自分を強引に家から引っ張り出して関羽のもとへと連れて行った。
そうして、自分が関羽と仲良くなれるきっかけをくれた。
『あなたは、嫌じゃないの? わたし、混血なのに……』
『ん? 関羽は関羽って言う名前でしょ? 混血って名前じゃないじゃん』
関羽の血のことなど心底どうでも良い。
大人にも聞こえるようにわざと声を大きくして『そんなことを気にするのは臆病者だけだよ。猫族にそんな人は一人もいない。いたら男女構わず髪の毛全部抜いて真っ裸で村を一周させるよ』と堂々と言ってのけた――――勿論この後母親にキツく怒られた――――剛胆さも持ち合わせている彼女に、自分は子供なりに強い憧れを抱いた。
彼女のようになりたい。
彼女のようになれれば、きっと、自分は。
そう思ったのが、彼女に惹かれ始めたきっかけだろう。
関羽と三人と遊んでいたのが張飛や関定、蘇双も増えて、自分達の周りは一気に騒々しくなった。その理由も彼女によるところが大きい。
関羽も、張飛も、関定も、蘇双も――――猫族(なかま)が自分は大好きだ。
その中でも、彼女は別格で。
……それなのに。
彼女は、自分が関羽のことが好きなのだと、思い込んでいる。
その為か、昔から関羽と自分が仲良くなれるようにとあれこれ心を砕く。
自分が関羽に抱きつけば満足そうな顔をする。
彼女に好意を見せればやんわりとかわされる。
そうして、彼女の望むように誘導される。
関羽は好きだ。
でもそれはあくまで友情の域を出ない。
自分が好きなのは、彼女だけ。
何度好きだと拙(つたな)くも必死に伝えても伝わらない。彼女は分かってくれない。
幼い自分がいけないのだろうか。
年相応の自分が封じ込まれた状態でなかったら、こんなことにはならなかったのだろうか。
自分が傍にいて欲しいのは、彼女なのに。
彼女には、何一つ伝わってくれやしないのだ――――。
「劉備様ー、関羽と一緒に遊びに来たよー!」
元気の良い快活な声で、彼女――――○○が家に入ってくる。後ろには関羽も一緒である。
○○の姿を見るだけで、自分の心はふわりと舞い上がる。そちらへ走る足取りも随分と軽い。
「いらっしゃい! ○○、関羽!」
抱きつこうとすると、○○は自然を装って避けてしまう。
関羽の腕を引いて、こちらに笑いかけてくる。
「関羽がね、お菓子を焼いてくれたんだって! 張飛達も後で来るから、皆で食べよう」
「……うん」
関羽が、気遣うように呼んでくる。
何も存在自体を拒絶された訳ではない。ただ、彼女はこちらの好意を拒んでいるだけ。自分を関羽とくっつけようとしているだけ。
何故伝わらないんだろう。
家の奥へと入っていく二人に小走りについて行きながら、幼い自身は鼻を啜る。
幼いなら泣いて訴えることが出来る。
けれどもそうしないのは、幼い自分も男としてそれなりの意思を持っているからだった。
広間に菓子を広げた○○は、にこにこと機嫌良く関羽の隣に自分を座らせる。○○はその前だ。彼女の満足そうな笑顔は苦しかった。
張飛達が集まれば、関定と蘇双が彼女の左右に座り、与太話に花を咲かせる。関定をからかい、蘇双と近くの山で見つけた山菜採りの穴場についてあれこれと語ったりと、関羽と話せるようにと心を砕く。
けれども砕くのは彼女の心だけではないのだ。
幼い自分の心も、砕かれていく。
それでも、じっと耐えようとする。
子供なのだから、心はもっと子供なのだから泣いて訴えても良いのに。
……いいや、むしろ、許されるから訴えて欲しいのだ。
表に出れない《僕》の為に。《ぼく》が訴えて○○の気を引くことを望んでいる。
「○○! あのね、昨日張飛と一緒に川で遊んだの。お魚を捕まえたんだよ!」
必死に会話しようと話しかける。
○○も、話しかければ会話には友達としてちゃんと応じてくれる。それだけでも、自分は彼女に嫌われてはいないのだと安堵した。
「へえ、凄い。……あ、もしかして張飛が持ってきた魚?」
「あれはオレ。劉備が穫ったのはまだ子供だってんで、逃がしたんだ」
「じゃあ、今度は大きいのを穫らないとね」
にこりと笑いかけられて大きく頷く。
けれど、彼女はまた関定との話しに戻ってしまうのだ。余程興味の惹かれる話題だったのだろう。いつもならもう少し会話が広がるのだけれど、もう会話に夢中になっている。
蘇双も張飛と談笑し、時折蘇双にからかわれた張飛が○○に助けを求める。すげなく無視されてしまうけれども。張飛も大袈裟な反応をするので、たまにそうやって遊んでいるのだ。
関羽と一緒に取り残されたような心地になって、肩を落とす。お茶を少しずつ飲んで、痛い胸を誤魔化そうとする。
「劉備……関定と席替わってもらう?」
見かねた関羽が気遣って申し出てくれるけれど、彼女の気遣いを受けることは嫌で、強情に首を左右に振る。
関羽は困ったように笑って、○○を横目に見やった。
「劉備は○○のことが大好きなのにね……」
どうして上手くいかないのかしら。
それは○○が自分達をくっつけようとしているからだよ。
最奥で、そっと声をかける。当然聞こえないけれど。
幼い自分は意地を張って菓子を口一杯に頬張り、俯く――――。
‡‡‡
張飛がいっそ泊まろうと言い出し、関羽と○○が夕餉を作ってまた話に花を咲かせた。
今度は関羽が○○を隣に座らせてくれて、移動してしまわないように彼女が○○の隣を固めた。
しかし隣にいても、彼女は関定や張飛に話しかけては話題を振って談笑する。けれども隣にいるからか、○○から話しかけられることも増える。関羽も参加し、更に更に笑いが増えていった。
夕餉を終えれば、後は寝るだけ。
皆で広間で並んで眠る。
そうなると、○○は格段に機嫌が良くなった。元々、余所でお泊まりに何かしらの思い入れがあるらしい。どんな思い入れなのかは分からないけれど。
静寂が闇と共に横たわる家の中草臥(くたび)れて眠り込む皆を起こさぬよう、ゆっくりと起き上がる。
そうして○○に静かに近付き、その寝顔に目を細める。
今宵は偃月。
今、自分は《僕》。
だからといってどうなることでもないけれど、○○の髪をそっと梳(す)いて吐息を漏らした。
「……どうして、伝わらないんだろう」
どうしたって上手くいかない。
彼女の中で劉備という存在は恋愛対象になり得ないのだろうか。
「こんな筈じゃあ、なかったのにな」
関羽とは、恋人にはなれないよ。
僕が好きなのは君だもの。
昏々と眠る○○にそっと語りかけると、彼女は声を漏らして寝返りを打った。背中を向けられた。
それが、《劉備》そのものを拒絶しているかのような錯覚に襲われたのは、多分夜だからだ。
人は、夜になると悪い方向に考えやすい。
きっと夜だからと心の中で言い聞かせ、手を引いた。
小さく謝罪を漏らし、寝床へと戻った。
その背を、○○が痛ましげに振り返ったことにも気付かずに。
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