関羽




「真由香は好みの男性とかいないの?」

「ふぁ?」


 唐突な問いに、真由香は奇妙な声を上げて関羽――――がいるであろう方向――――を凝視した。

 真由香の自宅でお茶をしつつ、他愛ない世間話で談笑していた筈だのにいきなりそんな話題……戸惑わない訳がない。
 しかも、この問いに同じく四方山(よもやま)話に笑い合っていた筈の男性陣も沈黙してしまっている。


「ええと……いきなり何で?」

「だって真由香も年頃じゃない。前の世界でもそんな話は出ていたんじゃないの?」

「いやぁ……私のは別に無かったけど、友達の恋愛話なら沢山聞いてたかな」


 顎に手を添えて顔を上げ、うんと短く頷く。
 恋バナと言えば彼氏のいる友人の惚気話や、違うクラスの女生徒の恋愛模様の噂を聞くくらいだ。
 別に自身にはそんな浮ついた話は無かった筈……。

 そう話すと、関羽は「じゃあ」と。


「こっちは? 蘇双とか、趙雲とか、張飛とか、誰か一人くらい好みに当てはまるんじゃない?」

「ぶふっ」

「汚っ!! 張飛、茶を噴き出すな!! かかっただろうが!!」


 関定が怒鳴る。
 真由香はきょとんとし、張飛を呼ぶ。

 けれど、張飛は慌てた風情で何でもないと繰り返し、それ以上の追求を拒絶する。

 どうしたのだろうと首を傾けると、趙雲が「放っておいてやってくれ」と苦笑しているかのような声音で言った。


「はあ……」

「それで、どうなの?」

「どうって……正直、そう言うの分からないし、初恋もまだだもん」

「え、嘘!」


 嘘ではない。
 今の今まで、学校で異性の友人とか、クラスメートの男子を恋愛対象として認識したことは一度も無かった。
 と言うか、孤児院の兄貴分がそれを許さないと思う。好きな奴が出来たらまず自分に会わせろ必ずぶっ飛ばしてやると耳にタコが出来るくらいに聞かされた。

 けれども、いつか自分も結婚して、子供を産んで、家族で幸せに暮らせるとしたら……それは素敵なことだろう――――そう思いはする。

 だがそれは別に今でなくたって良い。


「そう言うのは、もうちょっと先で良いと思うなあ、私は」

「そうなの? でも、恋をするってとても良いことだと思うわよ?」

「……」


 ……正直なことを言おう。
 自分が恋をしたとしても、関羽と劉備のようにはならない自信がある。この二人は極めていると思う。何か色々と。

 さすがに彼氏持ちの友達も、ここまではなかったかなあ……。
 夏祭りの時、彼氏と揃って何かと真由香に食べ物を買い与えた彼女らを思い出し、うん、まだ増しだと一人思う。

 真由香は、取り敢えずはははと苦笑した。


「ま、まあ……恋って意識してするものじゃなくて、突然生じるものだって友達は皆言ってたし、その時をじっと待つよ。身近にいる人を、気付けば好きになってるかもしれないし……」


 だから好みとか、条件とか、そう言うのは私は決めなくても良いかなあ。
 好きになればその人が自分の好みの人になる。
 真由香にとってはそれで良かった。牛の歩みだって言われても、自分の恋愛はそれで良い。……いや、むしろ付き合うなら自分をちゃんと理解してくれている人の方が気兼ねが無くて精神的にも楽だ。


「……ああでも、そう言うの無くても張飛達は張飛達の魅力あるって分かってるよ」


 そのうち、好きになってくれる人が来るよ、絶対。
 そう断言すると、張飛が不満げに何か言った……ような気がした。


「張飛? 今、何か言った?」

「っな、何でも!! 何でもねえよ!」

「何だよそれお前じゃねぇのか――――」

「黙れ! 黙れ蘇双ー!!」

「うわー、張飛顔真っ赤」

「……気持ち悪い」

「うるせぇよ!! つか、蘇双そう言うんだったら言うなよな……!」


 俄(にわか)に騒ぎ出す男性陣に、関羽は笑った。

 真由香は今度は何事かと不思議そうに瞬く。


「どうしたの?」

「気にしなくて良いわ。でも、真由香って本当自由なのね。枠って物が無い感じ」

「そう?」

「ええ。でも、真由香の言っていることも分かる気がするわ。好きになった人が、自分の好みの人だって話。頭ではっきりと決めていても、意外と何処かで違っていたりするものね。恋をする前に決めるより、恋をしてから見つけるのが確実なのかも」


 個人差によるけれどね。
 真由香はこくりと頷きながら心の中でそう返した。

 恋愛はとかく十人十色。
 それぞれの形があって良いのだ。
 予(あらかじ)めの好みに従って伴侶を捜すも良し、好みに関係なく、好きになった人に一途に想いを注ぐも良し。
 だからこそ、恋愛は面白いし、奥が深いのだと思う。

――――と、頭の中で以前耳にした昼ドラの名台詞を思い浮かべながら思う。あれは、どろどろしてたなぁ。主人公が出汁巻き卵を食べながら夫の浮気相手を貶めるところとか特に。
 ちなみにその名台詞はその昼ドラの最終回夫の浮気相手が凶器のアイスピックを自分の咽に当てて叫んだ、『好みが何よ!! その辺の木の実の方がまだ増しだわ! 私は有りの儘のあなたが好きなのよ!!』という非常に意味不明なものである。結末も意味不明だったが、視聴率はなかなかの数値だった……らしい。

 ……初恋もしたことが無い自分が、恋愛についてとやかく思うのは身の程違いか。
 いつか私も誰かを好きになるのかぁと、他人事のようにのんびりとぼやいていた真由香はずずっとお茶を啜る。


「……あ、でも真由香は初恋ぐらいはした方が良いと思うわよ。初恋って実らない良く聞くから」

「えええ……」


 いや、確かにその話は聞くけれど。
 でもそうとは限らないじゃないかと反論してみる。実際、真由香の里親はお互い初恋だ。しかも一目惚れの。


「なあ真由香、もしこの三人の中で恋人が出るとしたら誰?」

「え、普通に無理だと思うよ」

「ぶっ」

「ちょっ、かかった!! 張飛またオレにかかった!!」



○●○

 悠璃様リクエスト、空蒼で恋愛談義……になってるでしょうか。

 夢主は鈍感です。非常に鈍感です。
 学校でも一応数えられる程度には告白とかされてますが、全てが『付き合って下さい』という文句だった為に、天然ボケをかまして相手方を泣かしてました。
 そしてやっぱり本人はコクられたという認識がありません。友人達も告白してきた相手によっては告白という事実を全力で隠します。友人達にも本当に大事にされてるんです。


 ちなみに作中のドラマが好きだったのは孤児院の院長です。見ながら夢主に細かな説明をしてくれていました。



.

[ 8/21 ]

|